episode.19 決意

「もう大丈夫そうじゃの?」

「えぇ、おかけざまで」

「ふひひっ、そう怖い顔をするじゃない」

「いえいえ感謝しておりますとも」


これは決して怒っているわけではない。中々魔力が馴染まなず苦しんでいた所を、「荒療治じゃっ」と言いながら無理くり私の体内にある宵闇よいやみの魔力をかき回した結果、胃の中が何も無くなる位に吐いたり全身を引き裂くような痛みに襲われた事に対して怒っているわけではない。ただ、終わった後に呟くようにして「やり過ぎた」と言うのは止めてほしかった。


「まぁ、結果オーライじゃの」

「ふふっ、私もそう感じておりますわ」

「その顔と声は笑っておらんの」

「気のせいです」


この家に来て数日が経過していた。その間もアリサやセブンス、そしてオルタナの甲斐もありこうして元の体調には戻っていた、話すことは勿論だが体を動かし回る事は難なく出来ていた。それでもまだ宵闇の魔力に関しては上手く扱うことが出来ずに、森の中使ったような魔法は再現出来ずにいた。


「それで今日も魔法の訓練かの?」

「ええ、この力を自由に扱えるようになりたいから」

「それはいいの……

「その先?」


急に切り替えたオルタナの鋭い眼差しに吸い込まれるようにして視線を逸らせなくなる、このタイミングで核心を突いてくるのはズルいとすら思えた。


それは、意識がはっきりしてからはずっと考えないように心の何処かではこの現状を認めたくなかった。この力を自由に扱えるようになった後、その先はこのまま逃げるか奴らへの復讐か……。


ここに来てからはずっと復讐の二文字しか浮かんでいなかったが、何事もなかったかのように数日過ごすうちに〝これ以上戦わなくていい〟〝このまま逃げていい〟〝全てを忘れてもいいんじゃないか〟そんな言葉の数々が、次第に私の中で濃くなりつつあるのを感じていた。


「今はまだわかんないや」

「そうか……好きにしたら良い。いつまでもここに居て良いからの」

「ありがとう…オルタナ」


そうして私はいつものように部屋を出て外に歩いていく、明るいうちは木々の隙間を光りが刺し込み森の中を明るく包み、そこに身を預けるように目を閉じて深く深呼吸をする。体の中にある魔力に意識を向けて知覚する所から始める、未だに雲を掴むようで感じる事は出来ても扱う事が出来ていない。


掴もうとしたは私の手をすり抜けるようにして消えていき、悲しみに気分が飲み込まれそうになっていき気がつけば黒い腕のようなものが私の四肢を掴み始める。抗うことが出来ずにいてると、怨嗟の声が私を包みこんでいく「コロセ」「ネタメ「ウラメ」など様々な言霊で、その中の一つにお父様の声で「俺タチヲ追イ込ンダ奴ラヲ赦スナ」と。


「止めて、お父様はそんな事言わない」

「殺セ、壊セ、破滅ヲ齎セ」

「お父様、じゃ……ないのに……」


次第にその言霊は私の中を侵食するように犯していき、呑み込んでいく。


「おい、その先はいくでないぞ」

「はっ」


気がつけばオルタナが声をかけていてくれていた、そのおかげか意識が引き戻されるようにして正気に戻る。いつも以上の濃い感覚で思わず身を預けそうになっていたが、あのままオルタナが呼び戻してくれなかったと思うと冷や汗が止まらなくなる。その言葉の通り、この先は危険なんだと身に沁みる。


「あ、ありが……とう」

「その先は魔族の中でも堕ちる者はおらんよ」

「これは一体」

「宵闇の魔力は強力じゃが、その反面危険も伴う」

「危険?」

「呑み込まれたら一度、戻れなくなる。その先に待っているのは自我を失った獣じゃよ」

「獣……」

「さて、湿っぽい話は終わりじゃ。エレナには宵闇の魔力を操るコツを教えてやろうかの」

「前にも聞いたけど難しいわ」


宵闇の力が他と違うのはこの世界を飲み込むほどの現象に起因しているとのことだった、火や水に風などといった魔法の数々はこの世界の自然現象に起因する所となるが、夜になると訪れる闇夜のようにこの世界を包み、飲み込むほどの現象とはなり得ない。その自然現象に起因する宵闇の魔力は強力かつ、制御が困難なことは勿論、魔族のみとはいえ身に宿す者は数少ないそう。


