第三章 魔族と令嬢

episode.27 魔獣族の村

セブンスと共に村に来てからはとりあえず休息をとの事でエインの家へと案内されていた、道中嫌悪な目線を向けられていたが二人が周囲に説明してくれていたお陰で大事にはならずに済んだ。あまり考えたくはないが、それは私にとってここは敵地であることを物語っていた。


「セブンス、私はここに来て大丈夫だったのかしら」

「大丈夫です、私めにお任せを。とりあえず今は休んでください」

「そう、ありがとう」


今の私には反論するほどのその他に案を浮かべる余裕はなかった、その言葉に甘えることしか出来ずに案内された家の中へと入ってく。村とはいえ一軒一軒はしかりとした木造の家で王国の中に建っていても違和感のないほど立派な造りだった、それだけでここの住人たちの技術力の高さが伺える。勝手に魔獣族の村だからと考えていた自分が恥ずかしくなる。


「おう帰ったでなっ」

「あら、お客さん連れてきたんがか」

「すまんがしばらく厄介になるでな」

「あんたはいっつも急に言うてきよるきに」

「すみません、お邪魔になります」


エインと同じく猪出で立ちをした彼女は奥様らしい。エプロン姿に身を包み、可愛げのある笑顔と共に私を見定めるかのような視線を感じていた。でも外で感じたような嫌な視線ではなく、温かみを感じさせてくれる、その後の言葉にそれは現れていた。


「あら、えらい美人さん」

「えっ」

「いやぁ〜こんな美人さんが来るなんて」

「そんな、私なんて」

「ほらほら、疲れてるから風呂でも案内するだ」

「もうちっとゆっくりしたらええだのに」

「えっ、お風呂があるんですか」


そう言われながらも奥様に腕を引っ張られながら風呂場まで案内された、この村では一家に一つ風呂がある事は普通らしく不思議な事ではないそうだ。王国では貴族の家にしか風呂はなく、市民であっても数日に一回水で体を洗い流す程度しか出来ないと聞いていたが、ここに来てから印象が尽く壊されていく。


そうして案内された風呂場は一人用としては立派なもので、綺麗に保たれていた。入り口には脱衣所もあり、体を洗うための石鹸も常備されいかに環境が整っているか理解出来てる。久々に暖かいお湯で体を流し、石鹸で汚れを落としきる。それだけの事なのに、枯れていたはずの涙が溢れそうになっていた。


風呂から上がると着替えの服も用意してくれており、元々着ていたドレスは損傷が激しく修理もできないとの事で破棄してもらった。着替えの服は村の皆と同じようなもので、ここでは〝キモノ〟と呼ばれるらしい。多種多様なデザインで形は同じものなのに、柄によって個性が表現されとても美しいものだった。


「どうだろうか、変ではなかろうか」

「あらぁ〜美人は何着ても絵になるかね」

「あ、ありがとうございます」


初めて着る服だけに少し照れくさくなる、是非と言われて覗き込んだ鏡には私の姿が映っていたがそこにはもう、〝エレナ・オーエンス〟の姿は無かった。姿は勿論の事、その顔ですらもあの頃とは程遠く酷いものだった。これを見て美しいという言葉が出たのであればそれはお世辞なんだと思わざるを得ない、今の私のほうが〝灰かぶり〟という言葉が似合うほど暗いと思う。


「すみません、こんなに良くしてもらって」

「いんだよ、困った時はお互い様さね」

「このお礼は必ずお返ししますから」

「構いやしねぇだ、気にしななんでね」


そう言い笑いながら部屋を出ていった、今日一日はここでゆっくりしていいとの事だった。迂闊に外に出るわけにもいかないので、実質出ることは出来ない。眠るならと用意された布団に入ることにする、ここではベットではなく敷布団と呼ばれるものらしくここ数日は地面に寝ることが多かったので、違和感無く眠りにつくことが出来た。


