episode.26 逃亡
深い森の中を抱きかかえながらセブンスが獣の姿で駆け抜けていく、私はもう声を上げる気力もなく体内の魔力も完全に使い果たしていた。憤怒の力で湧き上がっていたと勘違いしていたようで、残り少なかった魔力を最後の最後まで使い切っていたよう。普段ならそうなる前に、抑止力のようなものが働くのだがそれすらも突破する程に勢いよく溢れ出たらしい。
もう、指先一つですら動かせないのでこの状況に抵抗する事も出来ない。流れる木々の景色は変わらず、確かにオルタナから遠ざかり、もう戻れなくなっているのだと突きつけられている。
しばらくした後、勢いよく森の中から飛び出す。いつの間にか魔の森を抜けるほど走っていたらしい。
「セブンス……まだ…走るの?」
「ハァッハァッハァッハァッ」
「答えて…くれないのね」
森を出てからしばらく平原のような場所をはしっていく、景色は変わり月も沈みながら新しい日の出が周囲を暖かく包み込み始めていた。その光景が今の私にとっては苦しかった、朝日を見るほど経った時間にこうして生きていることが皆の犠牲によるものだと、考えないようにしたいけど、囁くようにまとわりついてくる、まるで死神の手が私の命を弄んでいるように。
こうしてる今も追いつかれたらひとたまりもないだろう、また私を逃がすためにセブンスはその身を犠牲にするかもしれない、そうして生き延びた先に一体何が待っているというのだろう。
「ハァッハァッ…ハァーッ。エレナ様降ろします」
そう言いながらゆっくりと地面へと降ろされた、「ここは川の側です」とセブンスが静かに告げる。どこか遠く、馴染みのない景色。王国でも帝国でもないこの場所に、私は取り残されたかのように感じる。確かに側には大きな川が流れているが、私はあまり王国から離れた事が無いので正直地理には疎い。
「そう……そんな所なのね」
流れる川を眺めながら顔を覗かせている朝日に目がいく、眩しいほどに包み込む光は瞳に突き刺さるようで自然と涙がこぼれ落ち、止めることなど出来なかった。
「なんで…なんで……何で私が生きてるの…」
「エレナ様っ…」
「ねぇ答えよセブンス、お父様もオルタナもなんで私を生かそうと簡単に犠牲になるのよ!」
「申し訳ございません、私の口からは…」
堪えていた感情が決壊したような音が聞こえ、涙は更に溢れその場で泣き叫ぶことしか出来なかった。泣いても、叫んでも元に戻る事はないと分かっていても今の私にはそれしか出来ない。セブンスは何もせずただ見守り、虚しく空に消えていく声だけが響き渡る。
「……はぁっ。もういいわ」
思わず漏れ出たその言葉に自分の中の何かが音を立てて壊れるような気がした、嘘のように消えていく感情に焦りを感じながらも急速に冷やされたかのように冷静になっていく。
しばらく泣き叫んで涙は枯れたように止まり、もう泣き叫ぶのはこれでお終い。そうしなくては死んでいった者たちに顔向けが出来ない、私の中に残されたのはたった一つだけ……静かに煮えたぎるマグマのような怒りで、これを晴らさずして死ぬ事は出来ない。
「セブンス、この後はどうしたらいい」
「……逃げるか、玉砕覚悟で戦うか、準備を整えるか。かと思われます」
「それなら一択ね、準備を整えるわ」
「それならばこの川沿いに進んだ所に、私の一族が住む村があります」
「そういえばセブンスって何」
「そうですね…歩きながら話しましょうか」
しばらく抱きかかえられていたおかげか、歩けるほどには体力が回復していた。それでも魔力が枯渇している分気を失いそうになるが、何とか繋ぎ止めれている。今は少しでも離れなければ、
そうして二人で並んで川沿いを歩いていく、次第に高くなる太陽に眩しさを感じながらセブンスは自身の身の上について話してくれた。
「お察しかと思いますが、私は魔獣族です」
「私が聞いていた魔獣族とは全然違うわね」
「それはですね……」
魔獣族には二種類いるらしい、お父様がよく狩りに行ったりしていたのは〝
「そうして、そもそもの魔獣は親を持って産まれ出るか、魔力の溜まり場に産み落とされるかに分かれます」
「セブンスに親は」
「いません、私は魔王様の魔力溜まりによって産み落とされた後に、理性を授かりました」
そうしてこれから行く村にはオルタナの魔力溜まりによって産まれた
「そう、ならセブンスはオルタナの息子みたいなものね」
「そう言われるとむず痒いてすが……」
「………ごめんなさい、私に力が無くて」
「いえ、そのような事は仰らないでください」
魔王の力も憤怒の力も、上手く扱えていたのであればここまで追い込まれる事にはならなかっただろう。お父様の時にも感じた無力感に苛まされそうになる、でもそれはもうしないと決めた。
怨敵の〝ルーゼン〟、〝ソフィア〟。そして全ての元凶である〝ザンラ〟、この三人をこの手で殺すまでは前を見続ける、その為なら鬼にでも悪魔にでも成ってやりましょう。
