episode.16 魔の森(魔王の森)

森に入るが視認性は悪く、薄暗い中でほんの少しだけ差し込む月明かりだけを頼りに奥へと走っていく。先程までとは違い音もなく、静寂な空気だけが辺りを包みこんでいた。ある程度進んだところでお父様が立ち止まり、木にもたれかかって座り込んだ。


「はぁーっ、はぁーっ……お父…様っ」

「あぁ……はぁーっ、取り敢えず…呼吸を整えろ」


私も隣に座り込み、ゆっくりと呼吸を整える。ここに来て初めて落ち着けるようだったが、それでもお継母かあ様が諦めたとも思えなく緊張感は拭えない。


それどころか、今にも何かが襲ってきそうなこの森の雰囲気に呑まれそうにもなり何とか自分を落ち着かせようとするだけで必死になる。しばらくして落ち着いてからお父様が口を開いた。


「安心しろエレナ、魔獣はこない」

「えっ」

「ここがどんな場所かは知っているな?」

「はい、魔王が封印された場所でその力の影響もありここには森が出現し、その中で生み出された魔獣が彷徨うようになったと」

「そうだ、その魔獣は

「今は…「伏せろ!」


お父様が私の頭を押さえつける、鈍い音と共に頭があった位置にナイフが突き刺さっていた。頭を下げなければこのナイフが私に刺さっていただろう、こんな事を仕掛けてくるのは。


「そんな事を言ってられませんよ」


敵の影は見えないどころか気配も感じない、上手く森に溶け込んでいるようだ。敵からこちらは視認されているのでこの場に居座り続けるのはマズい、そう判断したようでお父様は私の腕を引っ張りさらに走り続ける。


木々にぶつからないよう地面から剥き出しになっている根に足を引っ掛けないよう、ナイフが飛んでくると意識を張り巡らせながら、緊張の糸を切らす事なく走り続ける。するとお父様は立ち止まり剣を抜き、背後に向かって大きく振りかぶる。


「ぐあぁっ」


その剣は敵の一人を斬り伏せた、その場に転がり動かなくなった敵を見てみると夜会や屋敷の時に襲撃してきた連中と同じ格好をしている。


「お父様」

「分かってる今は気にするな」

「あらあらお父様方、夜更けにごきげんよう」


足下に転がった奴と同じ格好をした連中を引き連れ、森の中から聞き覚えのある声がゆっくりと近づいてきた。


「ソフィア…」

「あら、お異母姉ねえ様もご一緒のようね」

「何でここに」

「ふぅーっ、お母様の言った通りでしたわね」

「お継母かあ様の?」

「そうよ、お父様がこの森に頻繁に出入りしているから逃げるとすればここにしかないだろうってね」

「何故ルーゼンがそこまで知っている」

「私に言われても知りませんわ、私に言われたのは……」


そうしてソフィアは手に持つナイフは空を裂く程の勢いで投げ飛ばされ、それに合わせるようにして四方から敵が迫ってきた。正直ここまでの勢いと命中精度を繰り出すとは思いもせず意表を突かれたが何とか立て直す。


「お前らを殺せって事だけよ」


私は咄嗟に足下の剣を拾い上げ、迫りくる剣を受け止め、お父様も同じくして攻撃の勢いを防いでいた。静かな森の中で微かな明りと音、そして敵の気配だけを頼りに剣を交える。体力も精神的にも限界を迎えていた私にとってかなり苦しい戦いになってきた。


最中、足元を木の根に取られ軽くつまずきそこを狙っか剣は私をめがけて振り下ろされた。その力強い剣にその場でしゃがみ込むように押さえつけられる、何とか受け止めながらも一気に追い詰められた。


「エレナァっ、死ねぇ!!」


その瞬間を待っていたかのように投げられたナイフは、真っ直ぐに私目掛けて飛んでき、それは防ぐ手立てを考えさせる事なく死の覚悟を刻み込む。刹那、私を守るようにしてお父様が割り込む。


