第16話 ベレー帽の男

 蝋燭の灯る座敷へ、背広にベレー帽という姿の初老の男が入ってきてペットシートの上に正座すると、息を詰めてベレー帽の垂れ下がった部分をめくり上げた。帽子の縁は、黒光りする金属に覆われている。

 男は息を大きく吐き、その一部を摘むと一気に引き抜いた。男の口から吐息が漏れる。

 それはアメピンだった。

 男は、毎朝ベレー帽と残り僅かな髪とを百本以上のアメピンで固定し、帰宅後に、その複雑に絡み合ったアメピンを安全に、正確な順番で抜き取ることを日課としていた。

 アメピン先端からの焦らすような刺激。誤ったアメピンに触れた時の痛みと不安。蒸れた頭皮の耐え難い痒み。掻き毟りたくなる衝動。限界の尿意。帰宅直後に湯を注いだカップラーメン。

 それらの全てに打ち勝って、無事にベレー帽を脱げた時の解放感は、何物にも替え難い…

 それから男はペットシートを交換し、全裸で、伸びきったカップラーメンを啜るのである。

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