シュヴァルツ・オクトーバー
31.一日目 / 黒色十月
◇
基地に戻ってきたら、着替えてすぐに飛ぶことになった。10分にも満たないブリーフィングで現在の戦況も伝えられた。
ゲルマン機甲師団が先鋒を切って私たちの国土の奥深くまで入り込み、その後に自動車化部隊、歩兵部隊と続いてやってきて、我が国の部隊は包囲されたり殲滅されたりしているらしい。見事なまでに綺麗な電撃戦だった。
この攻勢における敵の目的は明らかだ。
首都の攻略。
首都の奇襲だったり、全面攻勢を行っていたのに急に機甲師団を集中させて一点突破の攻勢をやってきたり、大衆ゲルマンは意表を突くのが得意なようだった。……我が国の将軍様は堅実ではあるものの、そうした奇異な戦法に対応することはあまり上手くないみたいだね。
臨機応変に対応出来る型破りな軍人は、その殆どが空軍に来ていたのだ。陸軍は真面目な人が大部分を占めていた。
『敵は爆撃機編隊よ。高高度から急降下して一撃離脱、復唱して』
『高高度から急降下して一撃離脱、任せとけ!』
『高高度から急降下して一撃離脱、あんまりこの機体に合った戦い方じゃないですね』
『爆撃機編隊と格闘戦なんてしたら銃座であっと言う間に穴だらけよ。仕方ないわね』
地上部隊から報告を受けて、私たちは爆撃機を迎撃するために空に向かっていた。爆撃機編隊と言っても、第二次世界大戦の時のアメリカのような空を覆い尽くすほどのものではないらしい。
それでも、徹底した一撃離脱を行わないと非常に危険だ。爆撃機というものは、いくつもの銃座が機体に据え付けられていて、戦闘機みたいに格闘戦が出来ない代わりにそうしたもので身を守っている。
1機だけなら大した脅威にならないものの、真価を発揮するのが編隊を組んだときだ。
わかりやすく言えば、銃弾のハリネズミ。
攻撃してすぐに離脱しないと、あっという間に火の玉になっちゃう。
『見つけました! 四時の方向です。数は……8機ですかね。ちょっと多いな』
『敵さんもパフォーマンスで出してるわけじゃないようだな。本気でやる気だぜ』
『3、4回は攻撃が必要ね。気を引き締めて行きましょう』
警戒しながら飛行を続けることすぐ、敵の爆撃機編隊を見つけた。私たちに対して垂直になるように飛んできていて、その行先は当然ながら首都だった。
高度はもう随分と高い。爆撃機の後ろにも私たちの機体の後ろにも、飛行機雲が出来ていた。
ミラーナ少佐の動きに合わせて、旋回する。基本的に重い爆撃機よりも軽い戦闘機の方が早い。だから、速度の差がちょうどよくなるように上昇も続けていた。
敵部隊も私たちに気がついていた。前方を向いて据え付けられていた銃座から色とりどりの曳光弾が放たれる。
それと同時に、敵の無線も割り込んできた。
《たった3機か? 平和ボケした評共は爆撃機の存在を知らないと聞いたが、本当のようだな》
《ハハハ! さあどうぞ白兎さんたち。僕達の背中はがら空きさ! 後ろから近づいて、ゆっくり撃つのがおすすめだよ!》
《ボケはどっちだ驕りやがって! てめえらなんかアタシらで十分だからこの数なんだよマヌケ!》
論戦に反駁するのはリーリヤ少佐の役目。最近ではたまに私も混ざる時も出てきたけど、ミラーナ少佐は滅多に口を出さない。
私はハンナさんとの戦いのお陰で随分と口が上手くなった気がする。……そういえば、地上部隊にもこの話し合いは聞こえているらしい。塹壕での貴重な娯楽なんだとか。
全方位にフル出力して強引に割り込んでいるわけだから言われてみると当然なんだけど……楽しまれているのはちょっと心外。
『済んだかしら? 攻撃を開始するわよ』
