【電撃文庫11月8日発売!】ヒロイン100人好きにして?
渋谷瑞也 イラスト:Bcoca/電撃文庫・電撃の新文芸
第1話 百姫夜行①
ベルカ・アルベルティーネは十七歳。引きこもりの魔女である。
ついでに言うと無職でもあり、行き遅れの魔女でもあった。
魔女学校を卒業して早一年。名家であるアルベルティーネ家の親の脛にかじり付き、自室に籠もってネットサーフィンをしまくるだけの日々を満喫していたけれど、とうとうそのモラトリアムにも終わりが訪れた。
親がマジギレしたのである。
「ベェェルカぁ────ッ! いい加減部屋から出て働きなさいっ!」
どごん、どごん、と凄まじい勢いでドアを殴られ、ベルカは冷や汗を流す。
「お、お母様。落ち着いて。近所迷惑」
「おまえの存在より迷惑なものなどありません! 昔からロクに外にも出ないでッ」
どごん! と一際強い拳がドアに轟く。
「──そんなだから一人前の魔女にもなって、男のひとりも抱けない処女なのです!」
うぐぅっ、とボディに入ったようにベルカが唸った。
「しょっ、処女なのとヒキニートなのは関係ない!」
こんな下世話なことを親が言ってくるなんて、これだから魔女って生き物はデリカシーがなくてイヤなのだ。人間界だったらきっと品がないとか、痴女だとか言われてる。
だけどここは魔女界──男女の貞操観念が人間界とは逆の世界だから、仕方ない。
「もう、我慢なりません。おまえにはどうあっても働いてもらいます!」
「え」
「我が家で選んだ騎士と契約させます。すぐに【百姫夜行】へ向かいなさい」
ベルカが浅く息を吞んだ。
「そっ……それだけは、絶対に嫌! わたくしは騎士なんて、」
打って変わって、母が控えめにノックする。
最上級の防御魔法を掛けていたドアが、どろどろの飴みたいに融けてしまった。
「──三日のうちに家を出なさい。さもなくば、部屋ごと火葬しますからね」
というわけで、まずいことになった。
働くか死ぬかだ。どっちも嫌だ。
「き、騎士と契約……っ」
騎士とは、人間界での仕事のために現地で組む、人間のビジネスパートナーのことだ。
なんだそれならいいじゃん、と思うかもしれないが、そんなことはない。
だってその仕事には──えっちなことも、がっつり含まれているから!
「い、家が選んだ、好きでもない騎士となんて、無理……! 絶対、嫌……!」
もちろん、自分だって年頃の魔女だ。そういうことへの興味はある。っていうかナイショだけど実は人三倍ある。いつまでも処女煽りされるのだって、やっぱり気にしている。
だけど嫌なものは、やっぱり嫌だ。
「……そういうのは本来、好きな殿方とだけ致すもの……」
ネットサーフィンで人間界の価値観に寄ったベルカは、魔女界の考えには馴染めない。
普通に恋がしたい。
家が選んだとかでなく、自然に運命のお相手と出会いたい。
蕩けるような恋をして、お仕事を超えた真の関係性を結べる相手と契りを交わしたい──。
「…………はぁ。ばかげてる……」
そう夢見る一方で、ベルカは諦めてもいた。
今まで人間界を覗いていても、ぴんとくる相手なんてどこにもいなかった。そもそも漫画やゲームで遊んでいるだけで十分満足な自分が、恋に落ちるなんて想像もできない。
……できないけれど、せめて足搔かないと。
このままいくと、親の選んだ騎士と契約させられベッドインだ。
ベルカは目の前にある巨大な鏡に手をかざし、魔力を込めて【バディーズ】と唱える。
すると鏡一面に、沢山の男の顔写真とプロフィールがずらりと表示された。
おー、とベルカが嘆息する。
「これが噂の、騎士マッチングアプリ……」
【バディーズ】はマジカルアプリの名前だ。魔女界ではまだ敬遠されがちな新しい文化だが、輸入元の人間界ではアプリでの出会いなんて当たり前になっている。
とりあえず、これをやってみよう。
そして騎士候補は自分で探してますからと、母に行動実績を土下座してアピールしよう。
「それであと一年ぐらい、モラトリアムの延長を……」
とことん働きたくない十七歳。それがベルカ・アルベルティーネという魔女である。
アプリでの出会いなんて、期待してない。
恋なんて嗜好品は、わたくしのような魔女には、一生縁がないんだから──。
「……フィルタ条件、入力」
細い指先が虚空をタイプする。
微に入り細を穿ち、百をも超える理想の騎士の条件が、ずらずらっと入力されていった。
やがて完成した条件リストを眺めて、ベルカは失笑すると、
「こんな夢みたいな騎士、居るわけない」
投げやりに確定キーを押した。
──条件に合致する殿方が 1名 見つかりました。
「…………えっ?」
ベルカは一枚だけ表示されたプロフィールカードを開くため、鏡にタッチしてみる。
すると甘い電流が指先から走って、ベルカの心臓をとくんと揺らした。
「──あ。……す、すき…………!」
勝手に溢れて言葉になる。一度も知らないこの気持ち。
ベルカは天啓のように、それが『一目惚れ』だと悟っていた。
もしもこの方と契れるのなら、【百姫夜行】とかいう影魔女を百匹狩るまで帰れないクソ労働にも耐えられるかも!
ベルカは跳ねる心臓を両手で押さえ、陶然と彼の名前を呟いた。
「──空木、夜光さま」
予感がする。この方はきっと、歴史に名を残す騎士になる。
百人の女の子を抱いて救った伝説の男として、二つの世界に浮名を流すことになる──。
「えっ、まだ童貞なの……?」
けれどそれはまだまだ、先のおはなし。
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