episode.29 平和と戦乱

「情けないのぉ〜、妾の娘ならもう少しやらんか」

(オル……お母…様?)

「何じゃ、お母様呼びをしてくれるのか」

(まだ……言い慣れ…ない、けどね)

「構わぬよ、好きにせい」

(何で……こんな所に)

「そりゃぁ、お主が頑張っておったからの」

(何で……今まで…会いに来て………くれなかっ…)

「それはの……」


意識が引っ張られるような感覚になり、目を開けてみるとそこにはセブンスがこちらを覗き込んでいた。


「エレナ様っ、お目覚めで」


それでも意識は朦朧としている、セブンスが何故こちらを覗き込みながら不安そうな表情を浮かべているのかは理解が出来ずにいた。それよりも、先ほどまでお母様と二人で暖かい陽だまりに包まれる森の中で楽しそうに話していたような気がする。夢のような感じもするが、確かに隣にいてくれたような感触も残っている。


「セブン…ス?」

「はい、ここにおります。ご無事で何よりです」

「ここは…どこ」

「エインの家です」

「エイ……ン…」


その言葉を聞いた瞬間、頭を打ち付けられたかのような衝撃が走り咄嗟に身を起こす。いつの間にか布団に運ばれていたようで、自分の身に何が起こっていたのか、少しずつ呼び起こされていた。外は明るくなっていたので、それ程の時間が経過していたのだと伺える。


「セブンス、長老とよばれていた者はっ」

「ご安心下さい、私が呼んで参りますので」


そう言い残し部屋を出ていった、しばらくしてエインの奥様が飲み物をとのことで水を持ってきてくれたり、破損したキモノの変わりにともう一つ用意してくれたりと世話を焼いてくれた。言葉に甘えながら新しく用意してくれたキモノにも袖を通して、セブンスの戻りを待つことにする。


今となれば何が起こったか鮮明に思い出せていた、長老に襲われ対抗を見せるも力及ばずでその場に倒れた事までも。あの威圧感や迫力などは村の長に留まるものではないと感じていた、それこそオルタナに匹敵する魔族の王だと言われても遜色ないほどに。その事がただただ悔しくもあった、受け継がれたとはいえ、その高みに手をかけることすら出来ていないと思い知らされたのだから。


「エレナ様、戻りました」

「ほっほっほっ、元気そうじゃのぉ」

「わざわざお越しくださり、恐縮です」

「構わぬ、散歩みたいなもんじゃ」


初めてお会いした時とは比べものにならない程に優しい雰囲気を身にまとっていた、ひりつく様な殺気は見る影もなく話しやすい。セブンスも警戒している雰囲気もないので、取り敢えずは命の危険は無さそうではあるが、何とも言えない緊張感は拭えないでいる。


「さきは急にすまんのぉ」

「いえ、何か理由がお有りなのかと……」

「そうじゃのぉ、先ずは確認じゃが……魔王の力は本当に受け継いでおるのか?」

「はい、確かにこの身に宿したと話しておりました」

「それで当の本人はここにはおらぬと…」

「私たちを逃がすために」

「そうかぁ…」


長老は私の方へと静かに近づいてくる、そうして優しく手を取り握りながら目を瞑って、そのまま静止していた。嫌な感じはなく不思議な感覚に包まれていく、その手から伝わる暖かい何かが体の中を満たしていくような。


「確かにのぉ、奥の方で眠っておるな」

「分かるのですかっ」

「そりやぁのぉ、宿したのはオルタナ本人かもしれんが覚醒させたのは儂じゃからのぉ」

「ええっ!?そうだったんですかっ」


セブンスがかなり驚いていたようで知らなかったらしい、私も驚きはしたがどこか納得できる部分もあった、あれほどの力量があれば可能なのだろうと。


ただ、〝原初の魔王〟と呼ばれていた以上この力を手にしたのはお母様が初めてのはず。前例も何もないこの力を果たして、宿したことのない者がそれも外部から覚醒させることなど可能なのだろうか。


「ほっほっほっ、疑っておるの」

「あ、いえ……そういうわけでは…」

「構わんよ。儂がしたのは、あ奴を命の極限まで追い込む事だけじゃったからのぉ…ほーっほっほっほぅ」

「えっ、じゃあもしかして私を殺そうとしたのは…」

「それは別じゃよ」


その言葉と共にあの時感じていた全身に刺さり込むような殺気が放たれ、その言葉には魔王の力を覚醒させるつもりなどなく、本気で命を狙いに来ていた事を物語っていた。生唾を飲み込むようにして強張る、こここから返答を間違えれば命を刈り取られそうな。


