誘拐犯になっちゃいました

ミヤシタケンサク

CHAPTER1 当たり屋

 秋空の下、2tのゴミ収集車が雑居ビルの前で停車し、作業員の沼田明が助手席のドアを開けて飛び降りると声を張り上げた。

「植田君、さっさと降りて!」

 車内でウトウトしていた植田勇次はハッと目を開けた。

 隣の運転席に座る老運転手が顎で“行け”と指図する。勇次は慌てて車を降りると、先に作業していた沼田と共に多くのゴミ袋を手に取り、次々と巻き込み式の箱に放り投げていく。


 黙々と作業が出来るバイトは無いか?

そう考え、勇次はこのゴミ収集を選んだ。

 が、まだ働き始めて日の浅い勇次は既に

後悔していた。臭いもキツイいし、思った以上に体力がいる。


 21歳になるまで、特段運動というものに

触れてこなかった。というか、苦手だった。

特段、勉強が出来るわけでもなかったから

家庭教師みたいなバイトも無理。

 いよいよ、自分に出来る事は何が

あるんだろう?

勇次はそう考えながら黙々と作業を続けた。


 回収をすべて終えると、ギューギュー詰めの

車内に戻り次の回収場所へ向かう。

 このバイトを選んで後悔した理由はもう一つ

あった。それは移動中の車内。

人付き合いの苦手な勇次にとって力仕事と同等かそれ以上に辛い事だった。

 勇次は老運転手と沼田に挟まれ、黙って前を

見据えていた。

「植田君さぁ、年幾つ?」

 沼田が聞いてくる。

「え?えと、21です」

 ・・・・それ以上の会話が出てこない。

 沼田は小さく息を吐くと勇次に話しかけるのを止め、スマホを取り出し画面をいじり出した。


 勇次自身、分かっていた、こんなんじゃ

ダメだって事は。

 だが、そう考えれば考える程心の中の沼に

嵌った。

 車内には勇次はもちろん、沼田の様な若者にも興味のない老運転手の口笛だけが響いた。



 事業所に着く頃には午前にも関わらず、

今日1日分の気苦労を勇次は抱え込んでいた。

 収集車が停車するや、沼田は老運転手に挨拶もせずに降りる。

勇次もそれに続いた。老運転手にペコリと頭を

下げてから。

「じゃあ、30分休憩ね。そしたら仕分け

すっから」

 沼田はそう言うと、向かって正面、事業所入口脇にある屋外の喫煙所へと小走りで向かった。

 勇次は作業着ズボンのポケットから財布を

取り出し、小銭入れを開いた。

130円しか入っていない。。。

勇次はそれを取り出すと沼田同様、喫煙所傍に

ある自動販売機に向かった。


 煙草を吸いながら談笑する沼田と他の同僚たちにペコリと頭を下げ、自動販売機の前に立つ。

紫煙が勇次の鼻をついた。

 ・・・・勇次は欲望を押さえ、硬貨を投入口に入れる。

 と、背中に視線を感じた。きっと沼田らが

自分に冷ややかな目を向けているんだろう。

 ムズムズする背中に違和感を感じながら

ペットボトルのスポーツドリンクを購入すると、足早にその場を離れた。


「マジつまんねえ、あいつ」

 沼田が煙を大きく吐き出して言った。

「あいつ?」

 プロレスラーみたいにガタイのいい20代の

同僚が聞き返す。

「植田だよ。こっちが気ィ利かせて話しかけて

やってんのによ。ノリわりいんだ。

作業も遅えしよ」

 そう言った沼田は煙を大きく吸い込む。

「前にあいつとシフト一緒だった

オッサンいたろ?え~と、名前なんだっけ?」

 沼田は人差し指で自分の眉間をトントンと

叩いた。

「谷さんじゃね?」

 レスラーとは正反対にガリガリにやせ細った

同僚が言った。

「ああ、そうそう。谷さん」

 沼田は合点がいったとばかりに大きく手を

叩いた。

「前にあのオッサンから、あいつの事

聞いててさ。

だから俺、憂鬱だったんだけど案の定だった」

「案の定って?」

 レスラーが尋ねた。

「最悪」

 沼田が答える。

「ああ、なんとなくわかる。よく知らないけど」

 ガリガリが言った。

「俺も一緒した事ねえけど、まあ、

面白みのあるヤツには見えないよな」

 レスラーも同調した。

「なあ、シフト変わってくれよ」

 沼田は掌を擦り合わせて懇願した。

 レスラーとガリガリは目を合わせるなり

「断る」

そう言うとゲラゲラ笑った。