それからはお互いに無言となり風のざわめきだけが耳に入ってくる、セブンスは周りを警戒しながら歩いてくれてはいるが、私にはその余裕は無く足を動かし続けるだけで精一杯だった。そんな重たい空気の中、川の中から突如として水の跳ねる音と共に、鋭い牙をこちらに向ける魚獣の群れが襲い掛かってきた。
その姿は魚と言うには荒々しく、携える牙と空を駆けそうな程のヒレが威圧感を放っていた。恐らく鋭く光る鱗が抵抗を無くし、その大きなヒレをもって水中から飛び出しながらこちらに襲いかかってきたのだろう。
「エレナ様っ、魚獣です!」
「わかってい……うぅっ…」
体を動かそうと瞬間、体中が引きちぎられるような感覚に襲われその場にうずくまる。向かってくる魚獣の群れはセブンスか引き裂くようにして蹴散らしてくれてはいるが、足が生えているので陸上でも動き回っており長くは保ちそうにもない。辺りには斬り裂いた血しぶきと、血の臭いが立ち込めているが私は何も出来ずに守られるだでしかない。
魚獣が襲いかかるたびに、セブンスの爪が空を切り裂く。だが、一匹倒せば次の一匹が群れを成して押し寄せる。私は地面に伏しながら、無力な自分への怒りを握り拳に込めた。「もし私に戦える力が残されていれば…」その思いが胸の奥で渦を巻いていた。
《
何処からか聞こえる魔法により襲い掛かってきていた魚獣の群れは、光り輝く剣によって切り刻まれていた。その剣は何度も見たもので、助かった事と同時に諦めにも似たような感情が影を落とす。
「おいおい、セブンスでねぇが。大丈夫が」
「その声は【エイン】かっ!?」
そう叫ぶセブンスに合わせるようにして振り返ると、そこには猪のような出で立ちをした獣が二足歩行で立っていた。その反応と姿を見るに、ザンラが追いついたわけではなく本当に助けられたらしい。
「おぉ、久しぶりでねぇか」
「久しいですな、息災でしたか」
「んだんだ、それはこっちの台詞でねぇか」
そうして二人は笑い合いながら握手を交わしていた、いつの間にか生き残った魚獣の群れも川に戻っていき辺りには切り刻まれた肉片と血だけが残されていた。
「こないなとこで、何しとるが」
「実は、匿って頂きたく」
「何やら訳ありやなぁ……そっちの人族も同じが?」
「えぇ、お気持ちは分かりますが今は私の顔を立てると思って。お願いします」
そうしてセブンスは頭を下げていてくれた、過去の事があるので魔族にとって人族は敵である事は変わらないはず。そんな中で私を村に招こうとしているのだから、警戒するのも無理はない。私もうずくまったまま、合わせるようにして頭を下げる。
「セブンスの言う事だ、何かあるんだな」
「はい、後ほど族長には話します」
「んだ……まぁ、俺が決める事でねぇでな」
「ありがとうございます」
そうして動けない私はセブンスによって再び抱きかえられる、近づいて体をよく見るとそこら中に生傷があり痛々しく思える。それが全て、私を守るためのものなのだと思うと余計に。
「それよりも、村まではまだ距離がありますよね」
「んだ、狩りにきていたんだ」
「こんな遠くまでですか」
「周辺はもう満足に狩りすらできんでな、こうして戦える戦士が遠征に出ているだよ」
「何かあったのですか」
「おらにも分からんでな」
それから私達は休憩を挟みながらも二日ほど歩き続けた、エインの当初の予定でもあった狩りは最初の魚獣を数匹と道中でみつけた牛獣などを持って帰ることにし、目的の成果としては十分らしい。
道中も二人から色々な話を聞いた。魔獣族の事や二人の関係性など、同じ時期に理性が芽生え明智ノ獣としてずっと親友のような関係を築いていたと。そんな話が終わりに近づくにつれて、村のある場所までやって来たと聞かされる。
「エレナ様、もうすぐです」
「……何も見えないのだけど」
「大丈夫です、ご安心下さい」
その言葉と同時に、急に辺りが霧によって包まれ始めていた。次第に濃くなり始め前を見るのも困難になるほどに、私ははぐれないようにとセブンスに手を握られそれに従うように歩いていく。視覚による情報は完全に途絶え引っ張られる手だけが道標となっていた頃、「見えました」と告げられた。
霧が晴れ始め光が包みこんでいた、言われた通りに目の前には目的地である村が姿を見せていた。村と鼻は言うが見すぼらしい雰囲気はなく、それどころか周りを囲った塀や中から覗く建物が技術力の高さを
身に起こった不思議な出来事に見惚れてしまっていたが、感情に浸る余裕もなく手は引かれ続ける。ここで休む事が出来るのであれば、今後の事についても落ち着いて考えれるだろう。
そんな期待を抱きながら、村の中へと案内されていく。
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