魔女兵器〜Echo of Eris〜

@ikze

第1話 ノクターナ

《システム起動》


《WUII-142 パーソナルネーム〈ノクターナ〉

 OS: Aether Core ver2.15》

DMI接続…

 • シナプス回路リンク完了

 • 神経伝達速度:正常

 • 意識同期率:90.7% — 許容範囲内

AMP稼働準備…

 • Eris適正値確認

 • エネルギー放出可能上限率:25%

 • 増幅機能正常作動、反応速度:…上限到達

WAND動作確認…

 • 形状認識プロトコル起動

 • 特性最適化プロファイル読み込み

 • ユーザー意識との同調率:100% —

  制御モードへ移行

リヴェレイション・フィールド展開準備中…

 • 反重力力場安定化…完了

 • 結界展開域、エネルギー流動チェック…

正常

 • 外部衝撃耐性補正値:最大値に設定

他システム起動中…

 • リンク拡張モジュール接続…完了

 • 遠隔通信モード— アルカディアネットワー

  クへのアクセス完了

 • 戦闘時リアルタイム補助システム、エ

  ンゲージメントモードへ移行準備完了


《最終確認完了》


リヴェレイション・フィールド展開


・・・



 私は乾き切った冷たい風が吹き荒ぶ、一際高いビルの屋上に佇んでいた。夕闇が迫る荒廃した市街地には、かつて人々の営みがあった名残が薄く漂っている。忌々しい『Eris《エリス》』の汚染に侵され、すべては崩れ、色褪せ、朽ち果てた。骨のように鋭く突き出たビルの鉄骨が、かつての繁栄を虚しくも象徴していた。

 目を凝らせば、街の中でわずかに動くものがある。敵勢力の兵器の集結地点か。点在する装甲車、戦車、人型機動兵器が鈍重に動き、軋みながら廃墟の間を進んでいくのが見えた。空気には不気味な金属の匂いが立ち込め、まるでErisそのものが都市を蝕み、吐き出された毒で辺りを満たしているようだ。


《オペレーターより〈ノクターナ〉。こちらの感 度どうかしら?》


 突然、頭の奥に穏やかな女性の声が響いた。耳ではなく脳内に直接届く声。次いで視界の隅に、Eris濃度、気温、風速、汚染レベルといったデータが列をなす。戦場での通信、情報伝達はすべてDMI《直接掌握インターフェース》経由で脳内に直接入力され必要な情報だけが自動的に処理される。意識せずとも頭は自動的に対応していたが、この奇妙な不快感には未だ慣れることはなかった。


「システム全般に異常無し」


 短く返し、目を閉じる。沈む暗闇の奥で、自分の中の奇妙な違和感が浮かび上がる。脳内に直接埋め込まれたDMIに、右前頭部に外付けされたAMP《力場増幅装置》と呼ばれる歪な機械。いずれも、私たち魔女兵器の絶対的な戦闘力を支えるためのものだが、細かい仕組みなど知る由もない。

 右前頭部の異物をそっと撫でる。これに意識を集中させると、私の中に内包するエネルギーを増幅させ、魔女兵器としての様々なポテンシャルが引き出される。もはや身体に溶け込むように感じるこの「外部装置」が、果たして本当に自分の一部なのか——そんな疑念が胸の奥で微かに燻っている。


 ふと気づけば、太陽が地平線へと消え、暗い空気が街を覆い始めていた。黄昏の空に溶け込む影を視界に収め、私は静かに腰の小さな銀色の棒−WAND《適応変形兵装》に手をかける。それは、意識に呼応して形、性質を変化させる私たち魔女兵器の武器だ。強く握り締めたそれは、長く鋭利な日本刀の姿へと形を変えた。刀身には微かな光が宿っている。


「こちら〈ノクターナ〉。任務を開始する」


 足を踏み出し、ビルの屋上から宙に身を投じる。風が顔を撫で、視界に風景が激しく流れ込み、まるで自由落下する自分が地上に吸い込まれていくような錯覚がした。地上に到達する直前、私は右前頭部のAMPに意識を込める。

そして次の瞬間、身体全体を温かい何かが覆う感覚が生じた。

−リヴェレイション・フィールド。それが展開されると同時に、周りの空間が歪み、足元が浮き上がった感覚がする。これが私たち魔女兵器専用の不可視の防護壁。銃弾、砲撃、その他従来の兵器によるあらゆる攻撃を寄せ付けない盾であり、同時に機動力を飛躍的に高める足掛かりでもある。魔女兵器の通常兵器に対する絶対的な優位性の象徴だ。


 着地地点にいた戦車を、落下の勢いとともに振り下ろした刀で両断した。やや間があって、二つに割れたその棺桶は爆散した。この爆発で敵は襲撃に気付いたようだ。周囲の敵兵器の砲口が一斉にこちらを向けられる。乾いた大地に立つ戦車群は、どれもが私を狙い定め、轟音と共に砲弾が飛び出してきた。その瞬間、意識が研ぎ澄まされ、全身が反射的に動き出す。


