episode.20 人族と魔族
お祖母様が来られたその日は今までに話せていなかった事を話し合っていた。私がここに至るまでの経緯もそうだが、私があの屋敷でどのように過ごしていたのかなど愚痴や不満を交えながら。そういえばこうして話していると、幼い頃にお祖母様から何か言われていたような気がするがお祖母様も覚えてないようで、私の勘違いだったのだろうか。
そうして最後の方には笑い合い、共にお父様を怒るようにして。お互いに流れ落ちた涙のおかげか、抱えていた心の荷物が少しだけ軽くなるような感覚になっていた。頭の中にあった靄が晴れるようで、この時初めて孤独を感じなくなっている事に気付かされる。セブンスがアリサが側に居てくれて、お祖母様がこうして駆け付けてくれた、そしてオルタナも……。
お祖母様は疲れていたのか先に寝るといいながら、リビングにあったソファに横になってしまった。私はまだ目が冴えていたので家の外のベンチに座りに行こうとする。扉を開けてベンチのほうを眺めると、オルタナが上を見上げながら何かを呟いていた。
「オルタナ?」
「おや、もう終わったんかの」
「えぇ、ありがとう気を使ってくれて。それにここに受け入れてくれて」
「構わぬよ、エレナの家族じゃからの」
その言葉に何故か少し引っかかり、森に溶け込むような静けさになる。辺りは私達以外に誰もおらず、何も喋らなければ静寂が訪れる。心地良い風が流れる中で私は今まで聞けずにいた、気になっていた事を聞いてみることにした。
「ねぇ、オルタナ…何で私達を助けてくれたの」
「なんじゃ今更」
「だって魔族と人族って昔は戦争をしていたんでしょう、それの中心にいた魔王が…何故って思うよ」
「気まぐれじゃよ」
「嘘ね」
「どうしてそう思う?」
「なんとなくよ」
そう、私が知る歴史では魔族に襲われながらもそれを押し返し、その末に魔王の封印に成功したと。それだけの事がありながら、今更私達を気まぐれで助けるには何かしら理由がないと変だと感じていた。
「ならそうじゃのお、エレナは妾達魔族と人族の歴史については聞いておるな?」
「えぇ、魔族に襲われながらも発起した一人の青年と七人の戦士が魔王の封印を成し得たと」
「やはりのぉ」
「何か違うの?」
「そもそも魔王は妾一人じゃないぞ」
「えっ!?」
私が知っている歴史では魔王オルタナを封印したからこそ、魔族との交戦も収まりを見せ今のような平穏を迎えることが出来ていた。だが、オルタナ曰くこの世界には他にも三人の魔王が点在しており、それぞれが各種族を束ねて今も息を潜めながら生きていると。
「各種族?」
「そうじゃ。魔人族、魔獣族、魔翼族の三つじゃ」
「ならオルタナは?」
「妾か……妾はの〝原初の魔王〟と呼ばれておる」
「原初の魔王?」
「名ばかりの悲しき魔王の事じゃよ」
昔を思い出すかのように話してくれた、始まりはオルタナが全ての魔族をまとめ上げていたが、戦争で苦戦が続き人族との和平を持ちかけた際に各種族が裏切るような形を作り上げ、それぞれが種族の王〝魔王〟を名乗るようになったと。それを聞いて私はどこか自分と重ねてしまった、初めて聞いた話に少しだけ距離が近くなったように感じるのは気のせいかしら。そんな事を想っていると悲しげな表情が目に入り、それを見ていると胸が締め付けられるような。
「もしかして私達を助けたのは、その裏切りに対する復讐を手伝わせるため?」
「そんなわけなかろうて。言ったろ、妾は戦よりも和平を求めていたと」
「もう恨むことも争う事もしないと」
「そういう事じゃ、じゃから気まぐれなんじゃよ」
「そう、その気まぐれに感謝しなきゃね」
「大いに感謝するといいぞ」
そう言いながらオルタナは頭を撫でてくれ優しい時間が流れる、オルタナの話を聞いて魔族については理解できたものの不可解な点も多い。
「なら私は魔人族って事になるのかしら」
「そりゃ分からんよ」
「なんで、火炎の魔力は魔族にも宿るんじゃ」
「そりゃないの、魔族に宿るのは〝
「聞いたことないものばかりね」
「そりゃそうじゃろうな、人族には伝わらんからの」
人族には〝
「光あらば闇が生まれ出る、何もなくば虚空なりえる。空が在りて降り注ぐ光が作りし闇、陽が昇ればまた沈むように、そして夜があれば朝があるように」
突然オルタナが隣で歌を織るようにして口ずさんでいた、不思議と聞き入っていたがその言葉の意味は理解出来ずにいた。
「急に何それ?」
「ん?妾達、魔族に伝わる言葉じゃよ」
「魔法についての言葉みたいね」