「闇夜や影を制御するなんて想像もつかないわ」

「呑まれないようにするには、己を持つ事じゃ」

「己ってなによ……」

「己とは自分自身の事じゃよ」

「なによそれ」

「ふむ。こればっかりは妾から教えれるもんじゃないからの……ただ言えることとすれば」

「……すれば?」

「お主が何を成したい、何を成す為に力を求める」

「それは……」


思いがけずに朝の質問に戻される、私が求めるものとは何を成したいか、仮に力を手に入れたとしてその先に求めるものとは一体。復讐か、逃亡か……。


「分からないよ……」

「それが分からない以上は呑まれるじゃろうな、おのれがあるのは道標が出来ることじゃ。暗闇の中を照らす一本の道筋としての」


お父様、私はどうしたら……。


「エレナ様っ、お伝えしたい事が」

「セブンス?」


慌てた様子でセブンスが駆け寄ってきた。私が寝込んでいた間に、国の様子を確認するためにアリサが潜入していたようでその報告が入ったと。だが、そこにアリサの姿はなく未だに潜入中らしい。


「アリサが……そんな…」

「気にしないでください、アリサの望んだことですから」

「……そうね、ごめんなさい。で、何があったの」

「はい、その事ですが。オーエンス家が一族諸共、処刑されました」

「えっ」


私はあまり会う機会がなかったが、お父様には弟がいらっしゃいその家族もいたと。そして、私のお祖母様も皆が国家反逆罪の容疑をかけられ本日皆の前で公開処刑にされたと。そこにはリュシアン殿下やお継母かあ様とソフィアが同席していたが庇う様子も見られず共に興じていたと。


「それに、言いにくいことてすが」

「まだ何かあるの?」

「リュシアン殿下とソフィア様の婚約が発表されました、処刑と同じくして」


予想はしていた、考えてはいた。それでもこうして事実として話されるとその衝撃に崩れそうになる。唯一、私の幼い記憶ながらも残っていたお祖母様。ソフィアを諌め続けた故に、お継母かあ様から距離を取られるようにして離されていたと思っていたが、そのお祖母様をわざわざ引き戻し処刑させるとは。


私の中の黒い感情が沸き起こる、煮え滾るような熱い炎と同じくして怨念が篭った暗い闇夜のように重たく、終わりの見えなく果てしない。


「なんで……」


「エレナ様っ」「おいエレナ」


「怨めしい妬ましい、殺シ壊シタイ……」


音が何も聞こえない静寂に包まれた、体の中に感じる宵闇の魔力だけに意識が向けられそこに沈み込むように堕ちていきそうで、それは悪くないと感じほどに身を預けている自分がいた。


己を持たずともこうして身を委ねれば楽になれる、この力私なのだと。この抱いた感情全てが…己。



「しゃっきりせんか!!」


何かの衝撃が頬から伝う、それは暗く静寂だった私の意識を呼び戻した。じわりと響く痛みと共に、体の隅々まで伝わるような覇気のこもった言葉。


「は、えっ」

「オーエンス家の血族が何を腑抜けとる!」

「お、お祖母……様」

「なに、死人を見たような顔をして」

「え、だって」

「私が死んだとでも?馬鹿らしい」


その力強い声も姿も、お父様に似た雰囲気は幼い頃の記憶そのままだった。私の祖母にあたる【グレイス・オーエンス】。先ほど、セブンスの報告で処刑されたとあった人物だった、それがこうして生きている事もそうだがこの森の中で出会うことになるとは思ってもみなく、あまりの急展開に頭が追いつけずにいた。


「久しいな、元気そうで」

「お祖母様……」

「で、愚息はどこだい」

「あ、それなら…」


言われるがままにお父様を埋めた墓まで案内する、ちょうどこの家の裏手に埋めさせてもらった。私にはあの国に戻る事も出来なければ、馴染んだ土地に弔う事も出来ずに申し訳なく思っている。


