火傷の女

佐々井 サイジ

第1話

 振り上げた脚はサッカーボールの端にあたり、狙いの木村とはまったく違う方向へ飛んでいく。ボールは公園のグラウンドから出て通路を転がって、トイレ横の竹藪に入っていった。ボールの行方を見届けた木村と辻野は大樹を指差して「取りに行けよ」と笑いながらジェスチャーを送っている。

ふと振り返ると後ろに自転車の後ろに幼い子どもを乗せた若そうな母親たちが大樹たちを見ていた。グラウンドを使いたがっているのはすぐにわかった。しかし、大樹たちが譲る気配がないことを悟ったのか、母親たちは何か話し合って自転車を漕いで、公園から離れていった。大樹は辻野と木村に急かされ、ボールが転がったあとを追った。

「あ、ちょっとうんこ」

 藪に潜ったボールを拾い上げた大樹はグラウンドにいる木村と辻野に叫んだ。二人のげらげらとして笑い声が響いてくる。反抗するかのようにサッカーボールを二人めがけて蹴り上げた。今度はまっすぐ狙い通りに飛んでいき、最後まで行方を見守らずにトイレに向かった。男と女のマークは染みが大量についている。大樹は二人の方を振り返って、こちらを見ていることを確認したあと、あえて女子トイレの方へ入った。背後からさらに大笑いした悪友たちの声が聞こえて、大樹も口の端が左右に広がった。個室に入ってしゃがみこむと目の前の壁に「たすけて」という文字が弱々しく書かれてあった。

「おい、変態うんこマン、カギ閉めてしろや。しかも女子トイレでするとか異常だろ」

 いつの間にか木村と辻野はトイレに来ており、木村は笑いながらしゃがみこむ大樹の背中を叩いた。

「見てみ? 助けてって書いてるぜ」

 ズボンとパンツを上げながら大樹は落書きを指差した。

「お前で見えねえだろうが」

 悪友たちは大樹の尻を叩きながら後ろに追いやると悪友たちはその文字を覗き込んだ。

「セックスしまくって死にそうになったんじゃね?」

 木村が両手で腰を掴むジェスチャーをしながら腰を振るとまたぎゃははという笑い声が個室に響いた。辻野が木村に尻を突き出すようにして「あんあん」と大げさにあえぐまねをしている。大樹も愚かな声を出して笑ったが、しばらくすると飽きてトイレを出た。

 そのとき、誰かの視線を感じてトイレを振り返ると、全身が焼けただれて頭皮すら見えている女の姿が見えた。大樹はたまらず情けない悲鳴を上げた。

「おい、なんだよ今のオモロイ悲鳴は」

 木村と辻野が駆け寄ってきた。大樹は大やけどの女の方を指さすがすでにいなくなっていた。

「なんだったんだよ」

 木村と辻野から笑顔が消えている。大樹が本気で怖がっていると認識したようだった。

「女が、立ってた」

「女? セックス狂いの?」

 木村がまたふざけたことを言うが、大樹は頬を持ち上げる余裕はなかった。大樹は女のことを伝えたが木村と辻野は半分聞き流しているようだった。話しているうちに大樹も何か見間違えたのかもしれないと思い、グラウンドに戻った。

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