ナイトメア~悪夢を晴らす、子供たち~
椿野れみ
1章 第1話 出来損ないの僕
「ハジャ、元気出して。次はきっと出来るわ、大丈夫よ」
落ち込んだ僕の頭の上から、母の様に優しい声音が降ってくる。
するとすぐに「そんな慰めをかける方が可哀想よ、カナエ~」と、別の声が落ちて来た。
「コイツは自分が出来損ないの子供だって、もう分かって来ているのよ~?」
ね~? と、一番目の声よりも高くて、甘ったるい声音をしているけれど。口調の刺々しさだけは強かった。
「辞めないか、リーリエ」
三番目の少し低い声が、二番目の声の主に物々しく噛みつく。けれど、僕は分かっているんだ。
その後に続く言葉は彼女への諫言ではなく、僕への叱責である事を。
「出来損ないと言う甘い言葉で片付けるから、コイツはいつまで経っても成長しないのだ。戦士として役に立たぬ子供なんて、存在価値がまるでない。これくらい同班である我々が言ってやらねば」
二番目の声よりも厳しい言葉が綺麗に連なったけれど、僕的には「ほらね?」だ。
この声の主、エヴァンスは心技体とどれを取ってもエリートで、性格も高尚な大人っぽいから。同じ班である僕が不出来である事を一番嫌に思っているんだ。
そして一番目の声の主、カナエが「エヴァンス、言い過ぎよ! ハジャに謝って!」と声を上げて、「私は正論を言ったまでだ、謝罪を述べる必要は微塵もないと思うが?」と冷静に反論するのが、お決まりの流れ。
僕は抱え込んでいた膝の小さな隙間に、ふうと小さく息を吐き出してから「良いんだよ、カナエ」とおずおずと頭をあげて言う。
伸びている長い前髪がサラリと流れ、視界の上部に黒くて小さな川が入り込んだ。
「エヴァンスの言う事は何も間違っちゃいないんだから」
落ち込んだ口角を無理やりあげ、涙が涸れてカピカピになった目をヘラリと細める。
「ハジャ……」
「分かっているなら、自分の存在価値を少しでも上げようと努力しろ」
カナエの弱々しい声に、エヴァンスの尊大な声が堂々と重なった。
僕は「本当にごめん」とエヴァンスだけに答える。
「でも、僕も怠っている訳じゃないんだよ。何度も訓練は」
「努力した所で戦えないなら、ここには必要ない」
エヴァンスは僕の言葉をバッサリと遮り、カチャとかけている眼鏡を押し上げて告げた。
填められたレンズが、ギラリと鋭い眼光の様に光った。
僕の口は、その光によってピタリと一文字に閉ざされる。
「我々の温情に甘え続けるのも結構だが。我々だけでなく、大人達も直にお前を
エヴァンスは淡々と僕にぶつけると、ふんっと荒い鼻息を吐き出してクルッと踵を返した。
そしてツカツカと響き渡る様に、ブーツの踵を床に大きく打ちながら僕から離れて行く。
エヴァンスだけじゃない。リーリエも、「ひゃ~、キッツ~!」と楽しそうに笑いながら、彼の背に付いて行った。
遠ざかる二人の背が二つの眼にしっかりと映してしまうと、涸れた水源からズキリと痛みを伴いながら潤いが仄かに湧く。
僕はそれを誤魔化す様に、サッと目を細めてカナエを見据えた。
「カナエも行きなよ。僕は大丈夫だから」
「行けないわ」
カナエは悲しそうな顔で食い下がる。
本物の優しさを心根から持っているからこそ、惨めな僕を放っておけない。だからこそ僕はすぐに「本当に大丈夫だよ」と、その手を離す様に促した。
それでも、カナエは「でも」と僕を泣きそうな目で見つめ返す。
「ハジャだって、私の大切な仲間なのよ」
「君は本当に優しいね。ありがとう、カナエ。でも」
僕が笑顔で礼を述べた、その時だ。
ウーウーと腹の底まで響く様な低い警報音が鳴り響き、「ナイトメア出現、ナイトメア出現」と女性の機械的な声が淡々と告げる。
カナエはその警告にハッとし、僕とエヴァンス達の背を交互に見た。
「カナエ」
僕はこの状況になっても迷う彼女の名をハッキリと呼ぶ。
「君は、早く行った方が良い」
僕がきっぱりと告げると、ようやくカナエはキュッと唇を結んだ。そしてキリッとした眼差しで「ごめんね、ハジャ」と告げてから、足早にそちらへと駆ける。
同じ班でありながら、同じ子供でありながら、僕には入る事が出来ない「そちら側」へと。
「そうだよ、カナエ。レイティアに乗れず、ナイトメアと戦えない子供に構う必要なんて全くないんだよ」
僕は振り返らずに駆けていく彼女とエヴァンス達を見つめながら、ボソリと呟いた。
そうして慌ただしく「そちら側」へ駆けていく子供達の流れに逆らいながら、ゆっくりと歩き出したのだった。
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