読書好き帰宅部、スポーツオタクになる
雨宮 徹
読書好き帰宅部、スポーツオタクになる
帰宅部。それは部活に興味がなく、学校が終わり次第、速攻で帰る人の総称。人によっては、どれだけ早く帰ったかを自慢する人もいる変わった部活。私もその一人でした。
私の帰宅部生活は小学校から始まりました。休憩時間や帰宅した後の時間は読書タイム。ハリー・ポッターやシャーロック・ホームズを読み漁り、空想に浸る。十才になれば、ホグワーツから手紙が来ると信じ、時にはホームズのトリックが成立するかを実験しました。もちろん、ホグワーツから手紙が届くことはありませんでしたし、ミステリーのトリックがうまくいくことはありませんでした。もし、ミステリーのトリックが現実でもうまくいけば、完全犯罪が成立しかねません。しかし、何事にも興味を持ち、観察する力がついたのは事実です。
私が小学生のころは、カラーの持ち運びゲームが流行していましたから、「ゲームではなく読書なら目が悪くならない」という両親の考えで大歓迎されました。幼稚園の時点で眼鏡っ子でしたから、時すでに遅しでしたが。
そんな風に休憩時間に読書をしていたある日のこと。担任の先生から「足が速いから、陸上クラブに入りませんか」と誘われました。速攻でお断りしました。なぜなら、読書の時間が減るからです。ただ、少しの迷いがありました。担任の先生に恋していたからです。なんという単純さでしょうか。
そのまま中学生でも、帰宅部を貫きました。毎日、ハリー・ポッターを背負って登下校をする日々。そして、昼休みに読む。図書館にいけば置いてあるのに、とんでもないバカをしたものです。小学生時代にはあまりする機会のなかったゲームですが、友達の影響もあり始めた結果、見事にハマりました。
そんな風にゲームに没頭していたある日のこと。両親から「話がある」と呼び出されました。「まさか、ゲーム禁止令か?」と私は覚悟を決めました。しかし、話は意外なものでした。「ゲームは続けてもいい。ただ、帰宅部なのだから、運動しなさい。ゲーム前には腕立て伏せとスクワットを三十回すること」という無茶苦茶な話でした。
私は中学生の時、塾に通っていました。夏期講習の時は、夕食を挟んで続きの授業を行う日もありました。塾で多くの友達に恵まれましたが、問題が一つ。授業の合間に夕食を近所で食べるには、誰かが席とりをしなければなりません。誰か一人に任せるわけにはいかないので、みんなでダッシュで近所のショッピングセンターに駆け込みました。今となってはいい思い出です。
そして、高校生。私は帰宅部をやめて、文化系の部活で面白そうなものがないか探し始めました。コミュ障が仮入部をするのには勇気がいります。ですから、塾仲間だったT君と一緒に部活探しを始めました。それが、大きな間違いでした。
仮入部先を探していたある日のこと。T君がこう言いました。「次は陸上部に仮入部しよう」と。文化系の部活を探している私からすれば、ありえない選択肢です。T君は中学時代に野球部だった経験があります。私にはスポーツの経験は皆無。しかし、コミュ障で押しに弱い私は「仮入部だけなら」と考えました。そして、本入部するか決める日がきました。仮入部で素敵な先輩たちとの交流を経て、あっさりと入部することを決めました。
さて、陸上部に入ったはいいものの、スポーツ素人がいきなり運動をすれば、筋肉痛になりますし、そもそも足が速くもありません。しかし、これはすぐに解決されました。中学時代にハリー・ポッターを毎日持ち歩いていたので、背筋が鍛えられていました。三年間、意図せずして負荷をかけ続けていたのです。そして、足の速さ。これは塾での夕食の席取りダッシュで鍛えられていました。塾では授業終了の鐘と同時に走っていましたから、スタートの号令が鳴ると同時に早く反応できるようになっていたのです。
陸上部では初めての出来事の連続でした。まずは、バーベルを使ったスクワット。中学生時代に自宅で行っていたものの比ではありませんでした。バーベルを背負い背筋を伸ばしたまま深呼吸をしながら、ゆっくりと行う。キツイですが、これを意識することで下半身の筋肉を強化できます。陸上部、特に短距離専門であれば避けられません。
次に、外周ランニング。私の高校の周りは坂が多いことで有名でした。当然、平らなところを走るより負荷がかかり、基礎体力がつきます。短距離、長距離ともに同じコースを走るので、短距離専門の私が息を切らすのは当たり前。外周ランニング後に通常練習を行うのですから、効果は絶大。そして、下校時に坂を上り下りするまでがワンセット。
今でも印象に残っているのは夏合宿。通常の練習メニューに加え、過酷な練習の毎日。そして、ラストには五十メートル走を五十本走りました。もちろん、誰もがへとへとなので、終わりに近づくにつれ、走るというよりはジョギングより少し早いくらいのスピード。夏のため、マネージャーがホースを使って、シャワーのように水をまき散らします。それを浴びながらのランニング。きれいにかかった虹の下をくぐるわけですが、「きれいだね」と語りあう余裕はありません。もし、今の時代にやれば、炎上すること間違いなしです。
高校の陸上部で楽しい三年間を送ったので、大学でも陸上部に入部しました。これは誰かに誘われるのではなく、自分の意思です。大学ではさらに過酷な練習が待っていました。
新しい練習としてトレイルランニング(未舗装路を走ること)が加わり、足元に注意しないと石や木の根っこにつまずいて、足首を捻って即アウト。近くにあった二百メートル超えの長い坂を走り登り、下るときはジョギング。高校時代とは比べ物にならない練習メニューでした。
