CHAPTER3-1 身辺調査
直也は大量のコンビニレジ袋を
鉄男の前に置いた。
「酒にツマミ、弁当にサンドイッチ、それとー」
続けてコンビニのモノとは別の
大振りなレジ袋を嬉しそうに置き、
縛り口を解く。
「特上だぜ」
袋の中には握り寿司が詰められた
四角いパックが幾つも入っている。
「おい、贅沢すんじゃねえよ」
鉄男は呆れながら、弟を窘めた。
「今週末に赤字で店を畳むチェーン店の
寿司屋があってさ。店長がヤケクソで
安売りしてたんだ。祝勝会だし、いいだろ?」
「気が早えよ。てか、あの2人連れてこい」
鉄男は、弟に言うと寿司のパックを1つ
手に取った。
少年を肩に担いだ直也がピョンピョン
跳ね乍ら後に続く勇次を従え、
鉄男の元へ戻って来る。
鉄男は缶ビールを手にマグロの
握りを頬張っていた。
「ここ座れ」
直也は鉄男の向かいのパイプ椅子に
少年を座らせ、両手の拘束を解いた。
「お前もだ」
直也に促され、勇次も賢の
隣のパイプ椅子に腰を下ろす。
「ほれ、飯だ」
勇次は頭をペコリと下げる。
「・・・・あの、手を解いてー」
「お前じゃねえよ!」
「!!」
直也は勇次を怒鳴りつけると、
少年の前にサンドイッチとパックの
オレンジジュースを置いた。
お腹が空いてたのか、
少年はサンドイッチの包装を急いで剥がすと、
口を大きく開け、齧りついた。
勇次は横で見ているだけ。。。
「お前は飯抜きだ」
直也はそう言うと鉄男の隣に腰を下ろし、
缶ビールのプルトップを開けるや、
一気に呷った。
「ぷはあっ!美味え!!」
続けてマグロの握りに手を伸ばす。
「美味っ!!」
そう言うと、幾つもの握りを
次々と口に放っていった。
「おい」
鉄男が、目の前で直也を羨ましそうに
見ている勇次を見据えて言った。
「は、はい!」
勇次は背筋を伸ばして、鉄男に目をやる。
「羨ましそうに見てんじゃねえ」
「・・・・すみません」
鉄男の前には、勇次のトートバッグ、
その中に入れていたノートPC、小さな
冊子が置かれていた。
その傍には、先程奪われたスマホと財布、
財布の中から抜き出した免許証が。
鉄男は小休止とばかりに煙草を口に咥え、
100円ライターで火を点けると
美味そうに煙を吸い込んだ。
「あ?」
勇次が今度は鉄男を羨ましそうに見ている。
「なんだよ?」
「あ、いえ」
鉄男は舌打つと勇次から目を外し、
再び煙を大きく吸い込みと吐き出す。
また視線を感じた。見ると、勇次が
目線は外しているが紫煙を鼻で
大きく吸い込んでいる。
「なにしてんだ?」
「え?」
「煙草吸いてえのか?」
「いえ、禁煙してるんで・・・・」
「禁煙?」
「禁煙啓発本を読みまして。やっぱ身体に
良くないですし、お金も掛かりますから」
「の、割にゃ美味そうに吸い込んでた
じゃねえか」
「・・・・まあ、この状況は
かなりのストレスでして」
「んだと?」
「いえ!すみません!!」
「ちっ」
鉄男は、免許証を手に眺めた。
「名前は植田勇次、か」
「はい」
「年は、21か」
「はい」
「住まいは、東中野」
「はい」
「1人暮らしか?」
「はい」
「実家は?」
「埼玉です」
「近いじゃねえか」
寿司に夢中になっていた直也が
割り込んで言った。
鉄男は弟の言葉に頷くと、質問を続けた。
「じゃあ、親は埼玉にいるんだな?」
「えっと、わかんないです」
「あ?」
鉄男は弟と見合った。
「わからないってどういう事だ?
