3話 サロン・ボアーにて(1)
それから、基地に帰った僕達はサロン・ボアーと呼ばれる大広間に立ち寄った。
クラーフが「ジュース飲みてぇし、スイーツ食いてぇな」と言ったので、サロン・ボアーの一角にある、食べ物・飲み物何でも揃うレスト・アポロンに寄ったのである。
黒の制服二人組。特に片方の女の子はジャカジャカとうるさいロックを垂れ流すヘッドホン付きと言うのもあって、僕達は周りの子供達からかなり好奇の目を向けられる。
けれど、今の僕にはそんな目を気にする程の余裕がなかった。
何度外そうとしても……あのナイトメアが、僕の心にがっちりと引っかかって取れない。
「勝ったって言うのに、景気悪い顔してんなぁ?」
どうしたんだよぉ? と、クラーフは大きな一口で用意されたチョコレートパフェを頬張る。
もごもごっと大きな頬袋を作り、美味しそうに咀嚼する姿から見るに、クラーフも周りの目は歯牙にもかけていないみたいだった。
僕はそんな彼女の顔をチラッと一瞥してから、「ううん」と曖昧に答えて目線を落とす。
「あのナイトメアの事か」
クラーフのズバッとした指摘が飛んだ。
僕は少し間を空けてから「うん」と、小さく頷いた。
「人語を話したから、気になってんのか?」
クラーフはもごもごっとパフェを頬張りながら尋ねてくる。
僕は「ううん」ともう一度曖昧に答えてから「それも、勿論引っかかるよ」と、独り言つ様に吐き出し始める。
「でも、僕が気になるのはそこじゃないんだ。気のせいだって言われるかもしれないんだけど。あのナイトメアの最後の声が、人間の女の子っぽく聞こえたんだ。泣いている女の子の声って言ったら良いのかな……なんか、そんな感じがしたんだ」
気のせいって言われるだろうけどさ。と、徐々に語勢が弱々しくなり、最後は消えいりそうな声で言った。
すると沈黙がさーっと降りてくる。
あ、そうだ。クラーフの耳には、ジャカジャカとうるさすぎるロックが流されているんだ。こんな声じゃ、彼女の耳に届く訳がないよ。
この沈黙はそういう事だと思い、僕はもう一度ハッキリと伝えようと口を開きかけた……が。
「気のせいじゃねぇだろ」
クラーフのぶっきらぼうな声が返ってきた。
声が聞こえずとも、唇の動きで読み取ったのだろうか? クラーフは、僕の言葉に自分の言葉をまっすぐ返してきた。
「アタシも、聞こえた」
とある女の子の嘆きに。と、ボソリと独り言つ様に言うと、クラーフはスプーンを口の中に深く入れ込んだ。
むぐぐっと堅く閉ざされた一文字の間に、銀色のスプーンの柄がシャキッと聳える。
僕はそんな彼女をまっすぐ見据えながら、「そうだよね」と小さく独りごちた。
「何でだろう……どこかの女の子が見た悪夢だったって言う事なのかな?」
弱々しくクラーフに問いかける。
クラーフはガチッと突っ込むスプーンを噛みしめてから、淡々と流れる時間に逆らう様にして、ゆっくりと引き抜く。
そうしてポンッと小さなリップ音が弾け、スプーンを解放したクラーフの唇が開いた。
「あ」
「ハジャ!」
突然、朗々と貫く僕の名前。
その呼び声によって、クラーフの開いた口がピッと一文字に堅く結ばれる。
僕は堅く閉ざされた口に「あぁ」と小さく悲嘆してから、朗らかに弾けた声の主を探った。
僕の視線が捉えるよりも先に、その子はタタタッと軽やかな足取りで駆け寄る。
「カ、カナエ! ?」
「ハジャ!」
お互いの口から、お互いの名前がポンッポンッと勢いよく飛んだ。
「突然ごめんなさい! でも、ハジャを見つけたら居ても立ってもいられなくて!」
とっても会いたかったわ! 元気だった? ! と、カナエは可愛らしい笑顔で言う。
以前よりも笑顔が可愛らしいと思うのは、久しぶりに見るカナエだからだろうか?
僕はフフッと柔らかく相好を崩して「本当に久しぶりだね、カナエ」と答えた。
「僕は何とか元気にやれているよ」
「そう、それは良かったわ! 私、心配していたのよ。ハジャは元気かな、大丈夫かなって。ほら、ハジャが特別班に移ってから、私達とんと会わなくなったじゃない?」
だからね、私、寂しくもあったのよ。と、カナエはしゅんっと寂しさを露わにして言う。
嗚呼、本当にカナエは優しいなぁ。今のカナエの優しさが胸に来るのは、多分、ここ最近ずっとクラーフと一緒に居るからだろうなぁ……なんて、本人の前だから言えないけどさ。
僕は溢れそうになった独り言を唾と一緒にゴクリと飲み込み、奥に仕舞い込んだ。
そして「ありがとう、カナエ」と口元を柔らかく綻ばせて言う。
「カナエの方はどう?」
「私の方は相変わらずよ。ありがとう」
カナエはフフッと口元を綻ばして言うと、クラーフの方を向いた。
クラーフは第一印象が恐ろしく悪い。(まぁ彼女を知った後の印象も、あまり好転しないものだけど……)
だからカナエも会話する事を躊躇うか、引いてしまうかと思った……けれど。
「お話中だったのに、突然ごめんなさい。私、ハジャの前のチームメイトでカナエって言います」
臆する事も、怯む事もなく、カナエは柔らかな笑顔を称えたまま名乗った。更には「よろしくお願いします」と丁寧に挨拶し、サッと握手を求める。
わお……流石、カナエだよ。正反対に居る様な存在にも、優しく挨拶をするなんて。
もうすでに分かりきっていた事だけれど、僕は更にカナエの人柄の良さを痛感した。
これなら流石にクラーフも、快く会話に応じるはずだよね。
エヴァンスの時みたいにはならないはずだと、僕もクラーフの方をチラと窺った。
クラーフはカナエを上から下まで静かに見てから、ボソリと言い放つ。
「アタシの勝ちだ」
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