暴走編
3章 1話 はんなり配達どすえぇ
ある日、僕がクラーフに稽古を付けられていた時だった。ブーッと低めのブザーが鳴り響き、ぶわんっと入り口カメラの映像が僕達の間に大きく広がる。
見ると、京人形の様な女の子ロボがカタカタッとカメラに向かって「はんなり配達」と言う許可証を見せつけていた。
「はんなり配達どすえぇ、ハジャ君宛てにお手紙どすぅ」
まったりとした口調で告げられる。
「お手紙?」
僕はキュッと眉根を寄せてしまうが、すぐに「あぁ」と宛先人を思いついた。
そして入り口の扉に付けられた小さな扉をくぐってから、はんなり配達のロボットの元へと行く。
はんなり配達ロボは、ニコリと淡い紅がささった口元を綻ばして「お手紙なんて、えろうええもんですなぁ」と手にしている手紙を差し出した。
「ほら、時代遅れやなんや言うて嫌う人もおわしますけどもねぇ。私はなんもかんも発達した今だからこそ、こうしたもんの方がええ思いますよぉ。だって、この方が相手の真心っちゅーもんが見えますやろぉ」
そんな気ぃしはりませんかぁ? と、首を小さくカクンッと可愛らしく傾げる。
僕は「そうだね」と笑顔で答えてから、「ありがとう」と差し出された手紙を受け取った。
はんなり配達ロボは「おおきにぃ、ほなまたぁ」とのんびり口調で告げ、頭を軽く下げる。そしてカタカタカタッと素早い足取りで廊下を離れて行った。
僕はその背を見送ってから、廊下に出て来た扉を使って部屋へと戻る。
「何だよ、手紙って」
戻るや否や、待ち構えていたクラーフが詰め寄ってきた。
僕は口元を柔らかく綻ばしたまま「父さんからだよ」と、受け取った手紙を軽く掲げる。そうして真っ白で手触りの良い封筒に刻まれた「ユキ」と言う父の名と住所を見せた。
「明後日が僕の誕生日なんだけど、毎年手紙を送ってくれるんだよ。おめでとうって自分の手紙と、お母さんの手紙を」
「ミエイさんの? !」
クラーフから驚きがビュンッと飛び出す。
僕はその驚きに「え?」と、呆気に取られてしまった。
僕、話した事あったっけ? 僕のお母さんの名前がミエイだって。
……いや、ないよ。お母さんの事は何も言っていないし、僕から「僕の母さんはこう言う人なんだよ」って話せる事もないし、話題に出す事もない。
だって、僕のお母さんは僕が小さい時に死んでしまったから。
お母さんの顔も、声も、性格も、まるで覚えていない時の悲劇だった。お母さんの全てを知るであろう父さんに聞いても、あまり詳しく教えてくれない。
だから僕がお母さんの事で知っている事と言えば、強くて優しい女性だったと言う事くらい。
クラーフは、どうして僕の母の名前を言い当てられたんだろう? ミエイさんと、さん付けで呼んだのだろう?
クラーフにしてはとても丁寧で、親しげな呼称だよね。と、僕は呆然としている自分をゴクリと唾と一緒に飲み込んだ。
そして「そう、だけど」と訥々と紡ぎ出す。
「クラーフは、僕のお母さんを知っているの?」
僕が尋ねた、その時だった。
僕の腕輪が甲高いアラートを鳴らし、ブルルッと振動する。
勿論、クラーフのヘッドホンも赤色にチカチカと光っていた。
……嗚呼、出撃命令だ。
『クラーフからの答えが、まだだって言うのに。またこんなタイミングで』
心の中に、憮然とした言葉が並ぶ。
けれど僕は軽く唇を噛みしめて、それを押し殺し、ピッと押した。
ぶわんっと立体映像が開くや否や、物々しい面持ちをしたゾーガ総帥が現れる。
「直ちに出撃し、出現予定ナイトメアの掃討に当たれ」
「了解です」
僕はゾーガ総帥に向かってパッと敬礼して答えてから、出撃準備に走った。
あの一件から、メアに乗るのはこれで二回目だけれど。未だに、メアのコックピットで狂乱するエヴァンスの姿が瞼裏に映る。
でも、メア機一号を操縦する戦士として、いつまでもそこで立ち止まってはいられなかった。
今の僕がやるべき事は早く準備を整え、現れるナイトメアの掃討に当たる事だから。
僕はふうっと小さく息を吐き出してから、ヘルメットとグローブに手を伸ばした。
いつも通りの順番、いつも通りの接続が始まる。
「メアリンク、接続完了」と、流れるアナウンスもいつも通り。
勿論、ガシャンッと大きく機体が揺れ動き、うーうーと腹の底まで響く様な警告音と共に赤い光がぐるぐると回り出す事も。
全部、いつも通りだ。
僕はキュッと唇を結んでから、メアと共に出撃口を駆け上がる。
ピピッとゴーグルにナイトメアが出現した場所の座標が送られると共に、ごうんごうんと物々しくゲートが開いた。
「メア機一号、出撃」
警告音と共に、女性の機械音声が淡々と告げる。
「……さぁ、行こう。メア」
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