第15話

「おい、高村。高村だろ」

 

 自宅に戻ったその足で散歩に出た美羽の背を押したのはクラスメートの神田良太だ。猫背で眉毛が薄いので不良に見えるが、見た目ほど悪い奴ではない。ゲームや漫画が好きな普通の高校二年生男子である。


「え、と」

「てっきり死んだのかと思ってたぜ」


 名前と同じクラスの友人であることを告げると、美羽は上手に合わせた。


「自殺未遂だって噂されてるのか。まいったなあ」

「暑いからそこのコンビニで話そうぜ」


 店内を物色しながら神田はちらちらと美羽を見ている。

 今日は火曜日、午後を少し回ったいまは授業中のはずだが、神田のことだ、さぼったに違いない。


「なんだよ、言いたいことがあるのか」

「なんか悩んでいたのかなあって、俺、気づけなかったなあって、へこんだんだぞ。不注意で落ちたってなんだよ、そりゃ」

「そうか、僕のこと心配してくれたんだ。ありがとな。警察にはいじめが原因かって邪推されたよ」

「いじめ。はは。それはねーわ。……でもよ、俺じゃ頼りないかもしんねーけど、なんかあったら相談くらいはのるぜ。水臭いまねはすんなよ」


 いじめを否定してくれた神田に心中で感謝した。

 美羽は神田に神妙な顔を向ける。


「悩みがあるように見えたか?」

「ひとはわかんねーからな。おまえは誰にも弱みを見せないで自分で解決するタイプだと思ってさ。よし、出所祝いにこれ買ってやるよ。グラビアの女の子がおすすめなんだ」


 神田は週刊誌を手に取ってレジに向かった。

 出所祝いは聞こえが悪いよ、と笑いながら美羽は会計後の週刊誌を受け取った。


「おまえが無事でよかったよ。心置きなく勝負できる。……おい、勝負を忘れてないよな」

「勝負……?」


 そうだった。神田とは勝負することになっていた。今の今まですっかり忘れていた。

 美羽に耳打ちする。


「期末試験の全教科総合点が高い方が勝ち!」

「ああ、期末か」

「そうそう。よかった、忘れてなかったな」

「ちゃんと憶えてるさ」

「デート権獲得一本勝負! 梓ちゃん待ててくれ!」

「は? 梓ちゃん……?」


 慌てて美羽に告げた。


「妹の梓をデートに誘いたいと言ってきたんだ、このバカは。梓はまだ中学生なんだぞ。せめて俺より頭がいい男じゃないと信用できないし許せないって言ったら……総合点を競うことになったんだ」

「なるほど」


 こうやって説明すると、バカとバカの小競り合いだな、と少々恥かしくなった。

 美羽はすうと息を吸って、人差し指をぴたりと神田に向けた。


「言っておくが、神田。デートできる権利じゃなくて、デートに誘う権利だぞ。梓に断られたらきっぱりと諦めろよ。ま、そんな権利なんぞ僕が粉砕してやるけどな!」

「男と男の真剣勝負だな! 絶対に勝ってやるぞ!」


 神田は美羽の手をがっしりと掴んだ。無駄に暑苦しい言動が多いのが神田だ。美羽が引いているのがわかった。


「じゃあな、明日、学校で待ってるぜ!」



 自宅に帰った美羽は週刊誌を流し見したあと、勉強机の上にひょいと放る。


「つまらない」

「あー、おい、グラビアページを開いてくれ。たわわがたまらん!」

「まったくもう。神田君がグラビアをくれた理由がわかんないの?」

「俺の退院祝いだろ。おい、頼むよ」


 美羽は汚い物でもつまむみたいにしてグラビアページを開いた。


「サンキュ!」

「あー、こりゃ駄目だ。わかってない。明日から期末試験なんでしょ」

「……まさか」


 グラビアに夢中にさせて勉強時間と体力を削る気だったのか。勝負はすでに始まっていたのか。神田、バカなわりにずるがしこいな。

 美羽の呆れた顔を横目に、次のページを捲ろうとしたが、当然叶わない。息を吹きかけて捲ろうとしたが無駄だった。


「美羽、頼むよ」

「まったく、もう」


 美羽は指で弾くようにして捲ってくれた。


「いっとくけど、この女のコ、AIだよ」

「え、マジで。……ま、いいか。いくらヨコシマな妄想しても罪悪感ないし」

「えー、呆れた。弓弦の頭ってゲームと漫画と女の子しかないの。この部屋、終わってる」


 美羽は部屋を見回して吐くまねをした。ゲームと漫画が乱雑に場所を取り合っている。やや大胆な写真集はダンボールに入れてベッドの下に隠してあるのだが見破られているようだ。


「同年代の男はこんなもんだぜ。おまえが憧れる清水だってグラビア見て鼻の下と股間を伸ばすだろうさ」

「ちょっと、清水先輩を汚さないでよ。関係ないことに先輩を巻き込んで批判するなんてダッサ! よく知りもしないくせに」


 それはたしかにそうだ。清水の顔が脳裏にちらつく。想像に怯えてヘルメットをかぶっていた間抜けな姿。

 その一方、同い年の同性に迫られても動じなかったあたり、自分が考える、いわゆるフツーではない。なにを考えているか、よくわからない奴だ。

 それに美羽が言うとおり、自分を擁護するために清水を引き合いに出すのは失礼である。


「うん、俺が悪い。清水を貶める意図も、美羽を怒らせるつもりもなかった。撤回する」

「……急に反省するんだ。弓弦って素直なんだね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る