第33航空分隊はちょうどいい位置に来ていた。攻撃しやすく、離脱しやすく、速度も稼ぎやすい、敵編隊に相対する位置だ。
銃座からの銃撃は止んでいないからちょっと怖いのはそうなんだけど、ここで大事なのは臆さないこと。
航空戦の第一原理『意外と当たらない』。銃弾にビビって変に避けると良い的になっちゃう。
『了解! 行きましょう!』
『ああ、さっさと堕としちまうか』
角度を付けて急降下しながら、敵編隊に突入する。遠くから見ると隙間なく詰められているように見えるけれど、実際には戦闘機1機なら簡単に通れるくらいの隙間が編隊には空いている。
針の穴に糸を通すようなことを攻撃をしながらやるわけだけど、腐っても私たちは精鋭部隊。その程度お茶の子さいさいだ。
操縦桿のボタンを押すと、機首が轟く。赤い20mmの機関砲弾が敵爆撃機に向かい、翼の付け根のあたりに着弾して、右翼をへし折った。
少佐たちは1機に火力を集中させたようだ。高速で離脱しながらちらりと後ろをみると、爆弾倉に着弾したのか、大きな飛行機が爆炎に包まれて黒焦げになっていた。
『うぐぐっ……負荷がキツイな……』
ある程度降下して操縦桿を一気に引いて、速度をそのまま高度に変換する。
機体にも私たち人間の身体にも普段の生活では絶対に降りかからないような負荷が掛かって、無意識のうちに強く歯を食いしばった。
『6Gくらいですか……! っふう』
『気を抜かないでね。すぐにもう一度突入するわよ』
腹筋から力を抜いて、エンジンのスロットルを全開にした。私たちの背後では敵編隊の対空砲火で軌道が彩られていたけど、当たらないから怖くない。もし地上でこれをやられたら死を覚悟するけど。
《平和ボケしてる奴らにやられる気分はどうだ? …………なんとか言えよオイ! お前ら戦闘機の奴らから空戦の
リーリヤ少佐が敵を煽るも、相手からの返事は急に無くなった。
『爆撃機の人たちは真面目ですね! あんまり口論を仕掛けてこないですし』
『張り合いがなくてつまんねえな!』
『これでいいのよ空戦なんて。口喧嘩しながら戦うなんておかしいわ……』
普段の空戦なんて常に罵詈雑言が飛び交っているようなものだから、静かなこの空域はちょっと違和感があった。いや、これが普通ではあるんだけどさ。
賑やかな場所が静かになるっていうのはちょっと物悲しい。ミラーナ少佐の言う通り、口喧嘩しながらの空戦なんておかしいのは確かなんだけど、敵も味方も、どこかあの口撃を誇りに思っているフシがあった。
『首都までの距離は十分ね。残りは6機。間に合いそうだわ。それじゃ突入するわよ。……
高度を回復した私たちは、次は背後から突入することになる。背後のほうが銃座が集中して配置されているものの、セオリー通りに冷静な攻撃に努めれば何ら問題はない。
緩く降下して速度を稼ぎながら、敵編隊の両側に位置する爆撃機をそれぞれ撃墜した。
これで残りは4機。そして私の総合スコアは……えっと……9機? 最近よく堕とすからあんまり覚えてない。
『おいラーナ、少尉! 真ん中のやつ見たか!?』
さっきの攻撃の際にはあまり角度を付けていなかったから、復帰する時のGはあまり強くなかった。ただ、その代わりにリーリヤ少佐が何かを発見していた。
真ん中……私は目の前に集中していたから見えていなかった。少佐たちは2人で1機を相手にする事が多いから、こういう時の視野は広い。
『何かしら?』
『ごめんなさい、見てません!』
『アタシの見間違いじゃなきゃ、飛行爆弾を吊り下げてたぞ! 少尉、目ぇ良いよな? ちょっと上見てくれ!』
飛行爆弾……!