そこからは自分でも驚くぐらいに寝つくのは早く、しばらくして幼い頃の夢が思い出されるようにして浮かび上がっていた。お父様に抱き上げられながら屋敷から星空を眺めている光景、こんな事が実際にあったかは覚えていないがそれは暖かくも寂しい……夢。


目が覚めると部屋は真っ暗に包まれており、深い眠りに落ちていたのだと感じた。久しい休息に体は軽くなっているように感じる、内に感じる魔力も回復しつつあり満足に動けるようにもなっていた。ふと枕に手が触れると濡れているような感触があり、目元にも涙の感触が少しだけ残っていた。


「お父様……見ていて下さい、必ずや」


部屋の外から騒がしいような声が聞こえて扉から覗き込むように外を見ると、セブンスとエインにまた見知らぬ魔獣族の誰かが話をしている。会話の内容を聞こうと気配を消し気づかれぬように耳を立てる。


「長老、本来こちらから出向く所を失礼します」

「ほっほっほ。あのはなたれ小僧が帰ってきたと聞いてな、こちらから出向いてやったわ」

「長老も変わらずお元気そうで何よりです」

「儂が来た理由はそれだけじゃないがな」


長老と呼ばれる獣は大きな猿のような見た目をしており、長く伸びた眉毛が目を覆い隠し前が見えているのかと疑いたくなる。その呼ばれ方と、杖をついているところから相当なお年を召された者なのだと推測できる。セブンスを〝はなたれ小僧〟と呼び放っていたのも、二人の関係性が垣間見える。


「エレナ様の事ですね」

「そうじゃ。理由は知らんが、人族を連れて来るとはどういう了見じゃ……おぉっ?」


こちらにも伝わるほどの威圧感が扉の隙間から放たれる、それはオルタナともザンラとも似ており、それほどの力量を備えた存在なのだと感じさせてきた。それを受けて無理もない、エインは慌てたように長老の後ろに回り込んだがセブンスは、背筋を曲げること無く相対してくれている。それが私を守る為なのだと気付きながらも、ここから動けずにいる自分が情けなくなる。


「ここに来たのには理由があります」

「それは、人族をこの魔族……魔獣族の村に連れてきてもいいと思わせる理由かぁ?」

「……はいっ」

「聞かせてみぃ」


震える声を抑えながら話しているのがこちらにも伝わってきた、それを見て私には祈ることしか出来ないでいる。下手にここから出てしまえば、気分を逆なでる可能性もある。そう、自分に言い聞かせる。


「エレナ様は人族と魔族の混血であります」

「だからなんじゃ。半分魔族じゃから助けてくれってか、でっかい厄介事も抱え込んだまま」

「それだけじゃありません、魔王の力も受け継いでいおります」

「なんじゃとっ!?」


長老と呼ばれていた彼は杖を投げ捨て、セブンスに向かって掴みかかる。だが、それに動じる事無くそれを受け入れ二人はそのまま話を続ける。


「あれがどういうもんかわかっとるか!?」

「はい、オルタナ様も重々理解しておりました」

「なら何処におるんじゃあのボケなすっ!」

「ここにいない事が……一つの答えです」


そう答えるセブンスは拳を震えながら強く握り、隙間から血が滴っていた。それを見た長老は急に脱力したかのようにふらつきながら後ろへと下がっていき、その場で座り込んでしまった。


身震いする程の緊張感が張り詰める空気から一変、体に重たくのしかかる様になり、二人は沈黙を続けていた。


「なら、あの小娘を殺せば魔王の力が儂に……」

「そんな事をしても無駄だとご存知でしょう!」

「ならせめて、この気持ちを何処にぶつけさせてくれるんじゃぁっ!」

「させませんよ、エレナ様は託されたのですから」

「どけぇ、はなたれ小僧……お前も送ってやろうか」


長老は杖を手に取り構えを取り始める、セブンスもそれに応えるかのように爪を広げ威圧する。二人の間で激しい殺気が広がりを見せ、それに当てられたエインは泡を吹きながら気絶し倒れていた。私も意識を保つのですらやっとの状態で、間に割って入るなど到底出来そうにもなかった。