「ぐうっ……」

「お父様ぁ!!」


お父様は止まることなく、振り向きざまに私を押さえつける敵の首を刎ねる。すぐさま立ち上がりお父様の方を見ると胸にナイフが深く刺さっていた、そのナイフを抜いた傷口からは血が溢れていたが、よく見ると体に数か所斬り傷が見られる。


ずっと私を守りながら戦っていた代償がそこにはあった、それを目の当たりにした私は急激に全身の血が引くのを感じた。


「そんな…顔をするな」

「うっ」


泣きそうになる感情を必死に抑える、泣いたって悲しんだって今までの状況は変えようが無いのだから。


「ソ、ソフィアァァァっ」

「はははははっ私を馬鹿にした報いよ、望み通りにしなかった罰よ!!」

「何がっ、あんたはあの時死んでおくべきだった!」

「そんな度胸も考えも何一つ無いくせに強がってんじゃないわよ!!」

「煩い!!《フレイムジャベリン炎焔ノ群槍》」


手を前に突き出し怒りに身を任せながら魔法を唱えるが、私の魔法が発現することは無かった。虚しくも力強く叫んだ魔法名だけがこの森に吸い込まれるように消えていく。


考える暇もくれず敵が迫り込み、悲鳴を上げている身体に鞭を打ちながら、剣を力強く握る。次第に身体を斬り込まれ全身から力が失っていくのを感じる、先ほどまでは感じなかった死神の足音が大きく音を立てながら近づいてくる。


音も聞こえなくなり何をしているのか分からなくなってくる、何故私がこんな目に、何故国の為に尽くしたお父様が殺されなければならない。理不尽な暴力と、思い通りにいかない現状に私は……。


「エレナァっ、逃げろぉ!!」


その瞬間、お父様が敵に囲まれながら剣を突き立てられているのが目に入った。はっきりと時が止まった、理解しようとも理解出来ない。一体何を言っていた、逃げるなら一緒にでしょと。


「お、お父様ぁ!!!」

「頼む……逃げてくれ」


誰が見ても無事では済まない傷を負い、それでも私を生かそうと絞り出すような声でお父様が最期の言葉を残した。


「あっ……あぁぁぁぁあああっ!!!!!」


地面を蹴り連中に斬り込むが、逃がした敵はソフィアの側へと下がっていく。その場に力なく倒れ込んだお父様の側に寄り、名前を呼びかけるが反応が無い。


「無駄よ、あんたの父親はそこで死んだのよ!!」


私もここで終わると感じた、どうせ死ぬならこのままお父様の側で死にたい。今まで一緒に居られる時間も無かったのだから最期ぐらいは側に居させてよ、一人だけ逃げろなんて言わないでよ。


遠くでソフィアが叫んでいるが何を言っているかもう聞こえない、こちらに向かって走り出す足音を感じるがもうどうだっていい、叶うならば最期にリュシアン様に見送られるのも悪くなかったかもしれない。そういえば、お母様の事は聞けず終いだったわね。


「こんなところで何しておるのじゃ?」


漂う死臭と湿った空気の中、音も気配もなく急にその女性は凍りつくような静けさ纏いながら目の前に現れ、まるで世間話をしにきたかのように自然に声をかけてきた。


「へっ?」


息を呑むような美しい容姿が視界に入ってきた、それはこの暗闇の中でも伝わる程でこの場所には似つかわしくないと感じる。その女性が思いがけない事を聞いてきたので、思わず間の抜けたような返事を返してしまった。


ソフィアがこちらに叫んでいたが、まるで興味がないかのように振り向くこともなく、ただ私の方だけを一点に見つめ離れることがない。


「何か迷惑をかけたのならごめんなさい」


助けてでもなく、口から飛び出したのは何故か謝罪の言葉だった。よくよく考えればこんな時間にこんな森の奥で誰かと出会うはずもないのだから、自然と出たその言葉はまるでその女性が元々この森に居たかのように。


「ふ〜む、絶体絶命といった所じゃのう」


妖艶なその声に私は我に返り、その女性に向かって何でもないから逃げるようにと声を掛ける。ここで私の味方だと思われればこの女性も命を狙われる危険があり、全く関係のない人を巻き込むわけにはいかない。


