収束?

 初台から60分掛け、川崎新町にやって来た

一郎は停車したタクシーから降りると、

目の前にある潰れたアダルトDVDショップに

目を留めた。


「ここか?」


 持っていたスマホにもう一度目をやる。

犯人から得た住所を打ち込んだ地図アプリは

間違いなくこの場所を指していた。


 一郎は通電していない元・自動ドアに手を

掛け、 強引に横にスライドさせると店内に足を

踏み入れた。


「賢!賢!」


 45平米ほどの手狭な店内、かつてDVD

ソフトが 大量に陳列されていたであろう幾つもの スチール製の棚がそのスペースのほぼを占めて

いた。


 腕時計に目をやると17時過ぎ、陽が暮れて

いた。


 電気も無い店内で目を凝らす。 夜目に慣れる

までがもどかしかったから

スマホのライトを目の前にかざした。


どこだ?


  それと同時にもう一つの事が頭を過(よぎ)る。


 筧の奴は、あの男をちゃんとアジトまで尾行

出来てるのだろうか? もしあいつがミスしたら、どうしてくれるんだ!?


 ヤキモキしていた時、奥の方で微かに

くぐもった声が聞こえた。


「?・・・・」


 断続的に続く声の方へスマホの灯りをかざす。  声を辿る為 敢えて自分は声を出さず、足音を

立てない様に店内の一番奥へ向かった。


 やがて建物の一番奥、従業員用の小部屋の前に辿り着いた。

 ドアの向こうの声に改めて耳を澄ます。


 ・・・・筧、後は任せたぞ。犯罪者なんかに

一銭も渡さないからな。


 一郎は息を呑むとドアノブに手を掛け、一気に引いた。



 美波は、ローテーブルの抽斗を閉めると自分の部屋から出た。 ドアを後ろ手で閉め大きくため息を吐く。


「・・・・」


 顔を伏せた時、ポケットの中のスマホが

鳴った。 慌てて手に取る。夫の番号が表示されていた。 震える手で通話ボタンをタップする。


「もしもし!?」


 ーもしもしー 夫の声だった。

 一瞬躊躇する、だが今はそれどころじゃない。


「もしもし!?賢は!!?」

 美波は思い切り声をあげた。


 ・・・・。 何故か夫の返答がない。

それが数分、数時間に感じられた。


ーお母さん!ー !!!

唐突に耳に入ったその声。聞き間違える筈は

無い。息子の声だった。

 美波の目から一気に涙が溢れ出た。


「賢!賢!!」


 美波は嗚咽を堪えず、ただただ息子の名前を

叫び続けた。ずっと。ずっと。



 勇次は身を縮めながら、初台坂上から20分

ほどの徒歩移動で 幡ヶ谷駅前まで来ていた。


 今頃、大騒ぎになっているだろう。 なんせ

警察官と揉め事を起こして、逃げて しまったの

だから。 しかもあの警官に紙袋の中も見られて

しまった。


 なるべく人目を避ける様に

ーといっても、こんな都心では無理があるがー

ここまで やってきた。


 そこから更に甲州街道から幡ヶ谷駅前通りに

入る。 足が痛い。。。

 代々木上原方面に2キロほど やっとの思いで

進んだところで足を止めた。


 ガラケーの時計に目をやる。

 指定された 18時30分にギリギリ間に合っていた。


 陽は完全に落ち、真っ暗だ。 謎の男に電話で

指定されやってきた目の前の場所は 今は稼働していない車検場の様だった。


 正面の大きな鉄製の門に目を留めた。 観音開きのその門は、人1人が入れる位に 開いている。

ガラケーの『設定パネル』を開き、 『ライト』の項目をタップする。 微かな光を頼りに辺りを

見回し、誰もいないのを確認すると 門の向こうに足を踏み入れた。


 小さな灯りを左右に振る。 鉄筋造りの建物に

車輛が進入出来る様に5つのレーンが見える。

 一番左端のレーン上を進み、中へ入った。

 ガラケーを自分の動きと同期させながら辺りを見回す。人の姿はない。


 ・・・・本当に誰もいない?暗闇が多くを

占めるこの空間ではそんな事はわからない。

慎重に見回す。


 まずわかった事は、やはり潰れた車検場だ。

今は当然、車の1台も 見当たらなーくなかった。 1台だけあった。 古びた国産 白のセダンが建物の一番奥に駐車 ―というより乗り捨てられたーされていた。 近づいて見てみる。 状態は非常に悪く、タイヤも潰れ、ボディの所々の 塗装が剥げ落ちている。


 これだ。謎の男が透き通る声で俺に

指示したのは。


 静かに。。。トランクに手を掛けた。


 灯りをやった先、その中には何もなかった。

 勇次は手に提げていた紙袋をそこへ置き、

トランクを閉めると踵を返し、闇の中へ消えた。



 筧はスマホの灯りをかざしながら、ボロの白のセダンの傍らにやってきた。 この車検場もガキを監禁したDVDショップ同様、手つかずの

物件だった。


 ここの経営者だった小林という男とその家族は 現在は離散し、ここを手放していた。


 小林と出会ったのは現役時代だった。

 といってもそいつは俺が担当していた反社ではなく、 (真っ当な)ただの経営者だった。


 当時、一つの事件(ヤマ)を解決した後、この

辺りに 住んでいた女に会う為に深夜の道を

歩いていた。


 その時、通りかかった児童公園の中から女の

すすり泣く声が聞こえた。

 声に導かれるまま中に歩を進めると 数メートル先、ジャングルジム傍の地べたに男女が不自然な形で重なっていた。

 上にいた小林がこちらを見ると顔を

青褪めさせ 女から離れると、剥き出しの下半身に慌てて下着とズボンを履かせ よれついた足取りで闇の中に消えていった。


 両手で顔を覆い、下半身を剥き出しにしたまま泣き咽ぶ 20代くらいのOL風の女を軽く

一瞥すると公園を出、 小林をすぐに捕らえた。


 ”見逃してください!”刑事だと名乗った俺に

小林は命乞いをした。



、、、、見逃してやる代わりに毎月毎月金を徴収した。


 やがて2人の娘がいる奴は、

そのストレスからかーというより、 そもそも病気だったんだー他所でまた部活帰りの女子高生を

襲い、強姦未遂で現行犯逮捕された。

で、その後は、、、。


 見境のねぇ猿が。そこそこイイ金ヅル

だったのによぉ。


 ・・・・だがまぁ、今こんな形で俺の役に

立ってんだ。 生きてんのか、死んでんのか

知らねえが許してやるよ。


 口の端、声に出さず笑いながら、セダンの

トランクを一気に引き上げる。

スマホをかざしながら。


 灯りの中、

紙袋ーその中から見える大量の現金ーを

見て大声で笑い飛ばしたくなった。


これは我慢出来ない、仕方ない。


だが!人生でこれ以上ないくらい自分を律し

それを堪えた。


張り上げてしまった声を誰かに耳にされるのは

よろしくないから。


夜目にも慣れてきた。大きく息を吐き、スマホをズボンのポケットにしまうと 薄っすら見えている紙袋を抱え満足げに踵を返す。


「?」


視線の数メートル向こうに、人影さが見えた。

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