終話 ずっと一緒に明るい道を駆けよう

「では、アタシ等の勝利を祝って~! カンパーイ!」

 クラーフによって乾杯の音頭が取られると、「カンパーイ!」と言う朗らかな声と共に、至る所でガチャンッガチャンッとグラスがぶつかり合う甲高い音が弾けた。


 僕達子供の大勝利から一週間後、今は皆でパーティーを楽しんでいる。

 参加者の中には裏切った子供達も居るけれど、そこは昨日の敵は今日の友って言う事でね。お咎めなしにして楽しんでもらっているんだ。(クラーフは「は? 裏切ったクソ共なんて、ぜってぇに参加させねぇよ?」とか拒絶していたけど、僕が強引に丸め込んだんだ)


 会場はセクタ・ランド丸々使っているから、あちこちで子供達の楽しげな声が弾けている。(デューアの作ったもの全てが悪と言う訳ではないから、僕達が好きなセクタ・ロサンとかは閉鎖を免れたのだ)


 誰も制服を着ていないし、誰も「ナイトメアが出たら、どうしよう」って怯えていない。


 僕は周りの幸せに微笑みながら、手にしているグラスをくいっと傾けた。

 コクコクッと、酸味が利いたアセロラのジュースが流れ込んでいく。

 その時だった。

「んな所に居たのかよ、結構探したぜ」

 聞き馴染みある声に導かれ、僕はフッとそちらを向いた。


 そこには、バン・ナイト以上にドレスアップしている、お洒落なクラーフの姿が。

 大人っぽいメイクに、うねる黒髪もキッチリと丁寧なポニーテールで纏められていた。何より目を惹くのは、ドレスだった。見る角度や動きによって、艶やかな黄色と桃色がキラキラと混ざり合って、可愛らしいパステルオレンジみたいに変わる。


 もう、彼女も黒じゃない。けど……まだ、ジャカジャカとロックを漏れ流すヘッドホンはそのままだ。


「クラーフ」

「お前もデューア崩壊の立役者なんだからさ。こんな影に居ねぇで、前の方で騒げよ」

「僕は、そういう感じじゃないから。遠慮しておくよ」

 苦笑して答えると、クラーフは大仰に肩を竦めて「ミエイさんだったら、ぐいぐいと前に行くのになぁ」と、わざとらしく息を吐き出す。


「僕は、お母さんよりも父さんの方に似ているんだよ」

 ちょっと苦々しく答えると、クラーフの顔が突然スッと真顔になった。

「……親父さんには会えたのか?」

「うん、会えたよ」


 崩壊後、僕はすぐに父さんの元に駆けようとしたけれど。その前に、父さんが僕の元に駆けつけてくれたのだ。

 遠い土地に居ると思っていたから、どうしてって本当にビックリしたけれど。そこで、全部話したし、全部聞けた。


 なんと、父さんはずっとセクタ・ランドにあるセクタ・ワークモスに居たのだ。ロボット開発や、レイティアの修理等に宛てられた土地の為に、子供は行かない所だったけれど。

 僕がデューアに入った直後から、父さんはセクタ・ワークモスでデューアの厳しい監視を受けながらロボ開発に従事していたらしい。


 それを聞いてビックリすると共に、ある失念に気がついて「もっと早く気がつけば良かった」って思ったんだ。


 だって、が使えるのはセクタ・ランドに居る人間だったから。一緒に住んでいた時の住所の記載って言うミスリードがあったせいで、本当にそこを忘れていた。


「あんな奴等に、ハジャだけ差し出して、父さんだけが遠方に居続ける訳がないだろう。何かあったらすぐに連れ戻して、また高飛びするつもりだったんだぞ。でも、本当に今まですまなかった。辛かったな、ごめんな。ハジャ」

