episode.17.5 魔王オルタナ

遥か昔にこの地に封印されてから漏れ出る魔王の力が影響を及ぼし、森と魔獣を生み出すようになっていた。


妾としてはこのまま何もせずにここで過ごすつもりじゃったが、久しぶりに出会った人物と言葉を交わすようになっていた。その人物は最初、この森の魔獣が森の外に出ないように討伐しに来たと話していたが、次第にその目的は妾になっているように感じた。


その証拠に魔獣が一定数減ったとしてもこの森へと足を運び、妾に話をしにきただけと言っておった。


「オルタナよ、こんな所退屈ではないか?」

「おかげさまで退屈はしておらぬよ」

「そうか、ならいいが……薄々感づいていたのだがこの封印は壊せるほどに弱まっているだろう?」

「なんじゃ、また殺そうとしても無駄じゃぞ。お主らは殺せないからこうして封印したのじゃからのぉ」

「いや違う、それなら俺と一緒に外に出ないかと」

「ほぅ」


それは意表を突かれたような提案じゃった、あの時の衝撃は今でも忘れる事が無いじゃろうな。妾に対して敵意を向けるどころか、助けようと楽しませようとしておった人族は後にも先にも奴だけじゃ。


「魅力的な提案じゃがの、妾が外に出るとまた争いが起きるのでな……そんな世界はもう見とうない」

「オルタナ……」


そうして私は男の目の前まで近づき囁くように、耳元で言葉を添える。


「お主が愉しませてくれるならそれでよいのじゃ」

「ほえっ!?」

「妾のものとならんか」

「は、はい」


あの時の惚けた顔が印象的で思わず食ってもうたのは今になっても性急だったと思う、若く少年とも青年とも呼べないが刺激が強すぎたかの。それから三年の間会う頻度は増えておったが、ある日を境に来なくなっておった。


あやつが言うには国の中に家族が出来るかもしれないと、決して幸せなものではないがそれを仕事とするのでここに来る頻度は少なくなると言っておった。それならば都合がいいと、妾は産まれたばかりの娘を託す事にする、赤子を見た時は目を丸くしておったがの。


「え、この子は…」

「分かっているじゃろうて、今更言うな」

「ははっ、オルタナには驚かされてばかりだよ」

「名はもう決めておる」

「え、早くない?」

「そう言うな、〝エレナ〟と呼んでやれ」

「エレナ?」

「〝闇の中で輝く光〟と意味を込めた」

「いい名前だね、オルタナらしいよ」


こうして出会いからずっと驚かしてばかりじゃったが、最後の最期にこんな形で驚かされる事になるとは思いもせん、どうしてもっと早くに助けを求めなんだ。


森への侵入と複数の気配を感じ、そこに向かって歩いていると妾の目に飛び込んできたのは思いもしなかった光景じゃった。あのオウル・オーエンスが何かを守るようにして戦い、死の間際その瞬間じゃった。


いつものように間抜けな顔でも惚けた顔でもなく、何かを決意し命を懸けて守ろうとする父親の顔で、妾は内側から抑えきれないほどのドス黒い感情が火山のように噴き出すのを感じた。


「どのようにして殺シテヤロウカ…」


刹那、それよりもオウルが守ろうとしていた娘に意識を持っていかれる。それは間違いもなく、あの日妾が送り出したエレナであった。


次第に感情は落ち着きを取り戻しどうするか考える。この状況を何とかしてやらねばならぬ、それに妾が手を下すには事を思い出しながらも。


それならばと……「こんなところで何しておるのじゃ」平静を装いながら声を掛ける、オウルと似て呆けた顔を浮かべる彼女に思わず笑みが溢れそうになり色々と聞きたいことはあるはが、それならば手を貸してやろうと提案を持ちかけると二つ返事で返ってきよった。これもまた似ておるの……。


それから暫くして力の限りを尽くしたエレナは何かが壊れたかのように笑い声を上げていた、妾が表に出ないようにと抑えていた闇の魔力が人格にも影響を及ぼし初めたのじゃろうが、この辺りは時間が経てば落ち着くじゃろうて。