「託されたのですよ、〝愛娘〟だからと」


その言葉に長老の殺気が急速に冷めていく、私も言葉が理解できずに頭の中が真っ白になる。直後に襲ってきたのは、それぐらい大事にされていたと、言葉の意味をそう捉える事だった。


「お前ぇ、さっき人族と魔族の混血と言いよったな」

「はい」

「愛娘を託されたんかい」

「はい」

「嘘ついてるんやないのぉ」


二人のやり取りに別の考えが芽生え始めていた、私が人族と魔族の混血でオルタナがセブンスに対して愛娘を託すと言った事の意味を。それではまるで、私が……。


「誓って嘘ではありません」

「あの小娘、オルタナの娘か」

「その通りです、だからこそ魔王の力を託されました」


お父様から聞くことの無かった、本当のお母様の話。セブンスの言葉が真実なのであれば、ずっと話せずにいた事も染み渡るように理解できた。実の母親が魔王だったなんて、理解出来ようも無かったのだから。だが今となっては、あの森で私を助けてくれた事やずっと隣にいてくれたこと。そして、魔王の力を託し私を逃がすために身を賭してくれた事。全ての出来事が繋がり、心の内側から熱い感情が広がっていた。


何も考えること無く、全てを理解した時には扉を全て開けセブンスの元へと走っていた。


「エレナ様っ……聞いて、おられたのですか」

「答えなざいっ!」

「……なんなりと」

「私の母親は一体誰っ」

「オルタナ様…原初の魔王と呼ばれていたお方です」

「……なんでっ、なんで黙っていた!」

「…………それは」

「答えろ!!」


私は力の限り叫んだ、答えが知りたかった。今はもう直接問いかけることが出来ない以上、セブンスから全ての話を聞き出すしか無い。逃げることを許さないと言わんばかりに睨みつけ、目の前に立つ。


「魔王の責を、背負わせたくないからと」

「何よ…それ……何よそれっ!!」

「魔王の娘と知れば魔族の為に動き、その他の魔族からオルタナ様の後継として逃れる事の出来ない役を与えられてしまうと」

「そんなの、責任でも役目でも何でも担ってやるわよ!」

「それに、魔王の力を渡してしまった事も後悔されておられました」

「私はっ、感謝してたわよ」

「もう、戻れなくしてしまったんじゃないかと。自由の選択肢を消してしまったんじゃないかと」


そんな事今更知った所で、私の想いを伝える方法はもう無い。後悔しても遅いと言うが、こんな知り方であれば後悔どころか怒りすら覚えても仕方ないと思う……一方通行は狡い。


「長老と呼ばれておりましたね」

「そうじゃ、この魔獣の村の長をやっておる」


私は振り返りながら長老に向き直る、この話を聞いたからではないが前から想っていた事でもある。オルタナとの話を聞き、私なりに考えた魔族に対する。


「私は原初の魔王、オルタナの娘。次代の魔王を担う者エレナと申します、一先ずはこの時までここに勝手に滞在したこと深くお詫び申し上げます」

「それで……それだけじゃないな」

「えぇ、私は人族と魔族の共存を願います」

「はっ、そんな事出来るわけないじゃろ」

「それは母の願いでもあり、私が継ぐべき使命です」


オルタナ…いいえ、お母様は平和を願っていた。恐らくはその過程でお父様と知り合い、私が産まれたのでそょうからそれこそが、種族を超えた共存の道を示している事に他ならない。


お母様の想いがどうであれ、勝手に決めつけられたのだから私だって勝手に決めてやる。


「だからここにかくまえと?」

「いえ、それもそうですが…」

「なんじゃ」


私は深く息を吸い込み、言葉を置くように話す。


「私と共に、私達の願いを叶える助力を頼みます」

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