CHAPTER3-2 少年について 仙道兄弟について
2
鉄男はパイプ椅子に腰掛け、
スチールデスクに足を乗せたまま
缶ビールを呷り、煙草を燻らせていた。
テーブルの向こう、鯖の握りを頬張る
直也が、そんな兄に不満げな顔を向けた。
「てか、あの使えねえ小僧どうすんだよ?
金も取れねえんじゃ置いといたって
しょうがねえじゃんか。
やっぱ殺しちまわねえか?」
「俺らの優先順位は、チビの親から金を
せしめる事だ。それまで余計な事はしたくない」
「けどよ」
「金の事を第一に考えろ。野郎の事は
それからでいい」
そう言って鉄男は缶ビールを呷った。
勇次と賢は、改めて両手両足を拘束され
事務所のソファに腰掛けていた。
”騒ぐことはない”、と判断されたのか
今度の賢は猿轡をされていない。
「・・・・あのさ」
勇次の言葉に賢が顔を上げる。
「サンドイッチ、ありがとね」
「え?でも、食べてないし」
賢は怪訝な表情で言った。
「いいんだ。ただ、嬉しくてさ」
「嬉しい?」
「うん。人に親切にされたの
なんて久しぶりでさ」
「ふ~ん」
賢は素っ気なく返事するだけ。
「・・・・あの、かなり喜んでるんだけど」
「お兄ちゃん、名前はユウジって
言うんでしょ?」
「俺?そう。君は?いくつ?」
「ケン。エンドウケン、8歳」
「ケン、か。カッコいいね」
「全然良くないよ」
賢は不満げに言った。
「 僕のケンは“賢い”って書いて賢、
なんだけど僕は全然賢くないんだ。
勉強嫌いだし」
勇次は言葉に詰まる。
「ねえ、お兄ちゃんは自分の
名前気に入ってる?」
「え?・・・・そういえば、
気に入ってないかも」
「一緒じゃん」
賢は同志を得た様に笑った。
「 “ユウジ”の“ユウ”は“勇気”の
“勇”って書くんだけど、俺、勇気なんて
全然ないからなあ」
勇次は自嘲気味に笑った。
「親もなんでこんな名前つけたんだか」
「ねえ。本当のお母さんはどうしたの?」
賢の問いに勇次の表情が昏くなった。
「・・・・死んだよ」
「そうなんだ」
「俺にとっての母親は、あの人だけだから」
勇次は込み上げそうなモノをぐっと堪えた。
「だから、新しいお母さんやお父さんと
仲悪くなっちゃったんだ?」
「うん・・・・」
「僕もだよ」
「え?」
「お母さんはいつも仕事で、僕は毎日
1人でお留守番。晩御飯も1人なんだ」
「・・・・」
「今日も朝、お母さんと喧嘩ちゃったし」
賢は寂しそうに言った。
「・・・・お父さんは?」
勇次は賢を少しでも明るく出来たら、
の意味で聞いた。
だが、賢は首を横に振った。
「お母さんと一緒。いつも仕事でいない。
それに本当のお父さんじゃないし」
「え?」
「だから、僕の事なんて好きじゃないんだ」
「そんな事―」
「わかるよ。僕、勉強は出来ないけど
そういうのは馬鹿じゃないから」
賢は自信満々に言った。
直也は缶ビールを呷りながら
ガラケーの画面を見ては
ちょこちょこタップしていた。
「何見てんだ?」
対面の鉄男が聞く。
「やっぱ心配でさ。ガキが攫われた事、
ニュースになってねえか?って」
「バカ。大丈夫だ」
「ああ、それらしいモノはなかった。
だから今はさ、ホッとしてっから
芸能ニュース見てる」
鉄男はため息。
「ホント好きだな、そういうの」
画面を見ていた直也の表情が急に強張った。
「なに!?里穂がYou Tuberと
熱愛だと!?」
「里穂?」
鉄男が付き合ってやるよ、とばかりに聞く。
「知らねえの?今、一番売れっ子な
アイドルだよ!」
直也はガラケーを持つ手をワナワナ震わせる。
「アイドル?んな世界でのし上がろうと
してる女が清純な訳ねえだろ。余計な自己顕示欲の塊だ。夢見るなバカ」
鉄男は呆れた表情で言うとイカの握りを
頬張り、缶ビールを呷った。
「クソが!こういう知りたくねえ
事を載せんのマジで止めろっての、
マスゴミがよぉ!!」
直也は今までの事が無かったかのように
ガラケーをOFFった。
そんな弟を見ながら、鉄男は何かを
思い出した様に微笑んだ。
それを見た直也が怪訝な表情を浮かべる。
「あ?笑い事じゃねえよ、俺は真剣だぜ」
「バカ。不細工なアイドルなんかの事じゃねえ」
「は?」
「・・・・ガキの頃、お前の為にくすねたパンを
逆にお前がくれようとした事あったよな?」
直也は不機嫌な表情になり、
ガラケーを放った。
「・・・・さっきの見て言ってんのか?
よしてくれよ。昔なんか思い出したって
いい事なんかねえじゃんか」
「・・・・」
そう、弟の言う通りだった。
俺たち兄弟はガキの頃からいい事
なんてなかった。
2人きりで生きてきた。だから、絶対に
この誘拐は成功させる。
鉄男は手にしたガラケーに、マイクの
着いたミニプレーヤーの様なモノを接続した。
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