 コンクリート打ちっぱなしの柱の陰に隠れて

沼田らの会話を聞いていた勇次は寂しそうに

ペットボトルを口に運んだ。

「植田君」

 どこからともなく所長の岸部がやってくると

勇次の前で足を止めた。

「な、なんでしょう?」

 勇次は嫌な予感を胸に答えた。

「ちょっといいかな」

 微笑んで言う岸部の目は笑っていなかった。



 就業時間も終えぬ内に、勇次はトートバッグを肩に掛け、事業所から出てきた。

「はあ」

ため息しか出なかった。

 またクビになった。理由はもう考えないようにした。だいたい分かってるし。

ただ、目の前の現実を受け入れるだけだ。

 にしても、俺の事ロクに知りもしないで目先のイメージだけで決めつけるなんて。

勇次はトボトボと事業所を後にした。


          


 勇次のアパートは中野区・東中野の外れに

あった。この辺りは家賃物価が高いのだが、

住居に拘らない勇次にとっては関係なかった。

 この場合の拘らないっていうのは賃料ではなく築年数や間取りの事で、そもそも高校卒業以来、定職に就いた事のない勇次には何事においても

拘りなんてモノを持つ余裕は無かった。

 東中野に決めたのも、やる気の見えない不動産屋のオジサンが何気なしに勧めてきたからだ。



 何年も住むそのオンボロ建物に近づくなり、

勇次はおもむろに足を止め電柱の陰に隠れた。

 視線の先、102号室のドアを大家の

浜田真紀子がノックしていた。

「植田さーん、いないのお!?」

 真紀子は何度も何度もドアをノックしている。

「家賃。払ってちょうだい!先月分も

まだなのよお!」

 勇次は気配を消し、いそいそとその場を

離れた。



 アパートから歩いて数分にある児童公園に

勇次はいた。

ベンチに腰掛け、ボーっと目の前の景色を

眺める。

 元気よく駆けまわる男の子を母親らしき女性が追いかけていた。

 楽しそうだな。。。

 勇次は頭を切り替えるとスマホを取り出した。

新しいバイトを見つけなきゃ。求人サイトを

漁る。だが、どうしても気が乗らない。

 どうせ、またすぐにクビになるんだ。

 勇次は出したばかりのスマホを早々としまうと、トートバッグから型落ちのノートPCを

取り出した。

 トップを開き電源を入れ、イラストレーターを立ち上げると多彩な彩りが施された架空の動物が現れる。


“カチャカチャカチャ”。

見開きの白紙部分に文字が綴られていく。

“ひとりぼっちのネロは、どこへ

行けばいいのか悩んでいました”。


 そう打ち終わると、勇次の手はまた止まって

しまう。

「・・・・どうせ俺のなんか誰も読んで

くれないって」

 ため息をつく勇次が背後に気配を感じた。

振り向くと数人の老人が画面を注視していた。

「わっ!」

 慌ててトップを閉じる勇次。

「何作ってんだい?」

 老人の1人が勇次に聞いた。

「いえ、大したモノじゃないんで・・・・」

「隠すことないだろうに」

 つまらなそうにその場を去る老人たちを

見送り、勇次はまたため息をついた。



 陽が落ちてきていた。

公園に人影はなく、唯一いるのはベンチで居眠りしている勇次だけだった。

「寒っ!」

 寒風に晒され、勇次は飛び起きた。

と同時にお腹が鳴る。



 銀行ATMの自動ドアが開く。

勇次は力ない足取りで出てくると手にした数枚の千円札と利用明細表に目を落とした。

「はあ・・・・」

 明細表に記された残金は515円。勇次はその紙を握りつぶすとポケットに突っ込み、

札を財布にねじ込んで再び歩き出した。



 スッカリ陽の落ちた十一月の空の下、

勇次はネオンで賑わう商店街を歩いていた。

 行き交う家族連れやカップルには笑顔が溢れている。そんな人々を眺めながら歩いていた

勇次の足が家電量販店の前で止まった。

 店先に陳列された幾つものテレビにニュース

番組が映し出されている。


 女のキャスターが今しがた起きたコンビニ強盗の犯人が逮捕された旨を伝えていた。

 犯人が店員を包丁で脅したが、店員が素直に金を出さなかった為に切り付け、無理やりレジから金を出させ奪い逃走した、と伝えている。


”仕事にありつけず、金が欲しくてやった”

