第5話

 刃の先を金属に当てると、甲高い音が耳をつんざいた。

 金属同士がこすれ合い、削られたアルミの屑が勢い良く火花のようにあたりに散る。僕の方にも飛んでくるが、作業着を着ているおかげで、金属が肌を貫通することはない。僕は順調に刃先をすすめて、回転するアルミを削っていく。


 工業高校では三年生になると、授業の三分の一が卒業制作の時間に割り当てられる。卒業制作では自分の作りたいものを作ることできるが、先生の直接的な指導を受けることはできず、自分の力で作品を完成させなくてはいけない。そのため毎年、完成した作品の出来は雲と泥ほどの差がある。


 卒業制作で、僕は小型ハンマーを作っていた。アルミニウムの塊を削って、ハンマーの形にするだけなので、そこまで難しい工程ではない。それに小型ハンマーは車の中に入れておけば、護身用にもなるし、水没したときに窓ガラスを割る道具としても使えるから実用的だ。


「山田、そろそろ休憩しない?」


 隣の旋盤せんばんから、甲高い金属音に紛れて神田の声が聞こえてきた。


「了解。あと一回削ったらいく」


 自分の中で最大限の声を出し、旋盤に意識を集中させる。

 

 * * *


 待っていた神田と、自販機のあるピロティに行き、ベンチに腰掛ける。安全に考慮して厚手に作られた作業着のボタンを全部外して、シャツをぱたぱたと仰ぐ。


「作業場にエアコン設置しないの完全に時代錯誤だよな」


 エアコンのない部屋で、なおかつこの厚い作業着は、いくら九月とはいえ熱中症を起こしかねない。そんな空間で一時間作業していたためか、真夏のコンクリートみたいに身体が乾いていた。僕たちは同じタイミングで、自販機を見た。


「昨日おごったから、おごってくれよ」

「馬鹿野郎、昨日のは山田が教科書忘れたからだろ」


 結局、のどの渇きと清涼飲料水の爽やかなパッケージに負けて、僕たちは自販機に百円と五十円玉を投入した。僕はファンタオレンジ、神田はコーラを選び、ベンチに深く腰かけてそれを飲んだ。枯れていた身体が、一気にうるおいを取り戻したような快感があった。


「あー、死んでもいい」


 神田がそう言いながら、再びペットボトルを傾ける。

 しばらくその余韻に浸ったあと、彼はベンチの背に腕を預けて、何もないコンクリートの天井を見上げた。


「山田は、進路どうすんの?」

「まだ、なにも決めてない」

「さすがにやばくないか」


 八月を生き抜いたセミが、遠くで鳴いている。

 僕もベンチの背に身体を預けて、ほっと息を吐く。気だるげなこの時間は、もうすぐ終わる。


「神田は、このまま就職するのか?」

「そだよ。第一希望はもちろん天下のトヨタ自動車。ま、今んとこ行けるか微妙だけどな」


 神田はそれから入社したら入りたい部署、将来の展望までを楽しそうに語った。


「ていうか、山田は大学でも行くつもりなの?」

「行かないよ。そんなお金もないし。……でも行きたい会社とか、まだないんだ」


 この時間は、もうすぐ終わる。


「ま、就職先は百パーあるんだし、そんな深くまで考えなくていいと思うけど」


 もうすぐ、僕は学校を卒業して就職する。


「あ、山田もトヨタ目指すか? 倍率高くなるけどおれはいいぜ」


 就職すればきっと、何かを追い続ける時間はない。

 楽しそうに話す神田の横には、ミニカーになる前の四角いアルミの塊が、静かに僕たちの会話を見守っていた。

 

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