怒って動け
大沢たちを振り切った筧は
愛する者の元にシボレーを走らせた。
この期に及んで思い切った事をしちまった。
少しヤケクソだ。でも、やはりキヨを失う訳にはいかない。 あぁ。きっと上手くいく。
冷静さを取り戻した筧は一つの事を考えた。
あの若造がキヨを一人で?
どうやってあんな奴が?
「・・・・」
筧はこれからの事を思案しながらハンドルを
握った。
勇次が突然車を降り、どこかへ消えた。
鉄男はあまり気にしなかったが、 しばらくして外の空気を吸う為に車を降りた。
ヒンヤリとした夜風に顔を晒していると、
どこかから勇次が帰ってきた。
「どうした?」
「いえ、ちょっと」
「おい」
運転席に戻ろうとする勇次を鉄男が
呼び止めた。
「はい?」
「お前、これが済んだらどうする?」
「・・・・誘拐犯として動いたのは
紛れもなく俺だから、警察行くしか
ないですよね」
鉄男は煙草を咥え火を点けると
ー何かを心構えする様にー
大きく煙を吸って吐き、
「・・・・その、なんだ。 俺の言う通り
やってりゃ、危ねえ事になんか
ならなかったのによ」
ぶっきらぼうに言った。
勇次は鉄男を驚きの表情で見たが
すぐに苦い表情になりー
「まあ、俺の人生なんてこんなモンなんですよ」
諦めの口調で言った。
鉄男が吸ったばかりの煙草を地面に
叩き落とすと、踏み潰しー
「・・・・てめえ、ムカつくな」
歯の隙間から絞り出す様に言った。
「?」
「諦めの早え野郎だっつってんだよ」
「!」
「今までも自分の現状を嘆いて 勝手に腐って地下深くに引き籠ってたんだろ?」
「・・・・俺だって、自分の事どうして
いいかわかんなくて。 いつも何とかしなきゃっていつも思ってますよ。 けどー」
「・・・・」
「けど、俺はこんな性格だから 廻りから
良く見られないし。 こうなったのも、自分のせいだし」
鉄男は呆れた様にため息をついた。
「お前は自分の非を認める事で現実から
逃げてんだ」
「え?」
「自分の非を認めるってのは聞こえはいいが、
てめえの場合そう思う事で 自分に甘んじて全てを諦めてんだよ」
「!」
勇次は拳をギュッと握り、初めて鉄男を
睨んだ。
「あんたに何が分かるんですか!?」
勇次は殴られる覚悟で声を張った。
ハイエースの後部ドアが開き、
直也が顔を出すとー
「おい植田、何騒いでんだよ?」
睨みつけて言った。
「なんでもねえ。さっさと用意しろ!」
意外な鉄男の喝に直也は身体をビクッとしー 「・・・・はいよ」
怪訝な表情で渋々ハイエースを降り、
駆け出した。
「・・・・不幸になる人間が100%悪いなんて事はねえ。 詐欺に遇う奴、 放火されて家失う奴。 自分のせいじゃなく、 不幸な境遇に陥っちまう奴は山ほどいる」
鉄男は新しい煙草を咥えたまま言った。 「・・・・俺は、今の自分の話をしてんですー」 「その”今のお前”ってヤツを形成したモノを思い出せ。 お前を捨てた親か? いじめた友達か?
陰険な先生か? 振られた女か?」
「・・・・思い出してどうすんですか?」
「怒れ。怒って動け」
「動く?」
「ああ、動け。綺麗事は要らねえ。 てめえの事を理解しねえ他人のせいにして、 それでやる気が
出んならそうしろ」
「!」
鉄男は新しい煙草に火を点け、
大きく煙を吸うと ー苛立ちを解き放つ様にー
吐いた。
「俺ら兄弟もガキの頃、親に捨てられた」
「?」
「そっからは不幸のどん底だ。 親戚の家
たらい回しされてまともに学校にも行けず、
就職も出来ないでずっと底辺であがいてきた」 「・・・・」
「俺らはクソみてえな日々に 押し潰されて今まで生きてきたんだ」
鉄男は奥歯をギリっと噛んだ。
「俺らは、俺らをこんな目に遭わせた連中を
見返してえと思った。だから動いた。 ・・・・
まあ褒められた内容じゃねえがな」
鉄男は自虐的に笑うと、勇次を見据えー
「で、今はてめえのお陰でとんだ トラブルに
見舞われたが俺らはやる」
力強い眼で言った。
「・・・・なんでそんなに頑張れるんです?」 「あ?どん底にいたくねえからに
決まってんだろ!」
「・・・・」
勇次はポケットから煙草のソフトケースを
出し、 最後のを一本を咥えると100円ライターを取り出した。
『カチッカチッ』
煙草と共に筧から受け取ったライターは
もう完全に火が付かなくなっていた。
仕方なく咥えていた煙草を手に取り、
何か考えるとー
「・・・・あの。お礼言う事があって」
丁寧に言った。
「お礼?」
今度は鉄男が驚いて勇次を見た。
「ゆうべ、俺の事色々聞いてくれましたよね?」 「?それがなんだ?」
「正直言って、嬉しかったです」
「はあ!!?わ、訳わかんねぇ事
言うんじゃねぇ!」
鉄男は戸惑い、妙にアタフタしながらー 「・・・・ほらよ!」
自分のライターを勇次に投げ渡した。
「ありがとうございます」
勇次は小さく微笑むと 改めて煙草を口に咥え、火を点けた。
2人で大きく煙を吸って吐いた。 静かだった。
その静寂をエンジン音が破った。
「!来たぞ」
鉄男の言葉に勇次が目をやる。
対岸の川沿いを走るシボレーが 菖蒲(あやめ)橋に進入しようとしていた。
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