5話 追う一択だ!
急激にピタッと額に張り付く冷たさに、僕の意識はパッと上昇する。
そしてカッと目を見開くや否や、カナエの不安げな顔と、僕の額に当てたであろう冷たいコーラの缶を持ったクラーフの笑顔が眼前にあった。
「く、クラーフ。カナエ。お帰り」
「お帰りじゃねぇよ! こんな所で寝るなよ、恥ずかしい! お前は、疲れきった親父かってんだ!」
ごもっともな意見に、僕はぐうの根も出ずに「ごめん」と返す。
「寝ようと思ってはいなかったんだけど。いつの間にか眠っちゃったみたい」
「きっと、身体が元々とても疲れていたのよ」
カナエが優しいフォローを入れてくれる。呆れ一色のクラーフとは大違いだ。
「大丈夫? 無理しない方が良いわよ」
「大丈夫だよ、カナエ。本当にありがとね」
本当にを強調して言い、チラッとクラーフに目を向けた。
その目で僕が言いたい事が分かったのだろう。クラーフはチッと鋭く舌を打ち、「コレを買ってあげたのはアタシだからな?」と尊大に告げてきた。
ぶんっと手にしているコーラ缶を荒々しく投げて寄越すと言う、暴挙付きで。
僕は「わっ、とっ!」とあわあわとしながらコーラ缶をキャッチして、「どうもありがとう」と、苦々しく礼を述べた。
すると「フフッ」と、カナエから朗らかな笑みが零れる。
僕とクラーフは、パッと同時にカナエに視線を向けた。
カナエは柔らかく相好を崩し、慈愛に満ちた眼差しで僕達二人を見つめる。
「本当に二人は良いコンビね」
「クラーフと良いコンビなんて、冗談でも遠いよ」「アタシは良くても、ハジャがダメダメ過ぎるだろ」
僕とクラーフの言葉が重なった。
どちらもかかり気味に答えたからか。ほぼ全被りして、どちらも全く聞こえなかった。
でも、お互いに「悪く言っている」と言う事は分かる。
僕とクラーフは、同時にややムッとした顔で見合った。
そして何度も重なる同時に、カナエがフフフッと柔らかな笑みを零す。
「本当に良いコンビだわ、なんだか妬けちゃうな」
や、妬けちゃうな?
サラッと流れた一言に、僕は「えぇ?」と大きく引っかかってしまう。
妬けちゃうなんて言うって事は、カナエ、もしかして……。
いやいや、いやいや。そんな事ないよ。あり得ない、と言うか、あまりにも烏滸がましい思考過ぎるよね。うんうん、うんうん。
僕は一気に舞い上がった自分を直ぐさま叩き落とし、「カナエは皆に優しくて、皆に好きが溢れる子なんだよ」と強く言い聞かせた。
その甲斐あって、僕は手放しかけた平静をパッと取り戻す。
そして「本当にそんなんじゃないよ」と、気軽に否定を飛ばそうとした。
刹那、クラーフのヘッドホンから漏れ出るロックが不自然な所で止まり、クラーフの鋭い舌打ちが打たれる。
「おいおい。ふざけんなよ、グラサンハゲ」
どうやら個別通信が入ったらしいけれど……クラーフが、グラサンハゲと酷い蔑称を付けている人物は一人しかいない。
ゾーガ総帥からの通信? !
僕は大きく目を見開き「何かとっても大変な事が起きたんだ!」と、この個別通信がひどく重要である事を感じ取る……けれど。
「アタシは初めてのバン・ナイトをお楽しみ中なんだよ、じゃあな」
なんと、クラーフはゾーガ総帥から直々に入った通信を自己中な理由でぶち切ろうとしている。
僕はわあああっ! と慌てて、「クラーフ! 駄目だよ!」と諫めようとした。
その時だった。
クラーフの顔がぐにゃりと歪み、「ハジャ?」と僕の名前を怪訝に呼ぶ。
僕は彼女の口から飛び出した怪訝に、ピタッと立ち止まった。
……ぼ、僕の事を聞いているの? ゾーガ総帥が?
僕の胸にも、クラーフと似た怪訝がひょこりと芽を出した。
「何言ってんだ、ハゲ。ハジャはここに居るし、まだまだこっちで遊ぶつもりだよ」
クラーフがぶっきらぼうに答える。
そして何かを言われたのだろう。
クラーフの顔が更にぐにゃりと歪むと同時に、抱く怪訝を僕にまっすぐ向けた。
「ハジャ、今、IDカードあるよな? 持ってるよな?」
憮然と投げかけられた問いに、僕は少し呆気に取られてしまう。
IDカードは、勿論、携帯している。
IDカードの携帯は子供達の義務だし、IDカードがなくちゃ通れない場所があったり、出来ない事も多いからだ。
それなのに、なんでクラーフが……いや、ゾーガ総帥が僕のカードについて尋ねてくるんだろう?
僕の怪訝に、疑問がしゅるりしゅるりと絡まっていく。
僕は「あ、あるよ」と答えてから、ほらと服の裾をぺらりと捲った。
するとクラーフとカナエの顔が、同時にピシッと強張る。
誰が見ても、強張っていると分かる二人の面持ちに、僕は「え?」と唖然とした。
そして僕も、二人が見つめる先に視線を落とす。
「えっ! ?」
自分の口から、素っ頓狂な驚きが瞬時に飛び出した。
入っているはずのカードが、綺麗さっぱり無くなっている。夢か、何かの間違いかと疑いたいけれど、そんな事、僕には出来なかった。
透明なカードケースだからこそ、カードの不在を紛う事なき現実として突きつけられる。
「そんな、どうして……確かに入れてきたし、あったはずなのに」
驚きがひょいと飛び越えて、呆然と言う域に到達した。
「えぇ。確かに、ハジャは持っていたわ。アトラクションに乗る時に見たもの」
カナエが僕の言葉の「真実」を強調してくれる。
「じゃ、じゃあ」
「寝入った時に誰かに取られたんだよ、ボケッ!」
僕よりも先に、クラーフが導き出される答えを荒々しく紡いだ。
……そうとは思いたくないけど、最も頷ける原因はそれしかない。
僕は「ど、どうしよう」と、苛立つクラーフの顔を窺った。
「どうもこうも、カード盗った奴を追う一択だ! 今、大人達は手が回ってねぇから、アタシ達がとっちめるしかねぇ!」
お前のカードが悪用されてみろ、最悪が起きかねねぇぞ! と、クラーフは情けない顔を見せる僕に力強く一喝するや否や、ヘッドホンからカシュッと素早くスカイボードを取り出す。
そしてパッと大きく開いたスカイボードにタッと乗り、「行くぞ、ハジャ!」と僕に手を差し伸べる。
「うん!」
僕は慌てて彼女の手を掴み、「ごめん、カナエ!」と一人置いてけぼりにしてしまうカナエに謝った。
カナエはきっぱりと「良いのよ、早く行って!」と、僕達二人を送り出す。
カナエの言葉を合図に、クラーフがグッとスカイボードを前進させ、バビュンッと空を飛び進んだ。
剛速球で飛ぶスカイボードの勢いに振り切られない様に、僕は必死に彼女の腰にしがみついて飛んでいた。
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