嘘はつくんじゃねえぞ」
直也はポケットナイフを取りだし、
勇次に突きつけた。
「う、嘘じゃないです!聞いてないんで」
「聞いてない?」
直也が眉を潜めた。
「どういう事だ?」
鉄男も眉を潜め勇次に聞いた。
「じ、自分が家を出た後、引っ越したみたいで」
「なんで息子のお前に引っ越し先、
言わねえんだよ?」
直也の問いに勇次は俯く。
「中学の頃、父親が再婚しまして・・・・
その、再婚相手と自分が・・・・」
「上手くいかなかったってのか?」
鉄男の問いに勇次は首を縦に振った。
「それでその内、父親とも上手く
いかなくなりまして」
「追い出されたのか?」
鉄男が言った。
「自分から出ました。新しく子供も生まれて、
自分の事なんて邪魔だろうから」
勇次はそう言うとまた俯いた。
「いつからだ?」
鉄男の問いに勇次は再び顔を上げ、
「はい?」
鉄男が持っていた缶ビールを床に叩き付ける。
「聞き直すな!」
「は、はい!」
「てめえみてえな、オドオドした野郎
ムカつくんだよ!!」
「すみません・・・・」
俯く勇次。
直也が笑いながらコハダの握りを放り、
「鉄ニイを怒らすなよ。チョーパン食らうぞ」
「チョーパン?」
「鉄ニイのは最強だからな。前に食らった
ヤクザもんがギャン泣きしたんだからよ」
鉄男が直也の額にデコピンする。
「痛あっ!」
「名前呼ぶな、って言ってんだろ」
「あ。ごめん」
「いつからだ」
鉄男はため息をつくと、新しい
缶ビールに手を伸ばした。
「で、いつからだ?」
「高校2年のときです。高校は中退しました」
「それ以来、両親とは会ってねえのか?」
「はい。というか 正確には
”両親”じゃないです。・・・・戸籍上の
母親は全くの他人なんで」
「どっちでもいいだろ!!」
「すみません!!」
「おい、恋人とかは?いねえのか?」
直也が再び割り込んだ。
「いません。モテないんで」
直也は勇次をマジマジと見つめ、
「だろうな。じゃ、仲のいい友達は?」
「いません。人に好かれるタイプじゃ
ないようで・・・・」
「ナヨナヨしてっからだ」
鉄男は鼻で笑った。
直也は食い下がる。
「ならよ。仕事の上司とか先輩後輩で
お前の事、凄え可愛がってる奴とかは?」
「・・・・フリーターでして。
今日クビになったバイトでも
そういった人には巡り合わずで」
勇次は恥ずかしそうにまたまた俯いた。
「フリーターの割にゃ、本職みてえじゃねえか」
「え?」
勇次が顔を上げると、鉄男がいつの間にか
冊子を眺めていた。
直也も冊子を覗き込み、
「絵本?お前が作ったのかよ?」
勇次に聞いた。
不思議な動物が描かれた表紙に
『さく・え うえだゆうじ』とある。
「まあ・・・・」
勇次は恥ずかしそうに小さく答えた。
「見た目だけじゃ、わかんねえ事もあんだな」
直也は、思わず出た感心を隠さずに言った。
「まあ、お前が何してようがどうでもいいが、
今さっき言った事、ホントに嘘じゃねえな?」
冊子をテーブルに放って、鉄男が言った。
「おっと、そうだ」
直也が思い出した様に、再びナイフを
勇次に突き出す。
「嘘なら、タダじゃ済まさねえぞ?」
「だ、だから、嘘じゃないですって」
鉄男が直也を制す。
「よせ」
「くそっ。身代金取ろうにも、
金払う人間がいねえとはよお。
こいつ、生きてる価値ねえわ」
直也はナイフを下げるとかぶりを
振って言った。
「・・・・自分なりに頑張ってるんですけどね」
勇次は自分でも気づかずに怒気が
溢れた声を出していた。
一瞬、呆気に取られた直也が薄笑いを浮かべ、
勇次を見据える。
「ぼっち野郎。急に反抗的じゃねえか」
「・・・・ぼっちは下向いて生きなきゃ
いけないんですか?」
勇次は自分でも驚くほど、引かなかった。
直也はまたナイフを出すと、テーブルに
身を乗り出し、勇次の胸ぐらを掴んだ。
「い、言い過ぎました!すみません!!」
勇次はすかさず前言撤回とばかりに
両手を上げホールドアップした。
「よせって言ったろ!」
鉄男の怒声がその場を制圧する。
直也は渋々、勇次から離れる。
「今度舐めた口きいたら、ただじゃおかねえぞ」
「・・・・」
直也から最後通告を受けた勇次は
自分が情けなくて、口を結んで下を向いた。
そんな勇次の目の前に、突然
サンドイッチが差し出された。
「え?」
驚いた勇次が隣に目をやると、
少年が少し照れた様な表情を浮かべている。
「一緒に食べよ」
少年の言い方はとても優しかった。
「こらガキ、それはお前のー」
身を乗り出した直也を鉄男が制する。
「・・・・いいよ。君の分が減っちゃうから」
「いらないの?」
少年は本当に心配そうに言った。
「うん。大丈夫」
お腹は減ってるけど、そう答えた
今の勇次にはそれだけで満足だった。
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