第30話

「私、独占欲が強いのかな。でも現実では監禁なんて無理だとちゃんとわかってたよ。だから自制して近寄らなかったの。万が一抑えられなくなったら困るから。でもさ、幽霊になったら、もう欲望を解放してもいいかなって。私の四十九日、残すところあと半分しかない。先輩に触れられる唯一にして最後の機会を大切にしたいの」


 内心で頭を振った。しんみりとした口ぶりに惑わされてはいけない。こいつはさらりと恐ろしいことを口にした。


「……女の子って、好きな人を監禁したいと思うもんなの?」

「男の子だって妄想くらいはするでしょ。私は純粋に愛を独占したいの。とはいっても清水先輩を拉致監禁する具体的な計画を企てたことなんてないよ。あくまで脳内の遊び。完全に自分だけのモノにするには……」


 美羽はおそらく誰にも話したことがないであろう欲望を吐露した。

 恋人以外の異性と外出なんてもってのほか、電話帳に女性の名前があったら即消去。お互いの瞳にはお互いしか映っていない状態がベストなのだという。

 愛されている証拠だからいいでしょと美羽は言うが、生まれてこのかた恋人というものに恵まれていない俺には理解できない。そういうものなんだろうか。

 正直なところ、窮屈だな、と思う。

 美羽は愛情に飢えていたのだ。ふと、そんな答えが降ってきた。

 彼女の身内にたいして違和感を覚えたことを思い出す。

 美羽は家族から愛された体感や記憶がないのだ。不足分を恋人に過剰に求めてしまうのだとしたら、かなしい。いまさらどうしようもないことに気づいて、むなしい。


 しょせんは他人事だ。冷淡な結論に不快感を覚えるが、やはり他人事だと思う。

 高村家には父はいないが母親と妹と俺だけで完璧に成り立っている。

 母さんは女手ひとつで愛情を惜しまずに俺たちを育ててくれた。助け合い、守りあえるのが家族の強さだと教えられた。母さんには感謝している。

 地球上で最も大事なのは自分の家族だ。──なんて、高校生男子が公言するのは恥ずかしいから、心の中で高らかに叫ぶだけだ。

 美羽を見ていると自分がいかに幸福かと気づかされて、それこそ、うしろめたい気持ちになる。


「なによ、名状しがたい複雑な顔になってるわよ」

「うん、自覚ある」


 俺の顔を見た美羽の表情もくしゃと歪む。二人の間にはじめて気まずい風が吹いたと感じた。そのとき、新たな着信があった。


「清水先輩だ!! ……なに、これ」

「おやすみ、かな」


 画面の表示は『 ・-・・・ ・-- ---・- ・・-・- 』となっている。


「モールス信号? なんで?」


 思わず本棚を見た。漫画に挟まった和文モールス信号の本がある。ここへ来たときに清水の目に入ったのだろう。


「探偵倶楽部ならモールス信号はお手のものなんだろうな。こっちからも返しておくか」


 モールス信号なんていまは船乗りかアマチュア無線くらいしか使わない。昔観たアニメでモールス信号が出てきたときに、暗号みたいでかっこいい、なんて思って衝動的に本を買った。

 同時期にハマった友人と『極秘通信』をやりとりするのは楽しかったが一過性のブームで終わった。


「あいしてるって、あいしてるって返信して!!」

「うわ、いまだかつて使ったことないワード、きた」

「あいしてる!!」

「わかったよ!!」


 俺はしかたなく『 ・・・- -・ -・・・ ・・ --- 』と返信しておいた。

 意味は「くたばれ」である。


「うふふ、清水先輩いまごろ、きゅんきゅん来てるかもねえ」


 美羽は清水を翻弄できて満足そうだ。


「もう寝るぞ。明日も頑張ってくれよ」

「了解! あ、いいこと思いついた」

「……なんだ?」

「内緒」


 美羽は舌をぺろりと出した。

 どうせろくでもないことだろう。美羽に身体を貸しているときは気をつけよう。

 早く眠りたいのに神経が高ぶって寝付けない。

 なぜなのかはすぐに見当がついた。清水とつながれる暗号が見つかったせいだ。しかも美羽に内緒で。


 なんでドキドキしているんだ。美羽に対してフェアじゃないからだろうか。そう考えたが、どうもしっくりとこない。

 だがいまは試験を無事に乗り切ることが優先だ。

 体力を温存して美羽に最高のパフォーマンスをしてもらわなければならない。

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