そうして墓の前に着く。


「そうかここに、最期はどうだった」

「私を守り、命を……」

「そうかい」


そう一言を残して空を仰ぐようにして上を向いていた、その瞳からは光る粒が頬を伝うように流れる。私はあまり見ないようにして墓の方へと向き直り、目を閉じながら今に至るまでの報告をする。


そうえば、先ほどまでの感情は薄れたような。


「すまないね、助けてやれなくて」

「いえ、ご存命なだけで何よりです」

「もう後悔したくないね」


そう言いながら私の頭を掴むようにして撫でる、力強くも震えたその手は自身の無力さを感じさせる。私もあの日、守られているだけだったことを思うとその気持ちは理解できる。その場にいなかったとはいえ実の息子が命の危険に晒され、無残な死を遂げたのだから。


「さて、ありがとうね」

「お祖母様は何故ここに」

「アリサだったかい、彼女のおかげさ」

「アリサが?」


処刑の間際に突然現れたアリサはお祖母様だけを逃がしす事しか出来なかったと、弟様も同じく逃がそうとしたが警備が頑丈で逃げ出す際にその身を犠牲にしたと。この数日間において子が先に逝ったのは言い難い苦痛となり今でも悔やむ、そう話してくれた。


「私は何故生かされたのかと、子を先に逝かせる私に意味はあったのかと。ここに来るまでに考えたよ」

「お祖母様……」

「だがな、エレナの姿を見てここに来て良かったと。生かされた意味があるんだと直感した」

「それは…」

「さっきの姿、あれは危険なものだね?」

「……はい」

「それも言葉の数々から予測するに、抱くに良くない感情が鍵となる……そうだね?」

「はい」


この短時間でお祖母様は全てを見抜いていたのだろう、言われた言葉が全て肯定されていく。呑まれれば危険、その原因が私の内に押し込められた負の感情。


「忘れろとも、受け入れろ諦めろとも言わない。ただ、エレナには共に背負ってくれる者がおるだろ」

「共に背負う?」

「私も勿論だが、セブンスにアリサ。そして、さっきからこちらを覗いているあそこの魔王とかな」

「お祖母様、ご存知で」

「詳しくは話せないが息子から聞いていたよ」

「そうだっだんですね」

「先も言った通り、エレナのその感情は一人で抱え込まなくてもいい、その一端を担うために私が来たんだよ」

「そんな事……」

「私はお前の祖母であり、共通の悲しみを背負った。ただ何事にも流されること無くエレナの思うがままに進めるよう、不要な荷物は私が引き受けよう」

「そんな簡単にはいかないてすよ、私自身が何をしたいのか分かっていないのですから」

「それなら悩んで色々見ればいい」


そんな簡単にいくとは思えない。もう自分自身が何なのか、どの感情が本物なのか分からなくなっていた。


「選べるように力をつけ知識を蓄えよ」

「力と、知識?」

「何も分からぬなら知識を、何かを成すなら力を」


そう言われると私は何も知らない、この力のこともそうだがこの国やこの土地、そして歴史など。ひいてはお継母かあ様たちの目的やこれからの手段も。そしてその知識を得たとしても、宵闇の魔力を制御出来なければまた同じくして、無力な自分に嫌になるだけだ。


「ありがとう、お祖母様」

「なに死にゆくその時まで側にいてやるよ」

「もう私の側で死なないでください」

「こりゃ厳しいご命令だね」

「いや、命令だなんて」

「いいんだよ、今やオーエンス家の当主だからね」

「もう無いようなものですけど……」

「これか興せばいいさ」

「助けてくれますか?」

「勿論さね」

「オルタナも、ありがとう」

「妾は何もしとらん」


そう、先ずは知ることから始めよう。時間はないかも知れないが一個ずつ確実に、焦れば足元をすくわれるだけ。そうならないための心強い味方はこうして駆けつけてくれていたのだから、皆に助けられる代わりに、私も助けられるようになる為にも。

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