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「光り、弾けよ。――『花火』」


 またまた防寒着を着込んで外に出ると、アンナさんが魔法を使った。

 手のひらから火の玉みたいなのが現れて、一気に空に飛んでいって、弾けた。


「すっごい……」

「これが魔法か。……すごいね」

「近年開発された魔法ですから、単純です。簡単に使えますよ」


 なんでも、魔法っていうのは唱えるだけでいいらしい。

 慣れ親しんだ人が道具を使わないで魔法に頼るのもよくわかる。


 ということで、私も使ってみることになった。


「光り、弾けよ。――花火」


 でも、何も出てこない。

 ていうか手のひらに何かが集まったりする感覚もない。


「魔力が集中できていませんね。手のひらに血液を集めるような感覚でもう一度唱えて下さい」


 アンナさんの瞳が仄かに光ると、私の問題点をすぐに見抜いたらしい。

 言われたとおりにやってみる。


「光り、弾けよ。――『花火』」


 ぎゅん、と身体から大事なナニかが吸い出されて、手のひらから出ていった。

 少し目眩がしてよろけた。


 けど、その瞬間に頭上で大きく花火が弾けた。

 上を向くときれいな赤色が空に広がっていた。……吹雪であんまり見えないけど。


「お上手。ですが、初めてでは1発が限界ですね。何度か試せば使える数も増えていきます。練習しておくように」

「はいっ!」

「さて、そろそろ私も戻らなければなりません。本日はありがとうございました」

「こちらこそ、同志チェレンコワ。革命記念第24飛行場への訪問、感謝致します」


 ミハイルおじさんとアンナさんが握手を交わした。ウシャンカもあっておじさんが歩兵みたいで、なんだか絵になる。


「……エカチェリーナ。内密の話ですが、近々航空学校が開校します。歓迎しますよ。では、これで」


 アンナさんは私にそう囁くと、車に乗って帰っていった。吹雪の中だけど平気だろうか。

 ……いや、それより、なんかすごいこと聞いちゃった。


 裏口入学して良いってこと!?

 ていうかパイロット……なれる!?


 おじさんみたいに書類仕事に追われないでずっと飛行機乗ってられる……夢のような職場だ。

 決まった。未来が。


 私は航空学校に行こう。

 また、アンナさんの隣で飛べると良いな。







 そうして何日か。

 真面目に『花火』の魔法の練習をしたお陰で、どうにかある程度は使えるようになった。


 近所の人に通報されたりしたけど、魔法なんて今どきだれもわかんない。虚偽通報として怒られてたけど私は何も知らない。


 そして、ついにパレードの日になった。

 私はヴォルシノフ飛行場に行って、飛行機に乗っていた。いつでも出発できる。


「気を付けてね!」


 ミハイルおじさんに腕を振って応えて、スロットルを押し込んだ。

 ぐんぐんと速度が上がっていって、空へと浮かんでいく。


 今日は快晴だった。絶好の飛行日和。

 ……戦争が始まるのってこういう時じゃない?


 と思ってたけど、今のところ何もなかった。

 ヴォルシノフ市街を、我らが軍隊が整列しながらパレードを行っている。


 飛行機からの景色は特等席だ。

 地上からじゃ絶対に見えないような場所で、ゆったりと全体を眺めることが出来る。


 私の『花火』のタイミングは国旗が掲揚されるタイミングだった。

 一足先にパレードの到着場所の広場の上空に辿り着いて、その場をぐるぐる回った。


 たぶん何人か私のことを見ているんだろうけど、流石に遠すぎてわからない。

 お母さんの場所もわからなかった。ただ「広場でサプライズあるからね!」って伝えておいたからその近くにはいると思う。


 友だちにも伝えておいたから、もしかしたら一緒にいるかもしれない。


 そうして、パレードは最後になって、市長の演説が始まる。

 これが終わったら国旗の掲揚だから、準備を始めよう。


 高度を下げて、国旗が見えるくらいの場所まで。エンジン音が結構ひどいだろうけど我慢してもらわないと。

 市長が下がっていった。


 国旗が上がっていく……3、2、1、今!


「光り、弾けよ。――『花火』」


 手のひらを突き出して、魔法を唱えた。外の風で手が凍ったのかと思うくらいに冷たくなった。

 でも、あと何回かやらないと。


 何回も魔法を唱える。

 手袋を2枚重ねてきてよかった。寒いけど、なんとか我慢できる。


 広場をぐるぐる回りながら、花火の魔法を20回くらい使った。

 ……うわあ、上空にまで歓声が聞こえてくる。

 

 もう打ち止めだから帰らないと。

 でもその前に――ちょっとだけ楽しませちゃおう


 操縦桿を左右に傾けて、飛行機を揺らバンクした。

 それから、操縦桿をいっぱいに引く。ぐぐぐ……と上がっていき、出来上がるのはきれいな円。


 慣れたパイロットにとっては簡単な技術だけど、見ている側からするとすごく面白い。

 単純な一回転だけど、歓声は更に大きくなった。


万歳ウラー


 誰にも聞かれないだろうけど、私もその声に応えて、飛行場へと帰っていった。




 



「ただいまー」

「リーナ! すごかったわね!」


 お家に帰ると、お母さんが抱きついてきた。

 何も言ってないのに気付かれた?