 って、父さんは僕を強く抱きしめながら言ってくれた。


「だからね。お母さんと同じ様に、父さんも僕にずっと愛情を向け続けてくれていたんだって……本当に、実感したよ」

「……そうか、良かったな」

 しみじみと吐き出した言葉に、クラーフも柔らかく相好を崩しながら言った。


 僕と同じ様にしみじみと嬉しさを吐き出しているけれど。その背景には、僕以上に積んだ長年の思い入れがある様に感じた。


 僕は「うん」と小さく頷いてから「あのさ、クラーフ」と、声をかける。

「これから、クラーフはどうするの?」

 唐突な質問に、クラーフはちょっと呆気に取られたけれど。「どうすっかなぁ」と、のんびりと紡ぎ出した。


「ここの大人共がまた何か企まねぇ様に目を光らせ続けるかなぁ。崩壊したとは言え、第二のデューアが出て来る可能性もあるしな。そうなったら面倒だし、ここを家にするガキ共も居るからさ」

 アタシがいりゃ、そんな奴等の抑止にはなるだろ? と、クラーフはニタリと口角をあげて言った。


「クラーフ、ナイトメア実験の治療を受けないつもりなの?」

「嗚呼。アイツ等とアタシじゃ、色々と次元が違ぇからよ」

 クラーフは苦笑して言うと、「良いんだ、これで」とヘッドホンのヘッドをギュッと握りしめる。


「唯一ある本物の繋がりを絶ちたくねぇしさ」

「……そっか」

 僕はキュッと唇を結んでから、きっぱりと切り出した。


「ねぇ。僕達、一緒に暮らさない?」

「……は?」

「クラーフさえ良ければの話なんだけど、どうかな? あ、セクタ・ベローパルに家を建てるから、こっちの行き来もすぐでそんなに問題ないと思うよ。それに父さんも大賛成していて、クラーフに会える事をとっても楽しみにしているんだ」

 クラーフが困惑している間に、僕は口早にパパパッと言葉を並べ立てる。


「いやいや、おかしいだろ色々と!」

 クラーフは「もう止まれ!」と、ビシッと両手を僕の鼻先に突きつけた。

 けど、僕は「何もおかしくないよ」と喜色満面で一蹴する。


「だって、僕達はでしょ?」

 僕の言葉に、クラーフは大きく目を見開いてグッと言葉を詰まらせた。


 その隙を突いて、僕は微笑を称えたまま「クラーフは」と滔々と言葉を続ける。

「僕のお母さんの妹だし、僕にとってはお姉さんみたいな存在だから。それってもう、僕達は家族って事でしょ?」

「……ハジャ」

 クラーフの目から、じわりと涙が躍る。


 僕はそんな瞳をまっすぐ見つめながら、「クラーフ」と手を差し伸べた。

「もう家族がバラバラなのは嫌だよ。だからお願い、僕達と一緒に暮らしてよ」

 クラーフはギュッと唇を噛みしめる。そして「……良いのか?」と声を絞り出す様にして尋ねた。


「勿論だよ」

 僕がきっぱりと答えるや否や、僕の手に僕よりちょっと小さな手が乗った。

 その手と僕の手がギュッと丸まり合い、ニコッニコッと二つの笑顔が弾ける。


「……じゃあ、早速姉としてやるべき事をやんなくちゃな」

「え? 何をやるの?」

 僕は嫌にほくそ笑むクラーフを前に、「今は何もないはずだけどな」と顔を怪訝に歪めた。

「ハジャが、カナエとくっつく為の手伝いだよ」

 当然と言わんばかりに吐き出された思いも寄らぬ一言に、僕の口から変な声が零れ、顔もピシッと強張る。


「今この時が大チャンスなんだ。それなのに、ハジャはずうっともじもじして、カナエは女友達と居続けてる。だからアタシが一肌脱いで、この恋を進展させるんだよ!」

「いや、余計なお世話……って、ちょっと待って! クラーフ! 本当に行かないでよ! ねぇ待ってよ、クラーフってばあぁっ!」

                                  了

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