 一歩、足を踏み込む。砲弾が迫る間際に跳躍し、瞬時に残像が生まれる。今の自分は影そのもの——そう感じるほどの速さだ。身を翻して数メートル先に着地すると、次の瞬間には刀を振り下ろしていた。刃先が戦車の装甲に触れると、鋼鉄は音もなく裂け、砲塔から火花が飛び散り、閃光と共に爆散する。


 すぐさま動く。横合いから突進してきた装甲車をジャンプで躱し、そのまま着地際に刀で突き貫く。車体が地面へ沈み込むようにへしゃげ、さらに引き抜いた刀をそのまま振り払い、後ろの人型機動兵器の胴体が切り裂かれ、分断された上半身が地に落ちる。冷たい鉄の破片が足元に転がり、赤い火花が飛び散るが、私の心に迷いも感傷もない。

 新たに人型機動兵器が6機、腕部に装備した携行火器や肩に担いだミサイルを構え、一斉に私へ向かって攻撃を開始した。爆発と銃声が混ざり合い、この戦場一帯が混沌と化す。明らかに人間に向けて撃つことを想定されていないであろう大きすぎる口径の弾丸の雨とミサイルの爆風の嵐は、決して私に到達することは無く虚空に弾かれていった。

 爆煙に紛れながら、リヴェレイション・フィールドの恩恵を最大限に活用して加速し、再び敵陣に飛び込む。

握り締めた刀に殺意を込める。瞬間、その刀身は元の10倍にまで長さを変え−

 横薙ぎの一閃。常人では到底目視できないほどの速度で放たれた斬撃は、激しい衝撃波を発生させながら周囲の人型機動兵器達を撫でる。刹那、周囲の目に映る全ての物体が水平に両断され、まるで手応えもなく崩れ落ちる。

 これで全標的を破壊した。

任務完了、とオペレーターに通信を入れようとし、

それを遮るが如く、脳内に直接声が響いた。


《九時の方向より高速でこちらに接近する敵影を確認》


 声が響くと同時にこちらでも感知した。気配、というよりかは殺気に近いこの感覚。これは間違いなく−


《備えて、魔女兵器よ》


 オペレーターの報告が届くと同時に、私の視線の端にとんっ、と優雅に着地した女性が映った。そのままこちらにゆっくりと歩いて近づいてくる姿——そのシルエットは、豪奢なドレスのようなフォルムをした影。見知った魔女兵器だった。


《WUⅡ-030 パーソナルネーム『ブラックソーン』。序列23位の魔女兵器よ。−分かっていると思うけど、注意して》


 私は身構える。全ての戦闘補助システムを臨戦態勢に設定し、あらゆる状況に対応できるように備えておく。

と、お互いの顔がハッキリと認識できる距離まで近づいていた、眼前の魔女兵器の口が動いた。


「相変わらず仕事が早いですわね」


 彼女は周囲を見渡し、微笑みながら丁寧な口調でそう言い放つ。


「まあ、貧乏な弱小企業の子守など私にはどうでも良いですけど」


〈ブラックソーン〉。その名が脳裏をかすめる。何度か戦闘した経験があった。

彼女の印象は貴婦人という言葉が一番しっくりくる。物腰はお淑やかで、育ちの良さが滲むような仕草が目立つが、その穏やかな外見とは裏腹に、彼女の奥底には明らかな闘争心が渦巻いているのを知っていた。冷静さを装っていても、その目に宿る狂気はごまかせない。


「貴方と闘るのは久々ですわね。一ヶ月ぶりくらいかしら」


 彼女は楽しげに言い、私をまっすぐ見据えてくる。


「どうします?今日はどちらかが死ぬまでやります?」


 私は一瞬だけ彼女を見つめ返し、短く息を吐いた。


「…私の目標は達成されている。あなたを殺しても報酬は変わらないの。極力手短に頼むわ」


ブラックソーンは微笑を深める。


「それは貴方のやる気次第、ですわね」


 さも愉しげに言う。そして、手にした銀色の杖−彼女のWANDをゆっくりと地面に突き刺した。


 その瞬間、視界が闇に包まれる——かと思うと、無数の巨大な黒いイバラが地面から這い出し、まるで生き物のようにうごめきながら伸び始めた。イバラは地表を突き破り、建物の残骸や瓦礫を巻き込んでいく。その範囲は広がり続け、まるでこの街全体が黒い棘に覆われていくようだった。


「それでは始めましょうか、〈ノクターナ〉」


 笑みを浮かべるブラックソーンを見据え、私は動き出す。彼女の攻撃は広範囲かつ無差別だが、私の素早い動きなら捉えさせはしない。瞬時に影へと身を沈め、次の瞬間には跳躍し絶え間なく移動し続ける。


 次々と伸びてくる巨大な黒いイバラ。建物の残骸を巻き込みながら広がる棘の森の中、私は間隙を縫うように走る。迫りくる棘をかわし、瓦礫の影から影へと瞬時に移動を繰り返し、間一髪で致命的な攻撃を避け続けた。気を緩めれば一瞬で命を奪われるのは理解している。それでも、この動きならば、やり過ごすことはできる。