もし本当に装備されていたなら、早急に対処しないと危険だ。急いで上を向いて目を凝らしてみると、確かに真ん中の機体には飛行爆弾らしき細長いものが吊り下げられていた。
『……あります! 飛行爆弾を胴体と両翼の下に付けてます!』
『不味いわね……! この距離で発射されたら迎撃が間に合わないわ。中心の爆撃機を優先目標にするわ! 次の攻撃で絶対に堕とすわよ!』
『時間が無ぇな。ラーナ! 下から突き上げるのはどうだ?』
『良いわね。飛行爆弾を積んでいる機体だけそれで仕留めるわよ』
『はい!』
ミラーナ少佐の動きに合わせて操縦桿を引いて、ぐいん、と機体を旋回させる。中途半端な宙返りみたいになって、そのまま爆撃機への攻撃を始める。
ほぼ真下とはいえ、爆撃機には下にも銃座が付いている。私たちの速度は遅く、シルエットも大きい。……聖女に祈ろう。当たりませんように!
『うおっ危ねえ!』
リーリヤ少佐のすぐ側を銃弾が通過した。
敵から撃たれるものとは違って、私から発射される銃弾は祈りとは関係なしに技術によってのみ当てられる。翼をへし折ろうと照準を合わせたものの、残念ながら当たったのはエンジン。炎に包まれたけど、まだ飛んでいる。
まずい……このままでは堕ちる前に飛行爆弾を発射してしまうかもしれない。
『エンジン燃やしました! 撃墜は出来てません』
『後は任せて頂戴。……っ!』
ミラーナ少佐の声が無線から聞こえるとほぼ同時に、急に敵の爆撃機が、真ん中の機体に突っ込んだ。……違う、真ん中の爆撃機の動きが止まったんだ。
ぐしゃり、と機体が崩れて、それと同時に大きな爆発が起きる。
『うわっ! 何が起こったんですか!? なんでぶつかって……』
『はっ、……ちょっと、っはぁ、無理しただけよ。魔眼で一瞬だけ爆撃機を止めたわ』
『ラーナお前目から血流れてるぞ! 残りはアタシと少尉でやるから、下から指示だけしてくれ!』
ミラーナ少佐の隣を飛んでいたリーリヤ少佐が、コックピットを見ながら叫んだ。
魔眼の反動みたいなものなんだろうか。私にはわからないけど、血が出るのなら、身体に悪いことは確かだ。
『無理しすぎですよ、ミラーナ少佐! ここはリーリヤ少佐と私に任せてください』
『それなら、頼むわね。指示はしっかり出すから、お願いします』
『任せとけ』
ミラーナ少佐を背後に、残った爆撃機を食い荒らすために私たちは加速した。
◇
撃退する程度でも十分だったのに、敵編隊の壊滅を私たちは成し遂げた。戦闘機3機で重爆撃機8機を撃滅、大戦果だ。
帰路は静かなものだった。今日はこれ以上の出撃がありませんように。私は良くても、ミラーナ少佐はちょっと危険だからね。視界が悪い状態で空を飛ぶのはすごく危ない。
『滑走路がギチギチですねぇ。気を付けて着陸しないと大事故になりそうです』
基地にたどり着くと、どの部隊も着陸したり離陸したり、首都攻撃への対応のためにてんやわんやの大騒ぎだった。
航空管制がちょっと麻痺しているのか、各々が好き勝手に飛んだり着陸したりしていてすごく危ない。
『そうね。リーリャ、先導して』
『アタシぃ? まあいいけどよ。結構無理なやり方だから、少尉、気をつけろよ』
……リーリヤ少佐の着陸は本当に危険なものだった。
理論上は可能だけどさあ。空母に着艦する飛行機みたいな無理な着陸を飛行場でする必要はあるかなぁ!?
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