ハロウィン・ナイト・ルーティン
玉手箱つづら
ハロウィン・ナイト・ルーティン
進路のことで、朝から母と口論になった。久々に、いってきます、も言わずに家を出た。
もやつく気持ちを抱えたまま学校最寄りの改札を抜け、そういえば、と思い出す。溜め息をついて、近くのコンビニへと進路を変える。
今日は、ハロウィンだった。
教室の前では既に二択の呪文と菓子とが行き交っていた。きゃいのきゃいのと騒々しい。
鞄の中で飴の袋を乱暴に開いて、また溜め息をつく。
「お、仁藤さーん」
後ろから声がして振りかえる。金髪ピアスにがっつりネイルのギャルが、壁に寄りかかって立っている。
蘭堂すず、さん。クラスメイト。クラスの日なた側……っぽい人。
話したことは、あまりない。
「おっはろ~。トリック・オア……」
「はい」
ふらふらと寄ってきた手に飴玉を落とす。
「え、反応はや」
ウケんね~とコロコロ笑う蘭堂さんに曖昧な返事をして、目を閉じる……──閉じて、開くと、信じられないくらい近くに蘭堂さんの顔があった。
じっ、と私を覗きこむ目に、思わず肩が跳ねる。
「やっぱトリート要らない」
そう言って、蘭堂さんは私の手を掴む。
「来て」
言って、蘭堂さんはもう走り出している。
引きずられるように、私も廊下を逆走していく。
映画館に来ていた。
電車に一時間揺られた先、東京の、真ん中の隅……みたいな、妙に寂れた場所にある、ちっちゃい……トーホーでもシネプレックスでもない映画館だった。
間に合った~と言って、蘭堂さんがチケット売り場から帰ってくる。駅からすこし走ったので、私も蘭堂さんも汗をかいている。
「あっつ~。はいこれ」
「あり、がとう……?」
手渡されたチケットには、映画のタイトルが書かれていなかった。ただ、ぺろんと長い黒地の紙に、オレンジと赤の絵の具が弾けているだけ。
ここまでぼんやり付いてきたけれど、さすがにそろそろ不安がまさる。
「あ、あの、蘭堂さん……」
「うん?」
「これ……なんの、えっと……紙?」
何か騙されてるか、からかわれてる? そっけない態度を取られて、実のところ怒ってるのだろうか。
ぼんやりとした予測を吹き飛ばすように、蘭堂さんはイタズラっぽく笑う。
「これ! です!」
ぽん、と手のひらが置かれたポスターには、チケットと同じ黒とオレンジで、不穏な英語が並んでいる。不思議なことに私にはその、学校で習わない単語群が読めてしまう。
「ハロウィン・ホラー……ゾンビパーティ・デイ……?」
「いえっす!」
呆然とする私を前に蘭堂さんは、いやこれ来たかったんだよね~とか、でもみんなハロウィンではしゃいでるからさ~学校休も~って誘いづらいじゃん?とかなんとか言っていて、私はそれを聞きながら、少しずつ情報を噛みくだいている。
……DAY?
「ね、トリック・オア・トリートって言って」
「え……と、トリック・オア……トリート?」
言われるがままの私の問いに、オッケー、と蘭堂さんは満足げに頷く。きゅっ、と、また私の腕が引かれる。
「ポップコーンもおごったげる」
たぶん、四桁を上回る数のゾンビを見た。
のろいゾンビ、すばやいゾンビ。もろいゾンビ、死なないゾンビ。犬のゾンビに鳥ゾンビ。神父に、花嫁に、吸血鬼のゾンビまで。そのどれもが、腐った肉を垂らして人を襲った。
救いは、あったりなかったりした。
蘭堂さんは映画が一本終わるごとに、ここビビった、驚いた、と私に語った。私も思ったより楽しめていて、だから、それなりの返事をした。
二本目の映画が終わったあと、蘭堂さんが言った。
「うちさ~ヤなことあった日はホラーかアクションなんだよね。なるべく人がたくさん死ぬやつ」
四本目のあとはこう言った。
「でもあんま言ってないんだ~この趣味。恥ずかしくはないけど、言ってもあんま盛り上がんないからさ~」
そうして七本目のあと、短いトイレ休憩を挟み、最後の上映が始まろうとするなかで、
「うち高校出たらアメリカ行くんだ」
と、小さく言った。
照明が落ちて、シアターが暗闇に包まれる。
「特殊メイクの勉強すんの」
光の筋が走る。蘭堂さんは、もう、まっすぐにスクリーンを見ている。
これ内緒ね、と声がする。
……わかった、と、私は応える。
──・──・──・──・──・──
「届いたよ~」
と言って、宅配ピザの箱を抱えたターくんが戻ってくる。ありがとー、とソファーの隣を空けてターくんを手招く。彼氏彼女らしく、肩を寄せ合ってテレビを眺める。
画面には毎年この日だけ契約する、ゾンビ専門サブスクが映し出されている。
「で~何本見るの?」
「五本は見たいかなー」
「ん~俺途中で寝るかも~」
「いいよー」
ピザを片手に明かりを消す。
再生ボタンを押して、映画が始まる。
結局七本も見てしまって、時刻は五時を回ろうとしている。ターくんも頑張って起きていたけれど、五本目の途中で、この犬死んじゃいそうだからやめとく~と言って床に就いた。
もろもろ散らかったテーブルを片しながら、画面を流れるクレジットを眺める。
彼女が今どうなっているのかは知らない。もうとっくに帰国しているのかもしれないし、仮に活躍していたとして、本名で活動しているのかも分からない。
それでもゾンビ映画を見ては、無数の名前の列の中に、コロッと無いかと探している。
毎年、この日だけ。
この日だけの、私の、ハロウィン・ナイト・ルーティン。
ハロウィン・ナイト・ルーティン 玉手箱つづら @tamatebako_tsudura
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