episode.7.5 洗脳と欲
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ」
苛立たしい苛立たしい苛立たしい、あの灰かぶり如きがまた私の邪魔をしてきた。今まで育ててきてやった恩をこんな形で仇として返すとは。
「奥様、ソフィア様は私たちが責任を持って介抱しますのでご安心下さい」
「当たり前です、早く部屋に運んでちょうだい」
「「「かしこまりました」」」
そうして私は一人自分の部屋に戻っていく、こうも上手くいかない事が続くといっその事全てをぶち壊してしまいたいとすら考えてしまう。
あの夜会の日、実際に襲う事はしないとお母様から聞いていたが、目の当たりにしたのは王太子殿下を狙った襲撃。あれにどんな思惑があったのかは理解できかねるが、そこから全ての事柄が上手く運べていない。
「あの灰かぶりさえいなければ……」
夜会の後、王太子殿下が何度もお見舞いと称して屋敷に足を運んでいた。これを勝機と捉えオウルを屋敷から離し、エレナを自室に閉じ込めてソフィアと話す機会を何度も作ってきた。
思いがけない襲撃はあったものの、この時は天が味方をしているとすら思えた。その証拠にソフィアと王太子殿下は傍から見ても仲睦まじい関係を築けていた、互いに打ち解け合うほどに会話も弾んでいた。
それなのに、あの灰かぶりが婚約者として選ばれるなどあり得るはずが無かった。そんな事を思い返し、部屋の前につき扉を開ける。
「それよりも、誤算だったのは……」
「僕の魔法が効かなかった事かい?」
「っ!?」
私は身構えるようにして声の方へも向き直る。でも警戒の必要は無くそこに立っていたのはお兄様だった。
「お兄様……どうしてここに」
「いやぁ、なんか面白いことになってるなって」
いつもと変わらず飄々とした雰囲気をまとってはいるが、その奥で何を考えているかは読めない。今はその言葉の通りで、王太子殿下にお兄様の魔法が効かなかった事を話しに来たのだろう。そう思いたい。
「そうですわ、お兄様の《
「うん、手紙では聞いていたけどそのようだね」
お兄様が開発した《
「でも完全ではなかったようだね?」
「ええ、微かではありますが
「そこがはっきりとすれば、あの二人に効かなかった原因が判明するだろうね」
だとしても状況は宜しくない、婚約者が決まった上にこれから国王の許しを貰いに行くだろう。そうすればこちらから迂闊に手を出すことは叶わなくなり、それどころか屋敷から王城に身を移すような事にもなればいよいよ指を噛み締めることしか出来なくなる。それにソフィアもあの状態。
「あっ、お兄様。ソフィアが!」
「わかっているよ…
お兄様もお母様と同じくしてこの屋敷に目と耳を配置しているらしい、悔しいが私にはそれが何なのか分かっていないままでいてる。聞けば教えてくれるわけでもなく、無能を晒す事になってしまう。
「ソフィアにはね実験台になってもらったよ」
「なっ、一体何を?」
「取り敢えず座ろうか、落ち着いて話そう」
そう言いながら部屋の椅子に向かって歩いていく、私は向かいにあるソフィアに座り込む。
「僕は《
「何故そのような事を」
「何故って、単なる好奇心だよ。人の欲望を増幅させた先にもたらされる結果についてね」
お兄様は昔からそうだった、自身の好奇心の為なら周囲の人間がどうなろうと気にもとめない。それは私も変わらずと言うことに何度か気づかされている、その好奇心の矛先が今回タイミング悪くソフィアに向けられてしまったという事なんだろう。
「いやーっ、くくくっ、まさかあんな事になるとは。怖いね〜人の欲望って」
「お兄様っ、今回ばかりは」
「関係ないよ?だって何もしなくても劣勢じゃん」
「何を言って…」
「それが分からなかった時点で負けだね、あのリュシアンとエレナの巡り合う運命と、それ以上のオウルによる計画に」
「何ですか、それ……」
「おっと安心して?お母様は知らないよ、この事を知ってるのは僕だけだし可愛い妹の頼みとはいえ、言わないほうが僕にとって都合がいい」
