6話 それぞれの咎
クラーフがゾーガ総帥の指示通りにスカイボードを飛ばして、犯人の道筋を進んで行く。一歩ずつ犯人の足取りを追っていく度に、心中に出来た黒点がじわりじわりと領土を広げていった。
嫌な予感がする、とっても嫌な予感が。
何とかその想いを払拭したいのに、その想いはどんどんと強さを増していく。それを拭う布すらも、広がる漆黒に飲み込まれているみたいだった。
そんな想いをどうする事も出来ずに居ると、荒々しく飛んでいたスカイボードが止まる。
なんと、僕達の最も大切な居場所である、メア機の保管場所に。
じわりじわりと広がっていた黒が、心の全てを染めきった。
その時だった。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオッ」
メア機の物々しい雄叫びが貫き、ビリビリッと基地内部を震え上がらせる。
「い、今のって」
「クソッ!」
僕の蒼然とした言葉に、クラーフの唾棄が重なった。
クラーフは急いでカードをタッチリーダーにかざして、扉を開く。
扉によって遮断されていた内側が明かす現実に、僕は閉口してしまった。
ここに入れるはずのないリーリエの姿が予備操縦盤前にあるばかりか、メアが「ガアアアッ」と物々しい叫びをあげている。
繋がっている線を自分から引きちぎらんばかりに大きく暴れ、緑に染まるはずの眼も不気味な赤に輝いていた。
「どうしたのよ、どうしちゃったのよっ!」
リーリエが、メアの叫びと負けじ劣らずの大声で叫ぶ。メアの叫びと違うのは、その叫びに滲むのが「焦り」と「困惑」と言う感情である事。
彼女が、そんなものをメアに向ける訳がない……つまりリーリエの叫びは、メアの内に居る誰かに向けられている。
それが誰なのか、なんて考える間でも無かった。
僕が寝入ってしまった間にカードを盗み、ここまで侵入し、メアに乗り込んだのは……
「エヴァンス」
声帯がわなわなと震え、彼の名を弱々しく吐き出した。
けれど、僕のその声はどこに溶ける事もなく、すぐにかき消される。
「あのクソガキ、やりやがったな!」
クラーフが荒々しく唾棄し、あわあわとするリーリエに向かって「そこをどけっ!」と怒号を飛ばす。
リーリエはその怒号にビクッと飛び上がり、慌てて振り返った。
そして僕とクラーフを認識すると、さーっと青ざめた顔を見せる。だが、それは一瞬だった。
前から続く唸り声で、彼女は自分の心を取り戻し、「ハジャ!」と怒声を張り上げた。
「どうにかしなさいよぉっ! 早くエヴァンスを助けなさいよぉ!」
涙声で怒りをぶつける彼女。
僕は、その怒りにハッとした。いや、ようやく自分をがっちりと掴んでいたものから振り切れたのだ。
グッと奥歯を噛みしめ、僕も慌ててメアの方へと駆け出した。
何も言葉を返せなかった僕の代わりに、クラーフが「どけっつってんだろ、クソ女!」と噛みつき、涙を零しながら憤慨するリーリエを突き飛ばして操作盤に手をかけた。
そしてパパパッと素早い手つきで操作し始める。
「メアを壊す訳にはいかねぇんだよっ!」
ダンッと彼女の手が、荒々しく操作盤を叩いた。
刹那、「ヴォオオオッ」と天地を震撼させていた叫びが、不自然にピタッと止まる。
そしてガクンッと機体が荒々しく止まり、ぶうんっと赤色に染まっていた目がくすんだ緑に戻った。
メアがクラーフによって鎮まった。
急撃に訪れる静寂、けれどその内には暴走の余波が元気よく走っている。
……鎮まらない。
機体を繋げている線も。リーリエも。プシューッと煙をあげて、開かれたコックピットの内に居るエヴァンスも、「うああああああっ!」と発狂しているままだった。
クラーフが「ハジャ!」と、階段を駆け上がる僕の名前を叫ぶ。
「強制的に全部外して、アイツを外に出せ!」
「分かった!」
僕は大きく頷いてから、タタタッと急いでコックピットへと駆けた。
そして狭いコックピットにぴょんと飛び込み、大暴れするエヴァンスの力を避けながら、急いでヘルメットとグローブを外しにかかる。
けれど、ガチャッとヘルメットを脱がした瞬間、僕はピタッと止まってしまった。
エヴァンスの目はぎょろりと飛び出んばかりに大きく見開かれているばかりか、白目に黒が滲んでいたからだ。異変は、目だけではない。口からもダラダラっとよだれが零れ、ガクガクと開きっぱなしだった。
「やああああめろおおおおおおっ! ああああああっ! うあああああああっ!」
僕が側に居ると言うのに、彼は虚空を射抜いたまま発狂する。ガクンガクンッと大きく身体も上下させて、何かに怯え続けた。
このままでは、エヴァンスが壊れ続けてしまう。