犯人の動機も事件の経緯と共に報じられていた。


「俺にはとても出来ないや・・・・」

 画面を見つめていた勇次は呟いた。


 金が欲しい。気持ちはわかる・・・・だが。

犯人に肩入れしそうになった自分を恥じ、

勇次はその場を離れた。



 勇次は目の前の、『牛丼 並 498円』と

書かれた幟を見つめていた。

「う~ん」

 新しいバイトを見つけるまで、収入はゼロ。今、手元にある僅かな金で

生き延びねばならなかった。498円すら

手痛い。

 ふと、勇次は牛丼屋の隣に目をやった。

『焼き鳥 100円~』と書かれた看板を掲げた居酒屋がある。


 酒については20歳を過ぎたばかりの頃、

ムシャクシャした時にアパートで人生初の飲酒を試みた。が、すぐに顔を赤らめ、気分が

悪くなった事がある。だから居酒屋ってモノに

入った事がない。

 だが今は・・・・

「何も食べないよりマシか」

 割り切った勇次はそう呟くと引き戸を開けた。



 入口から入って一番奥、カウンターの一番

端っこに腰掛けた勇次は、ラミネートが貼られたメニュー表を凝視していた。


 そこへ女性店員がやってきて、

「ご来店ありがとうございます」

 笑顔と共にもつ煮込みが入った小さな小鉢と

おしぼりを勇次の前に置く。


「あの、頼んでませんけど・・・・」

 勇次は小鉢を見て言った。

 女性店員の表情が一瞬、フリーズする。

「えと、お通しです」

「お通し?」

「はい、お客様には必ず出してまして」

「・・・・タダですか?」

 困惑する女性店員。

「・・・・いえ。ウチは300円頂いてます」

 女性店員がメニュー表の端を指差す。


『当店ではお通し300円頂いています』

と黒マジックで書かれている。


「あの、これ要らないです」

 勇次は小鉢を見て言った。

「え?」

 更に困惑する女性店員がカウンター中に

目をやる。

 勇次が彼女の視線を追うと、カウンターの中で調理している店主らしき

強面の中年男性が険しい表情で勇次をジッと

見据えていた。


「お兄さん。なんで居酒屋にお通しがあるか知ってるかい?」

店主は野太い声を勇次に投げた。


「・・・・すみません、居酒屋さんてあまり来た事なくて」

 店主は小鉢を指差した。

「その店の味を知ってもらう為の、いわば招待状みたいなモンだ」

「はあ」

「お通しを食えば、その店のレベルがわかる。

店としては客に自分らの味を簡潔に伝えられて、気に入ってくれりゃ

他のメニューにも興味を持ってもらえる。

客としてもその店を計るバロメーターに

なるんだよ」

「はあ・・・・」

「お通しが要らないって事はウチの店を否定したって事だ」

 店主はなんか正論の様な、無茶苦茶な様な

文言を勇次に投げた。

「お、俺はそんなー」

 店主は掌を差し出し、勇次を制した。

「食えばわかるさ。ウチの良さが。な?」

「・・・・はい」

 店主がニコリ微笑むと、女性店員が

「では、飲み物からご注文お伺いします」

「・・・・えと、飲み物はいいです」

 女性店員の顔がまたフリーズ。

店主の表情がまた険しくなった。

「?」

 勇次はまた困惑する。

「あの、1ドリンク制でして」

 またメニュー表に目を落とす勇次。


女性店員が言ったのと同じ文言がお通し同様に

書かれている。

『当店は1ドリンク制とさせて頂いてます』


 女性店員に念を押された勇次は悩んだ挙句

メニューを指差し、

「じゃあ、ウーロン茶を」

「わかりました。お食事はいかがなさいますか?」