「やはり速いですわね」


 ブラックソーンはイバラの森の中から楽しげに私を観察しながら、さらなるイバラを生やし、私を包囲しようとしていた。彼女のWANDから放たれる黒い棘の群れが、次第に迫ってくる。

 私はうんざりしながら言い放つ。


「手短に、と言ったはずよ」


 見つけ出したイバラの隙間を這うように躱しながら、彼女に向けて飛び込む。刀を高く構え、鋭い一撃を繰り出そうとするが、無数のイバラが防御壁のように立ちはだかり、接近を阻んでくる。何度も切り刻むが、その度に黒い棘が立ちはだかり、さらにイバラの密度を増して攻撃範囲を拡大してくる。黒いイバラは街全体に広がり、破壊されたビルを飲み込み、すべてを覆い尽くした。彼女の攻撃は、単なる力の誇示ではない。無尽蔵に生えるイバラは、彼女の本質そのものであり、私はその強大な意志に直面していた。


 だが、この状況でも焦りはない。何も考えず、ただイバラを切り裂くのではなく、私は一つ一つの動きを無駄にせず、着実に反撃の機会を探していく。

 一度態勢を立て直すべく、跳躍して背後にあった廃墟の屋根に降り立つ。

 見下ろせば一面は黒く蠢くイバラの森。

 ふと見上げると、今まさに雲間から顔を覗かせようとしているが目に入った。


−これだ。


 戦場には満月の光が明るく照らし出されようとしていた。私は彼女のイバラの防御を突破する手段に思い至る。影の輪郭が明確に映し出された今なら、私のが活かせるはずだ。

 やがて満月に照らされた戦場の闇と光のコントラストが、私に標的への道筋を示す。

 こちらを見上げるブラックソーンの表情は、相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。

−この一撃で必ず殺す

 右前頭部に意識を集中。リヴェレイション・フィールドの出力を限界まで引き上げ、蠢くイバラの森へ向けて跳躍した。こちらの動きに反応して、無数のイバラが迎撃してくる。私はそれを全て切り払い、なんとか中心部−ブラックソーンの近くに着地する。


「あら、おかえりなさい」


 と、ブラックソーンがそう言い切る前に、私の周囲は無数のイバラで覆い尽くされ、今まさに串刺しにしようとした瞬間−

 頭上から覆い被さろうとしていたイバラが、私を照らしていた月光を遮った。

私は力を解放した。影と一体化、そして一定範囲内にある任意の影へ瞬時に移動する。それこそが、私だけが持つ特別なだった。

 音もなく私の姿が消え、次の瞬間には彼女の背後に回り込んでいた。ここならば確実に急所を突ける。

−殺せる。

 一瞬の隙を狙い刀を振り下ろし、


 だが刃が触れる寸前で、彼女のスカートの裾から伸びた太く黒いイバラが、私の渾身の一撃を弾き返す。鋭い音が響き、私はわずかに後退させられた。

 過去のブラックソーンとの戦闘において、この私のを披露した事はない。初見でこの不意打ちを防がれたことに驚愕した。

 が、雑念はすぐに振り払い、反撃を警戒してすぐにブラックソーンから距離を取る。

 体勢を整えながら次の一手を模索していると、

ぱちぱち、

と気の抜けた音が響いた。


「素晴らしい動きですわね、〈ノクターナ〉。やはり貴方と闘うのは楽しい!」


 ブラックソーンは心底満足した様子でそう告げながら、しばらく乾いた拍手の音を響かせていた。殺気はもう消えている。やがて周囲を覆い尽くしていた黒いイバラの森は地中へ帰っていた。


「…光栄ね」


 一言、返事する。安堵や悔しさ、そして高揚感と殺意の残滓のようなものが入り混じり、言葉にできない心境だった。

 魔女兵器とやり合うといつもこうだ。

 私の様子を一瞥しブラックソーンは満足そうに微笑み、私に向かって軽く礼をするような仕草を見せた。


「護衛対象は貴方に全部やられてしまったし、これ以上私達が戦う理由もないわよね」


 彼女は肩をすくめながら悪戯っぽい笑みを浮かべ、悠然と背を向けた。


「では、また近いうちに」


 とん、と優雅に跳躍した彼女の背中は瞬く間に小さくなっていく。

 彼女が暗闇に消えていくまでの間、私は刀の形を保っているWANDを握りしめたまま動けずにいた。

 奥の手を使っても殺しきれず、そして明らかに彼女には余力が残っている様子だった。

−格の差、というやつか。

 しばし逡巡したのち周りを見渡すと、元々市街地があったはずの場所は、一部の廃墟を残し瓦礫の山と無数の金属の残骸が転がるだけの空虚な風景と化していた。

 戦いの余韻が残る静寂の中、低く、冷たい声が響く。


「任務完了、帰投する」

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