「そうじゃよ。空がなくば光は降り注がれん、光なくば闇は作られん、闇が呑み込む先は虚空じゃからの」
「よくわからないわ」
「今は分からなくてよい、言えるのは無から有は生まれぬという事じゃよ」
「私の魔法も……」
「そうじゃ、影がありて闇がありてエレナの力は真に発揮される」
「もしかして、魔力そのものも」
「そうじゃ。だから自身が真に望む事、何をその先に見据えるかと光のような気持ちが必要になるんじゃよ」
言われてみれば宵闇の魔力を操るときにはこの力に対する恐れのようなものを抱いていた気がする、そこに明るい感情など無くただただ不安と焦りだけが。そこを狙うかのように黒い手が忍び寄り、途端に恐怖と憎悪のようなもので埋め尽くされていく。
そうなれば抗うことは出来ずに、抑えきれない魔力に限界を迎えた瞬間に弾けるようにして霧散していく。そうして意識を取り戻し、また無力さを噛み締める。
「今抱いている感情は捨てろ、忘れろとは言わん。ただ、楽しいことの為に力を求めても悪くなかろう」
「そうね、楽しいこと……ね」
「そう難しい顔せんで、楽に考えればよい」
そう言いながらオルタナが立ち上がる。私にとっての楽しい事とは、この先に望めるものといえば……。そんな事を考えながら、遠くを眺めている。この静かな森の中で、心地良い風に身を委ねるようにして。
突然、静寂だった空気を吹き飛ばすかのような爆音が響き渡り全身に衝撃が伝わる。家の壁は壊されたのか、破片が辺りへと音を鳴らしながら散らばり穴の方から煙のようなものが吹き出ていた。気がつけばその場所にしたはずのオルタナの姿は消えている。
「オルタナァッ」
辺りを見渡すと、遠くの方で木にもたれかかるようにしてオルタナが打ち付けられてるのが見えていた。何が起こったのかと考えるよりも先に、私が駆け寄ろうと走り出した瞬間に、何かが腕を力強く掴んできた。
「一体っ」
「………」
「お祖母様っ!?」
私の腕を掴んで離さなかったのは、家の壁が壊れた煙の中から出て来たお祖母様だった。考えたくはないが家を壊しながらオルタナを吹き飛ばしたのはお祖母様以外に考えられなかった。必死に頭の中を様々な考えで巡らそうとしたが、あまりに突然の出来事で真っ白になっていた。
「痛いっ」
さらに強く握られた痛みにより、我に返ったかのように状況を整理する。お祖母様の方を見てみるが、どこか視点があってないように目が遠くの一点を見つめている。
「………」
「お祖母様っ!どうされたのですか」
「………」
「お祖母様っ」
「………」
呼びかけるが返事もなく何処か様子がおかしい、そのまま力強くも腕を掴んだまま静止し、振りほどくことも出来ずに視線の合わない睨み合いが続いている。突然どうされたのか、それよりもオルタナは無事なのか気になるのと同時に中にいたはずのセブンスを確認する。
「セブンス!セブンス!」
声を上げて叫んでみてもセブンスの気配も見当たらなかった、家の中は直接確認することが出来ないので何かに巻き込まれて気を失っているだけだと思いたいが、それを確かめるにはこのお祖母様をどうにかしないといけない。
「エレ……ナ…」
「お祖母様っ、一体どうされ「あぁぁぁあああっ!」
お祖母様は勢いよく掴んでいない方の腕を振りかぶり、私の腹に向けて一直線に素早く放ってきた。私も咄嗟に掴まれていない腕で拳を防いだが、勢いを殺す事は出来ずに弾けるような衝撃が全身を伝ってくる。足は地面を離れ、体が吹き飛ばされた。オルタナまでとはいかないが地面に打ち付けられるようにして転がる。
「がはっ、お……祖母様…なんで……」
オルタナの方を確認すると先ほどから動くような様子も見られなかった、木にぶつかった衝撃で気を失っているのだと思うが、動けるのはこの場に私しかいない。土を払いながらその場で立ち上がり、お祖母様の方へと向き直る。
すると、頭を抱えながら苦しんでいるように見える。私が城を逃げなければなかったあの日、リュシアン様が苦しんでいたのと同じような様子で。それは精神魔法の影響下にあると嫌でも認識させられていた、単純に会いに来たのではなく、誰かの命令によってこの森に入り私に近づいたのだと。既に敵の手に落ちたお祖母様を元に戻す方法は、未だに分かっていない。
震える唇を噛み締め、拳を強く握る。
何か方法を探すのだと、もう私に残された家族はお祖母様しかいないのだと、何度も強く言い聞かせながら。
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