 やっと目的の食べ物だ。

でも、恥ずかしい。。。

勇次は大きく唾を呑み込むと意を決し、

「えと、焼き鳥のモモを1本」

そう言った。

 女性店員の顔がまたまたフリーズ。

勇次は恐る恐る、店主を見た。

店主のこめかみに血管が浮き出ている。

「あの、100円の焼き鳥は2本からのご注文を受け付けてまして」

 またか。どうせメニューに書いてあるんだろう。

勇次はメニューに目をやるのを止めた。

「・・・・じゃあ、2本」

「お後は?」

「お後?」

「シソ巻きは特に絶品だよ」

しどろもどろの勇次に店主が押し付け気味に

言った。

「じゃあ、シソ巻きを・・・・」

 勇次はそう返すと、大きく項垂れた。



 シソ巻きは店主の言う通り、絶品だった。

どうせお金を払うんだ。勇次は噛み締める様に

味わった。

 恥ずかしさと緊張から解放されたからか、

店内は賑わい、多くの客の笑い声で満ちている

ことに勇次はやっと気づいた。

 自分にも友達や・・・・付き合ってる女性とかがいれば、こういった店で楽しんだん

だろうなあ。

あ。そもそも金無いから無理だ。

勇次はこの場にいるのがいたたまれなくなった。

 すると、


「当たり屋ぁ?」

 大袈裟な声の方へ目をやると、同じカウンターの1席空けた向こうに

腰かけた2人のサラリーマンがジョッキを手に

談笑していた。

「今時いるんだな」

サラリーマンの1人、イケメンが

大袈裟な声に続けて言った。

「ああ。ビックリしたぜ、いきなり目の前に

飛び込んでくんだからさ」

イケメンの1.5倍イケメンなもう1人が呆れた様に返す。

「で、どうなったんだよ?」

「どうもこうも。こっちは赤信号だったから

スピード緩めて完全に停まったばかり

だったからさ」

「なんだそれ?」

 イケメンは呆れて笑った。

「だろ?バレバレなんだけどさ、本人はイケると思ってたんだろうな。

勝手にぶつかった後、地面にへたりこんで

“痛い痛い!”って喚いてんだよ」

 1.5倍はそう言ってジョッキを呷った。

「痛くないだろっての」

「だからさ、車降りてそいつに言ったんだよ。

“ドライブレコーダーに全て映ってるけど。

警察行く?”ってさ。そしたらそいつ、

飛び上がって起きて逃げちまってさ」

 サラリーマン2人は大声を上げて笑った。

「どうせやるならもっと上手くやれってんだよな、命がけでさ」

「そうすりゃ元手無しで稼げんのになあ」

 サラリーマン2人はまた大声を上げて笑う。

 だが、勇次は笑わずにその話を聞いていた。


          


 夜の国道に勇次は1人、立っていた。

「なにやってんだろ・・・・」

 勇次の目の前、車が凄いスピードで通過して

いく。

 夜になり、交通量の少ないこの道路を、

どの車も高速道路ばりに飛ばしていた。

その勢いに勇次は戸惑ってしまう。だが、戸惑いの原因はそれだけではなかった。

 ・・・・誰かを傷つける訳じゃない。

俺自身が傷つくだけだ。。。

 勇次がそう考えていると、右手の向こうに

見える信号が赤になり、停止線の向こうに黒の

セダンが1台停車した。

 勇次は意を決する。

「よ、よし。次来たら行くぞ」

言葉とは裏腹に身体がガクガク震える。

 信号が青になり、セダンが勢いよく走り出す。

 勇次は迫るセダンを凝視した。

「命がけ、命がけだ・・・・」

 セダンが迫ってくる。

「・・・・行くぞ」

 セダンが間近に迫る。

 勇次は震える足に力を込め、一歩踏み出した!