こう言われると私が何を言っても聞き入れてはもらえないだろう。諦めるしかなく認めるしかない、私の知らない何かが動いていてそれに足元をすくわれた。
「そうですか、そんな話をするためにここに?」
「それもあるけどね……このまま終わるつもり?」
「終わるも何も、お兄様が今しがた私が何も知らないことで負けたのだと言ったところではないですか」
「はぁーっ、だからはお前は負けたのだよ」
「先ほどから一体何をっ」
核心を話さない会話に苛つきを覚えてしまう、ここ最近の上手くいかない事も相まって正直限界に感じる。勝手に裏で動くお母様、思い通りにいかないオウルとエレナ、すぐに付け込まれるソフィア。そして、全てを見透かしたかのように飄々と話を続けるお兄様。
この全てが恨めしく思えてくる、いっその事全て無くなってしまえば楽になるのかと。全てを壊し、望むままに作り替えれる力が私にあれば……力があれば。
「はいっ、そこまで」
突然の破裂音に目が覚める、お兄様が目の前で手のひらをたたいて音を鳴らしていた。
「お兄……様?」
「
「一体何を」
「ルーゼン…君は一体何を成す?」
決まっている、気に入らないもの全てを壊したい。幼い頃に誰かの大切なものを壊し、関係性を壊し、それで飽き足らずに力の限り魔獣を殺して回った。
それでも膨れ上がる私の中の衝動は収まることがなかった、日に日に増していくこの衝動が行きつく先を求めて探し求めていた。そして行きついたのは、この国をこの大陸を……ひいてはこの世界を壊したいと。
「その為には何をしないといけない?」
「その…為に……壊すために…何を」
「そうだ、それだけの事を成すために何をする?」
先ずはソフィアを王妃に仕立て上げて王族に楔を打ち付ける、それを口実にお兄様の魔法を使ってこの国の内側からじわじわと崩していく準備を進める。
その間に、お母様が隣国を焚きつけてこの国との戦争を引き起こさせる、そうして共倒れした所で……私は。
「そうだけど、それに君の力はあるのかい?」
「私の……力?」
「そう、破壊のために必要な力だよ」
「破壊の…力」
「教えただろう?何度も何度も何度も」
「教えた……お兄様…私に」
「そう、破壊の力とは?」
「破壊……」
「さぁ、ルーゼン!」
先ほどから意識が溶け落ちていくように感じる、お兄様の言葉が体の中に馴染みながら私の記憶を掘り出してくる。それでもはっきりとしているのは破壊の力が【魔王の力】という事だけ。
ーこの国誕生より遥か昔、この地には魔族が蔓延り魔獣を率いて蹂躙の限りを尽くし、それに怯えるかのように人々は逃げ惑う。ある者は反逆の剣を掲げ、ある者は守護の盾を持ち、そしてある者は
そんな中、一人の青年と勇敢な七人の戦士たちが名乗りを上げ青年の指揮の下、魔族達と魔獣を討ち倒していきその戦は熾烈を極めたが諦めない人の気持ちが戦況を押し進めていた。その時、魔族の中から魔王と呼ばれる存在が現れ、それは一騎当千の阿修羅として人々に容赦ない牙を向ける。それでも青年はそれに抗うようにし、戦士達率いて魔王を中心とした魔族軍に立ち向かい勝利をもたらす。それでも魔王だけは倒す事叶わず、文字通り七人の戦士たちの命を捧げて魔王を封印する事が限界だったと。
そうして魔王封印の地は、魔王の残滓によって森が覆われてその中を魔獣が住み着くようになった。その隣に残された王が森の監視をする為、魔王の復活を成さぬ為に国を立ち上げたー。
この話はこの国の子供なら誰でも知っているおとぎ話のようなもの、それでもお兄様はその魔王の力がこの世界において、最たるものだと私に何度も説明していた。
それが本当なのであれば、まさに破壊の力となり得るだろう。私の思い通りにならないのであればすべて壊れてしまえばいい、それを壊せるならこれほど素晴らしい事は無い。
「魔王の力で破壊をもたらす、それが私の計画」
「よくできました、ルーゼン」
あぁ、ソフィア待っていなさい。お母様が全てを元通りにしてあげる、貴女はそのまま寝ていなさい。そして、私のために…私の駒として。
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