4.5話 そこにあるのは

 カナエとあの女がハジャから離れた……!


 突然訪れた千載一遇のチャンスに、エヴァンスは息を飲んだ。


 ハジャが一人になる瞬間が訪れただけではない。今のハジャは弱っていると言う幸運付きだ!

 快哉を叫びそうになったが。エヴァンスは直ぐさま自制心を働かせて高ぶりを抑え込んだ。

 ふううと長ったらしい息を吐く。


「ねぇ、エヴァンス。ハジャが一人になったわよぉ?」

 見えてないの~? と、隣のリーリエが、一歩遅れて、ハジャの状況を報告してきた。


 エヴァンスはカチャと眼鏡を押し上げて、「分かっているとも」と答える。

「リーリエ。予定通り、ハジャの気を引きにいってくれ。その間、私が横からあれを取る」

「ん、オッケ~」

 リーリエはコクリと頷き、朗らかに駆けていくカナエとクラーフの背を確認してからサッと飛び出した。


 そしてカツカツッとヒールを打ち鳴らして、足早にハジャの方へと駆ける。


 駆け寄った先のハジャは、なんと、ベンチの上でスウスウと小さな寝息を立てていた。


 リーリエはぱちくりと眼を瞬いてから「ハジャ~?」と囁く。

 彼女の確認に、ハジャはスウスウと言う寝息で答えた。


 リーリエは急いでピピッと腕のベルトを操作し、思考文字を働かせ、エヴァンスに状況を伝える。


「ハジャってば、こんな所で寝ているわ。それも、結構ぐっすりよぉ」

 ピピッと送られたメッセージに、エヴァンスは「僥倖!」と呻く様に言った。だが、その顔には満面の笑みが広がっている。


 エヴァンスは急いでパチッとボタンを押した。

 ぶわんっと服が迷彩モードになり、己と世界が同一化する。

 そうなったと分かるや否や、彼もハジャの元へと駆け寄った。


 やはりハジャは寝ているまま……リーリエや私が居る事に、ちっとも気付いていないな。

 エヴァンスはニヤリとほくそ笑むと、彼を起こさない様にしてゆっくりと探った。


 そして見つける、を。

 服のポケットに付けられた透明なカードケースから、エヴァンスはIDカードをゆっくりと抜き取った。


 端から見れば、ふわりと勝手にカードが浮かび上がっている様に見える事だろう。だが、そこに怪奇は一切存在しない。


 あるのは……エヴァンスの欲望と「妬み」である。


 エヴァンスはカードを手にするや否や、バッと踵を返した。そしてダッと駆け出し、元居た場所へと戻る。


 リーリエもその後を急いで追った。

 リーリエが戻った時には、すでにエヴァンスは迷彩モードを解き、世界から切り離された個としてしっかりと存在していた。


「やったわねぇ!」

 リーリエが興奮混じりに言うと、エヴァンスは「ああ」と頷いた。

「これで、あの部屋に入れる! あの黒いレイティアに乗り込めるぞ!」

 エヴァンスは興奮を押し殺した様な声で言い、ギュッとハジャのIDカードを握りしめる。


「何が選ばれし者だ、何が特別な子供だ……ハジャ、お前は出来損ないなのだ。私が今一度それを証明してやろう。そして否定してやろう、お前の存在意義を」

 枠に填められ、強張ったまま動かぬハジャの顔に、エヴァンスは物々しく言い放った。

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