 国道から離れた閑静な住宅街。

 勇次は肩を落とし、人気も車も無く街灯も

僅かな路地をトボトボ歩いていた。

「やっぱ、俺には無理だって・・・・」

十字路に差し掛かった。自分に落ち込んでいた

勇次は周りも気にせず歩き続けていた。

 突如、右手からエンジン音が響いた。

 勇次がその音に反応し、目をやった時には

白いハイエースが眼前にあった。

 『ドン!』鈍い音と共に勇次の身体は宙を

舞い、今いた場所から数メートル離れた電柱の

傍ら、そこに集められたごみ袋の山に

突っ込んだ。

 それと同時にハイエースが激しくタイヤを

軋ませながら急停止する。

 続けて助手席のドアが勢いよく開き、

ドカジャンにカーキのカーゴパンツ、編み上げのブーツを履いた大柄な男が降りた。


「う、う~ん・・・・」

 痛みに呻く勇次に男が駆け寄る。

「・・・・あの、い、慰謝料貰えますか?」

 そう言うと勇次は気を失った。

 男は勇次を抱え上げ、地面に落ちた

トートバッグを拾い上げると、ハイエースの

後部座席に放り込んだ。

「出せ!」

男が助手席に戻りながらそう言うと、ハイエースはエンジンを吹かし、急発進した。



「なんでそんな奴、乗せんだよ!?」

 大柄な男と同じいで立ちをした痩せた男が

ハンドルを握りながら助手席に目をやった。

「バカか!?あんなトコに放っといたら

轢き逃げだ!そっから足つく訳にいかねえ

だろが!」

大柄の男が怒鳴る。 

「けどよ」

「いいから飛ばせ!」

 不服そうな痩せた男に、大柄な男は檄を

飛ばした。



 ハイエースは中野区から50分ほど下道を

走り、大田区蒲田の外れにある夜の街を

走っていた。

 周囲には人気、灯りの点いた建物も無く、

男たちは我が家に帰って来たかのような安堵の

笑みを浮かべ、互いを見合った。

 そうこうしてる内に、今は使われていないで

あろう廃工場の前でハイエースが止まった。

 運転席から痩せた男が降り、建物向かって正面のシャッターを勢い良く開けると運転席に戻り、徐行させたハイエースを中に入れる。

 大きな作業機械が置いてあった名残が所々に

ある広い敷地内にハイエースが停車した。


「急げよ」

 大柄な男に言われ、痩せた男は

「人使い荒いんだからよ」

 そう呟くと、再び車を降り、シャッターへと

駆けた。

「う、う~ん・・・・」

 後部座席で横ざまに寝転がっていた勇次が

スライドドアの開く音で目を覚ました。

 天井が見える。救急車かな?首を少し動かし、辺りを見渡す。

 救急車じゃなさそうだ。車内は無機質で何も

ない。普通のバンの様だ。

 身体が軋んでいた。凄く痛んだ。このまま気を失ってた方が楽だったのかも?