「ほっほっ、そう警戒せんでも大丈夫じゃよ」

「何をっ……」


気がつけば全身から汗が噴き出るようで、心臓も煩いぐらに鳴り響く。襲われても直ぐに対応出来るようにと構えを取っているが、この前の戦いぶりをみればそれすら意味がない様にも思えてくる。少しの静けさと緊張感が場を包みこれ以上は口を開けないでいた。


「お主がいくらオルタナの娘であろうと、魔王の力を受け継ぐのは別の話じゃ。それは力に選ばれし者が扱うものじゃからの」


どうやら私に魔王としての力量ガあるのかを測っていたらしい、生かされているという事は少なからずその可能性はあったと捉えても良いのだろうか。


「まぁ、それを継承出来るとは知らなんだが……、今のところは及第点といつまたところかの」

「あ、ありがとう……ございます」

「だがその力をどうする、どう扱うつもりじゃ」

「私には成し得たい事があります」

「……復讐か」

「はい」


お父様とお母様を死にへと追いやり、私の居場所を元から全て壊したザンラ。それに手を貸したお継母かあ様に、リュシアン様を操り奪い取ったソフィア。この者達は生かしておくつもりはない。


リュシアン様との婚約もお父様亡き今執着する理由はないが、私の為に動いていた事と私のことを想ってくれていた事を聞かされた今は、別の意味で隣にいたいと思える。それはまだ小さな感情かもしれないが、もう一度会って話をしたいと思う。その上でこの気持ちがなんなのかをはっきりとさせたい。


でも今は、私を動かすにはこの復讐心だけで十分。


「そうか……それに儂らを巻き込もうと?」

「そ、それは…」


力を借りて巻き込もうとしたことは事実だが、改めて言われるとこれは私だけの復讐でしか無い。セブンスは義理があって付き合ってくれるかもしれないが、それ以外の者達に関しては全くといっていい程関係がない。果たして、それに賛同してくれる者はいるのだろうか。


「そう…ですね、巻き込もうとしていました。私個人の身勝手な復讐に、皆様を」

「ほっほっほっ、そりゃあ…勝手が過ぎるの」

「はい、申し訳ございません」

「じゃが儂らの思いが、お主と同じだとしたら?」

「えっ?」


嫌な部分を指摘され俯いていた顔が自然と持ち上がる、その視線の先には長老がこちらを覗き込むようにして見ていた。聞き返すような返事をしたが、何も仰らず静かな時間が流れる。


「……同じ、というのは」

「儂らの王が封印された時から何も思っていないはずなかろうて」

「それならば…」

「じゃがの、それを望んでいないことは全員が周知しておった。あのギルダインが裏切ったと聞いた時からな」


ここでもザンラはギルダインと呼ばれているらしい、恐らくだが魔族に居た頃に名乗っていた名前だろう。私達の国に潜り込む際に名前を変え、活動を始めたのだと推測できる。


「その止まった時を、オルタナの意思を壊してまで動かそうというのか?」


最初は一国を相手するに必要な戦力だと考えていたが、魔族を率いるともなればそれは再びこの地に戦乱を引き起こすことと同義。それは、望んだ平和な世界からは遠く離れる。


でも、果たしてそうだろうか。もたらされる結果は平和以外にしかなり得ないのだろうか。


「私は、人族と魔族が手を取り合い世界にしたいです」

「儂らの中にある気持ちを押し殺せと」

「人族の血と魔族の血が流れる私自身が平和の象徴となります、皆が手を取り合う世界にできると」

「口なら何とも言えるわの」

「大丈夫です、私が魔族の王となり人族の王と婚姻を結びます」


思わず出た言葉に自分でも驚く。これでは完全に政略結婚の様で、今の私には復讐心だけでいいと思っていた事が形となっていたから。移り変わる自分の考えと定まらない感情が少しずつだけど、気持ち悪くなってくるような感覚に襲われる。まるで、自分が自分でなくなっていくような。


「そうか、まぁ、今のままじゃと誰も付いてこんじゃろうな」

「そう……ですよね」

「なのでお主に一つ知恵を授けよう」

「知恵…ですか?」

「そうじゃ。まずは、少しの間ここに滞在し儂自ら鍛えてやろう」

「それは願ってもない事です」

「そして、その後に今から言い渡す選択肢の内…どれかを選ぶか、選ばないかを決めるといい」

「そ、それは一体」


長老から言い渡されたのは想定出来る範囲内ではあった。魔族を率いずに単独で攻め込むか、仲間を引き込み戦力をもってして攻め込むか。そして、第三の選択として提示されたのは思いがけないものではあった。


「帝国を動かせ」

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