第3話

 スマホの通知が来た。辻野からだった。

『やっぱダメだわ』

 一言だけだった。夜に七時だったが、大樹は家を飛び出して自転車に跨り辻野の家まで経ち漕ぎで急いだ。辻野宅に近づいてきたとき、鼻孔を焦げ臭いにおいがついた。猛烈に嫌な予感がする。

 狭い路地を挟む家の屋根の奥から橙色の輪郭がしきりに動いているのが見えた。辻野の家の方が下った。

「うそだろうそだろうそだろ」

 大樹は叫びながら漕ぎ続けた。すでに家の前は人だかりができていて、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてくる。人波をかき分けて家まで近づくとドアの間に黒い物体が燃えていた。あきらかに人のかたちをしたものだった。

「辻野……?」

 近づこうとすると腕を掴まれた。

「なにやってんだよ、死にてえのか」

「離せよ!」

 大樹はすでに真っ黒こげになった辻野と思われる人物のそばに立った。炎はもうすでに辻野を食い尽くしたから満足だと言いたげにかなり鎮まっていた。しかし、辻野の家はまだ真っ赤な炎に覆われている。

「ぐぐぐ」

 辻野家を見ていると不気味な声がして振り返った。真っ黒になった辻野が小さく動いた。

しかし、すぐに動かなくなった。大樹の目から涙があふれる。もう一度辻野家を振り返ろうとしたところで体に抱きつかれた。

「危ないじゃないか!」

 オレンジ色の防火衣を着用した消防隊員だった。大樹はもう脱力し、隊員に運ばれるがままだった。振り返ると、炎のフレアが妙なゆらめきを放っていた。フレアの端々はまとまっていき、しだいに巨大な女の顔になっていた。しかしすぐに輪郭は解け、まるで炎の熱で肌や肉が解けていくように輪郭がほどけていくようだった。形をなくした炎はもう一度辻野の家を飲み込んで焼き尽くしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る