「え、えっと」

「隠し事なんて悪い子に育っちゃったわね」

「……なんでわかったの?」


 私がそういうと、お母さんは胸を張って誇らしげに言った。

 ふふん、って感じで。


「15年も育ててるのよ? わからないはずがないじゃない」


 その言葉を聞いて、私の心が揺れ動いた。

 そういえば、私の人生は私だけのものじゃない……そんな当たり前の事に気が付く。


「ふふ……ありがと、お母さん」

「それにしても凄いわねえあの花火。どうやったの?」

「魔法だよ」

「えっ!?」


 アンナさんと出会って、色々と良い条件が目の前にぶら下がってきて……私は何も考えず、それに飛びつくところだった。

 だけど、今日のことで気付いたことがある。


 なにも、兵士にならなくてもいいじゃないか、って。

 この先もずっと平和になるのなら、兵士になってもいい。けど、そうじゃない。たぶん、多めに見積もっても20年以内には大戦争になる。


 だって、ソ連とドイツみたいな国があるんだもん。もうなんとなくわかっちゃう。

 で、私は人を殺せるのか? 戦闘機? 命を奪うんだぞ?


 今日、私は、空を飛んで人々を幸せにした。

 笑顔を見て、たくさんの歓声を受けて、私も幸せだった。


 そしてなにより、私の人生は私だけのものじゃない。

 一度死んだせいで勘違いしてたけど、この子わたしの人生は前の自分おれの物じゃない。エカチェリーナはエカチェリーナなのだ。


 それに、私が死んで悲しむ人はたくさんいる。

 友だちだって、お母さんだって、ミハイルおじさんだって。


 兵士になれば命のやり取りだ。飛行機乗りなんて、撃墜されても運が良ければ生き残るだけで殆どが死ぬ。

 ……周りの人の悲しい顔を思い浮かべると、私には耐えられなさそうだった。


 まあ、兵士って言ってもいろいろある。衛生兵とか、伝令兵とか、命を取らない兵種もある。

 ともかく、私は決めた。


 平和に生きよう。

 悲しい顔なんて見ないほうが良い。平和が一番!





 なんて思っていたけれど、そういえば、空軍は16歳から入れるんだった。

 また18歳前になったら進路のことを考えればいっか! って後回しにしていたら、アンナさんからお手紙が届きました。


 正確には、『空軍航空学校飛行士養成課程第1期生担当士官 アンナ・イヴァノヴナ・チェレンコワ中尉』からのお手紙だった。


 わ、わあっ……。

 直接スカウトしにきてる……。

 なんか昇進もしてるし……。


 お手紙の内容を要約するとこうだ。

『筋が良いので来てください。好きな機体に乗れますよ』


 ……私の心はすごく揺れ動いていた。

 平和が一番だけどさ、こう、最新鋭の飛行機に乗れるチャンスが目の前にあるんだ。


 この平和主義の綺麗なソ連の教育と、前世の日本の教育のお陰で私の心はすごく平和的になってる。

 たぶん、軍人になっても人を撃つなんてことはできないだろう。


 ジレンマだった。


 心を押し殺して空軍に進むか、憧れを押し殺して平凡な飛行士となるか。

 ……うぐぐ……とりあえず今日はもう寝ちゃおう。起きたらまたいい考えも浮かぶかもしれない。


 翌朝。

 ロシアの朝は寒い。……ロシアじゃないけど、だいたい一緒。


 私の家は集合住宅だからセントラルヒーティングで温度管理されてる。それでも朝は寒い。

 朝でもいちばん暖かいリビングに避難しようとすると、机の上の手紙がなくなっていることに気がついた。


 夢……だったのかな……?

 お母さんが作ってくれたスパイス入りホットミルクで身体を温めながら、そんなことを考えていた。


「そうそう、お手紙読んだわよ」

「へ?」

「凄いじゃない、中尉様からなんて! 飛行機好きなんでしょう? お仕事にできるなんて滅多に無い機会よ!」


 ……私が寝ている間に、お母さんが勝手に部屋に入って私の手紙を読んでいた!


 思春期の娘としての心が警鐘を鳴り響かせるが、前世の人格でそれを何とか抑え込む。


 ……我慢しろリーナ、お前は既に通った道だ……。


「ま、まあね。でもお母さん、今度からは勝手に部屋に入らないで欲しいな」


 ……我慢できない!


 私は私、エカチェリーナなんだ。思春期なんて今回が初めてです!


 それでもなんとか、湧き上がるイライラは抑えつける。


「それにその学校行ったら寮生活だよ? お母さん、私が居なくて寂しくない?」

「あら、寂しいのはリーナじゃないの?」

「……わ、私なら余裕だしっ! いいもん、航空学校行っちゃうからね! お母さん、寂しくても電話しちゃ駄目だよ! お手紙だけ!」


 反抗期っていうのは度し難い。

 頭の片隅のさらに片隅、ほんの少しの冷静な部分でそう思いながらも、私は勢いのままに手紙の返信を書き始めた。


『喜んで! 16歳の誕生日になったら向かいます』


 そんなことを書いて、登校途中でポストに入れた。

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TS伝令兵は空を飛ぶ むあのむあむあ @espritdecorps

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