「そうじゃのぉ……」

「もう構わない、二人とも殺ってしまいな!」


その号令とともにその場で立ち止まっていた全員がこちらに向かって走ってきた、私は最後の力を振り絞りこの女性を逃がすことだけを考え何とか立ち上がり、震えながらも剣を構え向き直る。


ぞ、無礼じゃろうが。のぉ?」


その言葉で声で、全身が凍りつくような威圧感が場を制する。ソフィア達も同じように感じたのかその場で立ち止まっていた。私は恐怖のあまり振り返る事は出来なかったが、先ほど覚悟していた死が生温く感じるほどのそれは威圧感息をする事すら忘れさせる。


気を取られそうになったが、この魔の森において女性は自身の事を魔王と言ったのか。


「はぁ!?あんたが封印されていた魔王って」

「妾こそがこの森の主にして絶対的な存在、であるぞ」


その言葉と共に空気が重く変わった。まるで全身が鋼で縛られるかのような圧迫感。心臓が掴まれ、鼓動が止まる感覚に襲われる。


「息すら忘れるとは、この妾の名がそれほど恐ろしいか?」


オルタナは妖艶な笑みを浮かべた。その言葉は嘘だと思いたいが、そう思わせないほどの存在感を放っていた。間違いなく彼女が魔王オルタナその人であると。


「はっ、馬鹿馬鹿しい…封印されているはずの魔王様がこんなとこにいるはずも無いでしょうに」

「そう言われてものぉ、こうして存在してるんじゃから」

「そう言えば逃してもらえるとでも思ったのでしょうが、無駄よ。二人まとめて殺して!」


号令されていたが先程までとは違い、躊躇うかのようにしてその場から動けずにいる。ソフィアよりも魔王オルタナの方が上だと本能的に感じ取っているのだろう。それでも何がそうさせるのか、こちらに向かおうと抗うかのように武器を構えたまま震えている。


「おい娘よ、ちいと苦しむが力が欲しいか?」


私はその言葉に疑う余裕もなかった、どうせ何もしなければ散りゆく命。こいつらに一矢報いれるのであれば、魂を授けるような魔王の甘言であったとしても、私はその代償を抵抗なく受け入れよう。


「欲しい、何を差し出したとしても」

「ふふっいい目をしておるの」


そう言いながら魔王は私の背中に手を当ててきた、訳も分からずその場で立っていると触れられているその手から何かが流れ込んでくる感覚に襲われる、それは全身を内側から針で刺すような痛みとなり意識が飛びそうになる。


「がっ、がぁぁぁああああああっああっ」


何とか意識を保ち、激しい痛みは次第に炎のような熱さとなり全身を駆け巡る。今までに味わったことの無いこの感覚は次第に落ち着きを取り戻しながら、ゆっけくりと全身を温かく包み込む優しさへと変わり、次の瞬間、何かが内側から噴き出して来た。


「何……これ…」

「お主の中にあったを呼び起こしてやったのじゃよ」

「や、闇の魔力なんて聞いたこと無いわよ」

「そりゃそうじゃろ。妾達、魔族だけが持つもんじゃからのぉ」

「今何……いや、今はいいわ」


何でそんなものが私の中にと、気になる所ではあるが今は現れたこの力に気を許すと呑み込まれそうになり抑えるのに必死になる。それに加えて先ほどから立ち止まっていたソフィア達が、今にも襲いかかってきそうな雰囲気に変わり油断ならない。


万が一にでもここを生き残る事が出来たのであれば、その時考えればいい。今はこの力のおかげか何とか切り抜けれそうな気配すら感じている。


「呑み込まれんようにの」

「はいっ」


私が魔王の方を向くと一人飛び込んできた、勢いよく振り抜かれた剣を躱し、自然と伸びた手がそいつに触れると噴き出した黒い炎で身を焼き、苦しみの声を上げながらその場で倒れ込んだ。


「何…これ……」

「ほう、見事のなもんじゃのぉ」


今まで魔力が詰まるような感覚がずっと残っていたが、初めてその詰まりを感じる事なく魔法を使う事が出来た。そのせいか気を許し意識が離れそうになる、魔王の言っていた呑み込まれるとはこの事だろう。


「これなら、私は…」

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