空から10000人の芸人が降ってきた

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空から10000人の芸人が降ってきた

 ある日、空から10000人の芸人が降ってきた。

 よく晴れた土曜日の昼下がりの都心。国で一番高い電波塔よりはるか上空に、突如として10000人の芸人が投げ出された。超常の力による瞬間移動だ。映像番組の撮影、ライブ営業、ネタ合わせ、はたまた食事中や用を足している者まで。プロもアマチュアも、ベテランも新人も、人気者も無名も関係なく。場所は北から南、さらに海外にいた者も、一瞬で都心上空にワープさせられた。

 そして10000人の芸人は地面に向かい落下する。その様子は多くのカメラに記録され、また肉眼で目撃した地上の人々の記憶に深く刻まれた。私もたまたま直接目撃したが、あの光景は生涯忘れないだろう。あまりの異様さに呆けてしまい、「餅まきを人でやるとこうなるのか」などと考えてしまった。

 幸いなことに、落下した芸人たちは地面や建物にぶつかる直前に、やはり超常の力で落下の勢いが弱まり安全に着地できた。しかし死傷者がゼロというわけではない。芸人たちの多くは恐怖により落下中に失神していた。道路や線路に落ちた者たちは事故に遭い、川や海に落ちた者の中には救助が間に合わなかった者もいた。10000人の芸人が降ってきた都心は一瞬にして大混乱に陥った。


 この事件が発生してすぐ、我々『超常危機対策部隊』に出動要請が下った。名称の通り、超常現象による事件を専門に調査、場合によっては武力行使も行う政府の特務機関である。ここまで大規模な超常の力を行使できるのは誰なのか。被害者が芸人ばかりなのは何故なのか。収集したデータと過去の事例を突き合わせ、検討した結果『芸能の神』が仮説として浮上した。

 いくつかの調査班に分かれ、芸能の神を祀るスポットに赴く。私の班が担当したのは観光名所としても名高い由緒ある祠。超常の力を探知するセンサーが大きく反応する。当たりだ。部隊上層部と通信を繋ぎ、私たちは慎重に近寄る。

 祠の一部が破損しており、光る球体が浮かんでいる。人々の思念の集合が土地の霊気と合わさってできた『神』だ。ただ、強大な力を持つはずのそれは、弱々しく点滅している。今にも消えそうだ。

[ぼくがやったこと、見てくれたでしょ?]

 光る球体から幼子のような声が響く。神のほうから語りかけてきた。

「やはり貴様の仕業か!」

 私は退魔の弾丸がこめられた銃器を向けながら、神に叫ぶ。しかし、神は呑気な口調で、

[やったぁ、みんな喜んでくれたよね?]

と言うではないか。

「はあ!? そんなわけあるか、何でこんなことをしでかしたんだ!?」

[だって、『面白い』でしょ!]

 これは邪悪だ。その場にいた隊員、通信先の上層部も全員そう判断した。即座に発砲許可が下りる。神へ幾多の銃弾が惜しみなく撃ち込まれた。

 しかし、元々弱々しかった神は微動だにしない。あらゆる魔を祓う弾丸が効いていない? 

「なんだと!?」

 そして神は、攻撃などなかったもののように、やはり呑気な口調で言葉を続ける。

[だから、『空から降ってきたら面白い』のでしょ?]

「な、なにを言っている?」

[ぼくは『面白くなりたい』との願いによって発現したの。だけど、この世の『面白い』がよくわからなかったんだ。どうすれば願いを叶えてあげられるのか。だから、いろんな人の心の中を覗いて調べたんだ。そしたら、たくさんの人が『人が空から降ってきたら面白くなる』って考えていたんだ。だから、『面白くなりたい』と思っている人みんなを空から降らせてあげたんだよ]

「いや、それは……」

[ふあぁ、いっぱい力を使ったからぼくはもう休むね。力がたまったら次もがんばるよ。それじゃおやすみ]

 そう言い残すと、光る球体はふっと消えてしまった。


「何が『面白くなる』だ……」

 都心の大混乱は今なお続いている。人々はパニックに陥り、交通は麻痺して、対応に追われる者たちは疲労困憊。経済へのダメージも計り知れない。

 被害を受けた多くの芸人はトラウマなどの後遺症が残り、芸能活動を引退した。エンタメ業界の低迷は今後も続くだろう。

 中には肝の据わった芸人もいるが「珍しい経験だったが、みんな同じことを経験してるから話のネタにもならん」と呆れ顔する。

 超常危機対策部隊はこれから会見で事の顛末を世間に公表する。私は現場にいた隊員として矢面に立つこととなった。無能だの無駄遣いだのなど非難轟々だろう。想像するだけで頭が痛い。

 悪いことだらけである。まったく、面白くない。



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