それよりも今のエレナに妾が母親である事を明かすわけにはいかない、今はただ隣に寄り添うてオウルの死を受け入れさせる事にさせる。「馬鹿者が」心のなかではそう呟きながらも、よくここまで逃げ切ってきたと褒めたくもなる。間一髪の所でエレナは助けることが出来た、こうして再び相ま見える事が出来たのじゃと。


落ち着ける場所へと移動し、ここまでの経緯をエレナの口から聞いた時にはオウルの不甲斐なさに怒りが芽生えた、託したのに一体何をしておるのじゃと。


ある程度話し終えた所で二人ほど近づいているのを感じた、これまた妾がよく知る奴らじゃ。案の定、エレナと再会し喜びを分かち合っていたが、緊張の糸が切れたのかその場で眠るようにして倒れてしまった。


最後には妾に感謝をしておったその体を優しく抱きかかえるようにして受け止める、その細い体についた傷の数々が痛々しい現状を物語っていた。今の妾には怒りのままに力を振るえる程の余裕はなく、側でこうして添う事しか出来ぬ。


「息災じゃの二人とも……で、何をしておった?」


この二人は妾の知る所でセブンスをオウルの護衛兼執事として仕えさせておった、アリサに関してはいつかエレナの護衛兼メイドとして側に仕えさせようと直に鍛えておった。


共通してこの森で生まれたと言う経緯もあり、それらが付いていながらこの低落かと重い言葉で抑えつける。


「ま、魔王様…申し開きのしようもありません」

「この度の失態、命で償います」


片膝をつき頭を下げながら弁明を述べている、だがある程度ハエレナの話から状況を察していた。さすがにこの二人といえど一国を敵に回しながら戦うのは至難となっていただろう、命令通り逃がすために敵陣の真ん中でその身を犠牲にしていたのだから。


それでもこうして遅れながらでも駆けつけた所は褒めてやりたい。エレナの心の拠り所として、護衛として改めて助けになってやって欲しいと願わずにはいられない。


「死ぬことは許さん、生きてオウルの意志を継げ」

「「は、はい!仰せのままに」」


この先、エレナが目を覚まし傷が癒えた後にこの森に残りたいと言うのであればそれも良いが、心の中に燻る復讐心を再び燃やしその炎をもってしてあの国を襲うというのであればそれ相応の戦力と力が必要となる。


力の方は妾が何とか教えてやれるが、戦力に関してはこの森を出て貰わねばならぬ。その時、妾には側にいる事が出来ぬので、セブンスとアリサに護衛として側に居続けてもらわねばならぬ。


「して、魔王様……お一つ宜しいでしょうか」

「なんじゃセブンス」

「エレナ様の母親だと明かしはしないのですか」

「その話か……出来ぬじゃろうな」

「たった一人の父親が亡くなった今、母親がこうして生きて側にいることが拠り所にもなるのでは」

「今更のこのこ出て来た所でそう簡単に受け入れる事など出来ぬじゃろうて、それにそれを明かしてしまえば……分かっているじゃろ」

「はい、出過ぎた真似を」

「よい」


正直今でも危うい、魔王が封印されていると世界が知っている今だからこそ束の間の平穏は守られている。今もなお息を潜めながら生きている魔族達がこの森を抜けた更に奥にいるが、魔王亡き今散り散りになっており旗印もなければ集まる事もしない。


そこに魔王の娘が現れたとなれば、その存在は魔族たちにとってこれ以上ないものとして担ぎ上げられかねない。そうなれば再び世界は混乱を招くが、それだけは避けたい。


「それでも、エレナを助ける為とはいえ魔王の力を植え付けた事は不味かったかの」

「えっ、植え付けちゃったんですか!?」

「あの場ではそうするしか無かったのじゃよ」

「魔王様のお力を振るえば良かったのでは?」

「そんなもの、エレナを産んだ時点で残りカスしか残っておらぬよ」


それに加えて今、エレナの味方になりえる存在と言えば生き残りの魔族。あの国に復讐すると強く願えばその存在は必要不可欠となる。


「はぁーっ、どうしたもんかのぉ」


母親としてはそんな道を歩んでほしくはないが、エレナに受けてきた境遇と妾の愛する者を手に掛けた連中を呑気に生かしておくほど優しくはない。

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