まがりもん

あかいかかぽ

第1話

 俺、なんで自分の部屋にいるんだろ。


 高校の屋上にいたはずなのに。次の瞬間には自分ちのベッドで目覚めた。

 枕元の時計を見ると夜の20時を過ぎている。

 いつもなら夕飯を食べ終わって風呂に入ってるころだが、どちらも覚えがない。


「母さぁん。……どこ?」


 階下に降りたが母さんの姿はなかった。

 夕飯のかわりに、メモ用紙が一枚、食卓に置かれている。


あずさへ。総合病院へ行ってきます。弓弦ゆづるが重傷だそうです。あとで電話します』


 母さんの字だ。だが書道教室の先生をしているとは信じられないくらい、酷く乱れていた。

 気になったのは『弓弦が重傷だ』という部分だった。弓弦は俺のことだ。

 家でのんびり寝ていた俺が『重傷』ってのはどういうことだ。

 リビングのソファには梓の学生カバンが投げ出されていた。

 どうやら、母さんのメモを見て、妹は病院へ向かったようだ。

 二人ともなんてあわてんぼうなんだろう。誤った情報に踊らされている。

 母さんの携帯に連絡をいれてみるか。


「あれ」


 パンツの尻ポケットにスマホがない。シャツの胸ポケットにも入っていない。

 部屋に戻ってベッド回りを探したが落ちていなかった。


「カバン? あれ、カバンは……どこだ? まさか学校に置いてきちまったのか?」


 ぼんやりと覚えているのは屋上の光景。帰宅途中の記憶がすっぽりと抜け落ちている。教室に置いてきたのならいいんだが。財布も入れっぱなしのはずだし。


「仕方ないな。取りに行くか」


 自宅の固定電話には母さんの携帯番号も妹のものも登録されていないのだ。スマホに頼りすぎていると、いざというときに不便で仕方ない。

 電話番号を調べるよりも直接行ったほうが早い。病院へは走れば十分かからない。高校はそこから少し坂を下るだけだ。全行程は最短で四十分といったところか。

 玄関を飛び出すととたんに粘ついた湿気がまといつき、夏に包まれた。


「暑いなあ……。アイス食いてえ」


 運良く財布が残っていたら帰りに家族みんなの分のアイスを買って帰ろう。

母さんと俺と妹の三人分だ。



 汗ばんでだ背中に総合病院の冷房が心地よい。手の甲で額の汗を拭う。夜間窓口は混雑している。待合を覗いたが母さんや妹の姿はなかった。


「すれ違いかな?」

「あの、高村弓弦たかむらゆづるさんが入院してると聞いたんですけど」


 俺の横をすり抜け、看護師にすがりついた女に見覚えがあった。視線を向けるとクラスメートの森崎哉哉もりさきややだった。ほとんど会話をしたことがない、どちらかというと目立たない女子だ。よほど慌てているのか、鼻先にひっかかったメガネが傾いていることに本人は気づいていない。


「面会時間を過ぎていますので、一般のかたは……」

「あ、あの、あの、姉です。大けがをしたって聞いて」

「ご家族の方ですか。では、待合でお待ちください。調べてまいります。高村弓弦さん、ですね。念のため、年齢と身体的特徴を」

「あ、はい。弓弦は高校二年生男子です。身長170センチでやせ型、顔は、アイドル系のイケメンです」

「あら、大至急みつけなきゃ」


 おどけた看護師は窓口に続く扉をくぐった。パソコンで調べてくれるようだ。

 溜息をひとつ吐いた森崎は待合の椅子にすとんと座った。両手を膝の上でぎゅっと握り、背を丸めてうつむいている。表情は見えない。

 俺のほうはひどくだらしない顔になっているだろう。頬が緩んで鼻の下を伸ばして真っ赤になっているはずだ。

 俺は高校二年男子で身長170センチのやせ型。森崎の言う「高村弓弦」は間違いなく俺だ。顔面偏差値は低くはないと自負していたが森崎から見たらアイドル系イケメンだったとは。

 心配しなくても、俺、ここにいるよ。でも、どんな顔して森崎に声かけたらいいの。

 一歩足を踏み出したが立ちすくんだ。森崎の手が祈るように胸の前に組まれたのを見たからだ。


「森崎……」

「哉哉、こんなところで何をしているの!」

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