僕はそう思うや否や「エヴァンス! しっかりして!」と声を張り上げ、大きく暴れる彼の身体を押さえつけながら立ち上がらせた。
すると同時に、ガバッと後ろから何本もの手が伸びる。
僕よりも大きくてがっしりと逞しい手に、僕はハッとして振り返った。
バッとそちらを見ると。大人達が「後は我々が!」と押し詰め、僕にそこを代わる様に端的に命じた。
いつの間に? と思いながらも、僕は素早く大人達と場所を交代し、暴れるエヴァンスを任せた。
数人の大人達にガッと強く抑えつけられたエヴァンスは、ボンッと泡型の
そうして大人達は「エヴァンス! エヴァンス!」と泣き叫ぶリーリエと、苛立たしさを露わに突っ立つクラーフを見向きもせずに、エヴァンスをどこかへと運んで行った。
扉がシューッと閉ざされても尚、彼の叫びが聞こえ続ける。
どんどんと遠のいていく叫びに比例して、この室内には静寂が押し寄せた。
「……アンタのせいよ! ハジャ!」
突然リーリエが怒声を張り上げ、僕をビシッと指さした。
「アンタのせいで、エヴァンスがああなったのよ! アンタがカードをちゃんと保管していなかったせいで! アンタがこんな物に乗る様になったせいで! 出来損ないのアンタが特別扱いされるせいで! エヴァンスがああなったの! ハジャ! 何もかもアンタのせいなのよ! 昔からずっとそう! アンタは他人を苦しめ続ける事しかしてないっ!」
そんなアンタがなんでここに居続けてんのよ、早くスクラップされなさいよぉ! と、口早にまくし立て、猛々しく僕を糾弾するリーリエに、僕の心はグサリと貫かれる。
何も言い返せなかった。リーリエの言う通り、あの時僕が眠らなければこうはなっていなかったから。僕がもっと早くに気がつけていれば、こうはなっていなかったから。
僕がちゃんとエヴァンスにメアの危険を訴えていれば、エヴァンスの内に宿った心に寄り添っていればこうはなっていなかった……つまり僕がエヴァンスとまっすぐ向き合わずにいたから、こうなってしまったんだ。
僕は彼女の叫びに耐えきれず、ギュッと唇を噛みしめて俯く。
その時だった。
「ざっけんな」
クラーフの冷淡な声が割って入ったかと思えば、ガシャアンッと荒々しい音が弾け「キャアアアッ!」とリーリエの悲鳴がすぐ後に続く。
僕がハッとして見ると、リーリエが頑丈な檻に閉じ込められていた。
「リーリエ!」
僕は慌てて「クラーフ!」と、檻を下ろしたクラーフに身体を向ける。
「解放」
してあげて! と、頼み込む言葉がスウッと萎んで消えてしまった。
何故なら、そこに居るクラーフは見た事もない位の激怒に身を纏わせ、辛辣な眼差しをリーリエだけに向けていたから。
今のクラーフに僕が映っていないのは、明白だった。
僕は彼女の激怒に、ゴクリと小さく息を飲む。
「今回の事は嫉妬して、邪な想いに駆られたアイツ自身の責任だ。ハジャが乗れるなら自分も乗れると思い上がったアイツ自身の咎だ」
てめぇら自身の咎を他人になすりつけてんじゃねぇ。と、クラーフは吐き捨てた。
リーリエは彼女の怒りに圧倒され、ビクッと身体を震わせて閉口する。
そして黙らせた彼女を冷酷に射抜いたまま「おい、クソハゲ。聞こえてんだろ」と、ぶっきらぼうに声をあげる。
「この女も連れてけ」
クラーフが淡々と言ってから、数分後。子供管理部の大人が二人現れ、檻に入れられていたリーリエを連れ出した。
「これは全部、ハジャのせいですよ! それなのに私だけ! ? ハジャも連れて行ってください、ハジャも罰せられるべきなんですよぉっ!」と悲痛に叫びながらも連れられていく。
エヴァンスとは真逆の方向へと。
僕とクラーフ、そしてメア。いつもの部屋で、いつもの三人が佇む。
けれど、いつもと同じではなかった。
僕はメアをゆっくりと見上げ、メアの顔をジッと見つめる。
メア、君は本当に危険な存在だったんだね。今まで慣れすぎていて、それを忘れていたよ。でも今、ハッキリと思い出して、痛烈に思い知ったよ。
僕はキュッと唇を一文字に結んだ。
……ねぇ、メア。君はどうして、エヴァンスを受け入れなかったの?
教えて欲しいよ。と静かな願いを込めて、メアを見つめる。
けれどメアは何も言わず、ただ僕を見下ろしていた。
クラーフも、何も言わなかった。
僕は本当に分からなかった。分かっていなかった。
メアの事も、クラーフの事も。
出会ってから時間が経つのに、同じ時間を一緒に歩んでいたのに、僕は何も知らなかったままだったのだ。
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