そして、私の前に大きな壁が立ちはだかりました。陸上競技にはピッチ走法とスライド走法の二種類があります。ピッチ走法は歩幅が小さくても足の回転を速くして走る方法。一方のスライド走法は歩幅を大きくし、距離を稼ぐ方法。普通であれば、選択の余地がありますが、私はそうではありませんでした。私は身長が低く、ピッチ走法で走る以外に選択肢がなかったのです。そうなれば、特化した練習をしなくてはなりません。ミニハードルを狭い間隔で置き、小刻みに走り抜けるなど、高校時代以上にハードな練習となりました。これにより、高校時代よりも早いタイムを叩き出すことに成功しました。
大学を卒業後、陸上競技からは遠ざかりましたが、何かスポーツをしたいと考えました。そうはいっても、何がしたいか具体的なイメージはありませんでした。そこで、ネットサーフィンをしていたところ、「ボルダリング」という文字が目に入りました。ボルダリングについては、「東京オリンピックで競技の一つになる」ということしか知りません。さらに調べていくと、近所に専門のジムがあることを知りました。「せっかく近場にあるならば、試しにやってみよう」とジムの門を叩きました。
ジムに入ると壁一面にホールド(石のような突起物)がセットされています。「初めてなのですが」と店員の方に言ったところ、ルールを簡単に教えてくれました。スタートの時に持つホールド、足を置くホールドが決まっていること。課題(一つのコース)で触っていいホールドも決まっていること。そして、ゴールのホールドは両手で触る必要があること。初心者がいきなり出来るはずもなく、ひとまずどこを触ってもいいから、天井付近まで登ることにしました。天井までの高さはおよそ四メートル。登り切って満足していたら、「飛び降りるとケガにつながるから、ゆっくり降りてくるように」と店員さん。そんなことを想像していなかった私の顔には絶望の表情が浮かんでいたに違いありません。
何度も通ううちに、ボルダリングの沼にハマりました。ボルダリングというと「筋肉ムキムキの人がやるスポーツ」という印象があるかもしれません。しかし、余分な場所に筋肉をつければ、重力に引っ張られて負担になります。その点で私はまったく筋肉がない状態から始めましたから、登るうちに自然と必要な箇所のみに筋肉がつきました。そして、ボルダリングで重要なのはバランス感覚。オリンピックではダイナミックな動きばかりが注目されますが、小さいホールドに足を乗せる場面もあります。幸いにも陸上部時代に体幹を鍛えていましたから、問題にはなりませんでした。
ボルダリングには陸上競技とは違う世界が広がっていました。陸上競技では「ライバルより早いタイムを出して勝ち抜く」のが当たり前ですが、ボルダリングは違います。ボルダリングは個人競技ですから、アマチュアでする分には過去の自分との勝負です。ですから、他の人が登っている時は、頑張れの略である「ガンバ」という声がジムを包みます。
ボルダリングにハマる一方、小さい頃にジュラシック・パークを見た影響で、化石掘りを新たな趣味に加えました。隣の県に行っては化石を掘る。もちろん、恐竜の化石が出るところではなく、サメの歯が出たらラッキーくらいの場所です。もちろん、素人ですから、ハンマーを自分の手にぶつけるというドジもします。右手が利き手なので、左手は怪我だらけになりました。幸いにも骨折することはありませんでした。
化石掘りをする一方で、ボルダリングも続けました。結果どうなったか。重いハンマーで鍛えられた右手はホールドを持つ力が強まり、左腕は怪我をしても痛くない丈夫さを手に入れました。こうして、さらにボルダリングにのめり込みます。
しかし、スポーツに限らず何であれ、どこかで頭打ちになります。ボルダリングで落とせない(最後まで登れない)課題が増えると、自然と距離を置くようになりました。
そこで、私は小さい頃に憧れていた「小説家になりたい」という夢を叶えるために、小説投稿サイトで作品を投稿することにしました。もちろん、プロにはなれません。しかし、自分の好きなように書きつつも、多くの人に読まれるように工夫をすることを覚えました。自分の「好き」を書きながらも、どのような構成なら読んでもらえるか。小説を書くといっても、どんどんアイデアが出てくるわけではありません。「散歩中などの適度な運動中に思いつく」と聞いたことがあったので、「ボルダリングでもするか」と半分義務感でジムに行きました。
久しぶりで筋肉痛は激しかった一方で、なぜか過去に登れなかった課題をスルスルと登れるようになりした。これはおかしい、と思った私は分析をしました。そして、一つの結論に達しました。小説で培った分析力がボルダリングでも活きていたのです。
ボルダリングにはオブザベーションという行為があります。簡単に言えば、登るルートの下見です。どこに足をかけて、どういった姿勢であれば楽に登れるか。私は今まで、オブザベーションを疎かにしていました。しかし、小説を書くときに培った分析力で、どうすれば体に負荷をかけずに登れるかが手に取るように分かるようになりました。
こうして振り返ると、帰宅部時代の諸々がスポーツを始めるまでの下地になっていたことが分かります。趣味が思わぬ形でスポーツに活きたり、逆にスポーツで得た知識で趣味が豊かになったりもします。私は今後もスポーツを続けます。他の趣味から得た知見を活かし、さらなる高みを目指して。
読書好き帰宅部、スポーツオタクになる 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993
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