そう思いつつ、なんとか身体を起こした。

 するとー


「うわっ!」

 大柄な男がスライドドアの向こうから自分を

ジッと見ていた。

「動けるか?」

 男の問いかけに勇次は恐る恐る頷いた。

「あ、あの、ここは病院ですか?」

 男が眉を潜めた。勇次は思わず身を竦める。

「動けるか?って聞いてんだ」

「え?」

勇次は、ゆっくり腕を回し、

「な、なんとか・・・・」

 男がいきなり車内に飛び込んでくると勇次を

俯せさせる。

「え!?」

 男は手際よく勇次の手を背中に回し、

結束バンドで縛った。

「ええっ!?」

 訳が分からずパニックに陥った勇次を車内に

残すと男は車から降り、ドカジャンのポケット

から出した煙草を咥え火を点けた。

「鉄ニイ、これで安心だな」

 シャッターを閉め、戻って来た痩せた男が機嫌よく言った。

「バカ。名前呼ぶなって言ってんだろが」

 鉄ニイと呼ばれた男、仙道鉄男は弟の仙道直也の額にデコピンした。

「あ。ごめん」

 直也は車内で俯せ、もがいている勇次に目を

やり、

「なんだ、ピンピンしてんじゃねえか」

 鉄男は咥え煙草で、勇次の身体をハイエース

から引き摺り出して立たせた。

 それに合わせるかのように直也は後部に

向かう。

「あ、あの・・・・」

 勇次が言いかけた時、直也が開けたリアゲートから何かを担ぎ上げ戻って来た。

「え?」

 直也の肩には両手両足を縛られ、猿轡をされた少年が乗っていた。



「事務所に放り込んどけ」

「わかった」

 鉄男の指示を受け、直也が勇次を睨みつける。

「おい、ピンピン野郎。向こうまで歩け」

「ピンピン?いや、身体かなり痛いん

ですけど・・・・」

 直也は勇次の大腿部を思い切り蹴り上げた。

「痛あああっ!」

「ガタガタ言わねえでさっさと歩きゃいいんだよ!」

「は、はい!」

「ほら、向こう行け!」


 直也が顎で指す先、プレハブ作りの簡易的な

事務所が見えた。

 勇次は少年を担いだ直也に追い立てられる様に恐る恐る事務所に向かった。

 直也が途中で勇次を追い越し、ドアを開ける。

 8畳ほどの室内にはスチール製のデスクと

チェアが2つずつ、壁に立てられた同じく

スチール製のロッカー、来客用なのか木製のローテーブルにソファがあった。

「座れ」

 勇次は直也が顎で指したソファに恐る恐る腰を沈めた。

 直也は続けて勇次の隣に少年を座らせると、

「逃げようとしたら殺すぞ」

 コートのポケットから出した小ぶりなナイフを勇次の鼻先に突きつけた。

「は、はい!」

 直也はナイフをしまうと勇次たちを残し、

事務所を出て行った。

「・・・・な、なんなんだよ?」

 勇次は不安に駆られ、心拍が上がる身体を

震わせた。

「どうなっちゃうんだ?」

 アタフタする勇次がふと隣の少年に目をやると、少年もこちらを見返してきた。

 見た感じ、10歳くらいだろうか?こんな状況なのに涙一つ見せずに。

とても怖いだろうに。。。

 俺が狼狽えてちゃダメじゃないか?

勇次はそう考えると、少しでも落ち着こうと努めた。


          


 鉄男はパイプ椅子に座り、目の前の

2×6テーブルに両足を乗せたまま煙草を吹かしていた。

「とりあえず上手くいったな、鉄ニイ。初めてにしちゃ上出来だよな」

 事務所から戻った直也が兄の向かいに座り、

上機嫌で言った。

「バカ。名前呼ぶなっつってんだろ」

「あ。ごめん」

 直也はポケットから出した煙草を咥え、

100円ライターで火を点けた。

「でもチビの親、ホントにサツに連絡しねえかな?」

「俺が親なら、あのメモ見たら騒ごうなんて思わねえ」

 鉄男は言った。

「そうだな。っていうか腹減ったよな?

何か買ってくる」

 咥え煙草で立ち上がる直也。

「チビの分も忘れんなよ」

 釘を刺す様に鉄男が言った。

「はあ?食わさなくていいじゃねえか。

金もったいねえしさ」

「メモに書いたろ?約束は守る。じゃねえと、

言う事聞く奴も聞かなくなっちまうからな」

「生真面目だなあ」

「お前が不真面目なだけだ」

「そうだ。あのピンピン野郎はどうする?

邪魔だから殺しちまおうか?」

「殺しは無しだ」

「けどよお」

「殺して、死体はどうすんだ?」

「え?」

「ここで殺して、ここに置きっぱなしって訳にゃいかねえだろ?

じゃあ、どっか山ん中にでも埋めんのか?その

時間が俺らにあんのか?あ?」

 直也は兄に凄まれ、委縮するしかなかった。

「わかったよ」

「それにな」

「は?」

「行き当たりばったりだが、あの野郎の親からも金もぎ取れるだろ?」

 兄の提案に、直也の顔がパッと明るくなった。

「そうか!じゃあ、あいつの分も買ってくるか?」

「いや、いい。あいつの親にゃ何も約束してねえからな」

 鉄男は笑ってそう言うと、短くなった煙草を

灰皿に押し付けた。



 勇次はジッと考えていた。

あの人たちは?隣の少年に目をやる。

 この子を誘拐したのか?で、逃げる道中で

たまたま俺を跳ねちゃって

その場に置いとく事も出来ずにここに連れて来たのか?

 勇次は深くため息を吐いた。何て運の無い男

なんだ、俺は。

 昔からそうだった。幼い頃から学生時代、現在に至るまで仕事でも恋愛でも、

何かを求めても必ず自分の想いとは反対の結果になる。

 その内、勇次は期待する、という事を

しなくなった。

期待しなけりゃ落胆も無い。その方が楽だった。


 だが今の状況は、今までの精神的な落胆とは

訳が違う。ガチで物理的にヤバイ落胆だ。

下手したら殺されてしまう。

勇次が項垂れていると、少年が顔を向けてきた。

「!あ、と・・・・」

 勇次が少年に対してどうしていいかわからず

モジモジしていると、ドアが乱暴に開き、鉄男が入って来た。

 勇次は心臓が飛び上がるのと同時に、身体も

飛び上がらせた。

 鉄男は何も言わず、勇次の前で屈み込むと勇次のズボンのポケットを漁り出した。

「うわっ」

「おとなしくしてろ」

 鉄男は勇次の後ろポケットから財布を、

前ポケットからスマホを取り出した。

「身の上検査だ」

 鉄男はそう言うと、トートバッグも奪い、

事務所を出て行く。

 勇次はその後ろ姿を黙って見送るしか

なかった。






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