明石海峡を越えて、淡路島へ! ①
――新婚旅行三日目の朝。わたしと貢は昨日と同じくルームサービスで朝食を済ませて(ちなみに二日ともアメリカンだった)、フロントでチェックアウトの手続きをした。
宿泊費とルームサービスの代金を合わせたらとんでもない金額になってしまったけれど、そこはブラックカードがあるから何の問題もなかった。
「――篠沢様、こちらがレンタカーのキーでございます。神戸へお戻りの際、営業所へ返却をお願い致します」
「分かりました。ありがとうございます」
「お世話になりました!」
レンタカーのキーを受け取る貢に続いて、わたしもフロントクラークの男性にお礼を言った。
「当ホテルをご利用下さいまして、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
爽やかに見送ってもらったわたしたちは、レンタカーの営業所で水色のハイブリットカーを借りて、貢の運転で新神戸駅前を出発した。
行き先はもちろん明石海峡大橋、だけれどその前に……。
「――あ、貢。ちょっと旧居留地に寄ってもらっていい? 買いたいものがあるんだ」
「旧居留地? ……はぁ、いいですけど」
彼にムリを言って向かってもらったのは、三宮駅からちょっと海側へ入ったエリア・旧居留地。実は、篠沢商事の神戸支社もこの近くにあるのだけれど、それはともかく。
わたしはその一画にある、
「――お待たせ!」
五分後、わたしは小さな紙袋を手に車へと戻ってきた。助手席に収まると、運転席の貢は紙袋のロゴを読んで首を傾げた。
「……〈モロゾフ〉? って洋菓子の? でも、里歩さんたちへのお土産……じゃなさそうですね」
「うん。ここのチョコレート、すっごく美味しいって評判で。わたしも食べてみたかったんだぁ♪ 車の中で貴方と一緒に食べようと思って買ってきちゃった」
淡路島までのドライブは多分長い。貢も途中で疲れてくるだろうし、途中で糖分を補給した方がいいと思うのだ。
「自販機で飲み物も買ってきてあるからね。わたしのはカフェラテで、貢のは微糖のコーヒーね」
「ありがとうございます」
「ゴメンね、ボトル缶のしか売ってなかったよ。微糖のペットボトル、自販機には入ってなくて」
「ああ、全然構いませんよ。フタが閉められれば」
それぞれドアに取り付けられたドリンクホルダーにわたしはペットボトル、彼はボトル缶をセットして、車は再び発進した。
今日の神戸の空はちょっと曇っている。梅雨の時期だから仕方ないけど、淡路島のお天気が心配になってきた。スマホのお天気アプリで調べてみると……。
「淡路島、今日は一日曇りだって。雨が降るかはビミョーだけど、うず潮クルーズの船、欠航になったりしないかな」
ガイドブックに書いてあった情報によれば、雨で欠航になるかどうかまでは分からなかった。
「大丈夫でしょう。今日一日は、どうにか天気ももちそうですし。明日雨が降っても、パワースポット巡りはできますから」
「そうだね。雨の中での聖地巡礼って、なんかロマンがあっていいよね……。神秘的っていうか」
わたしはうっとりと目を細めながら、チョコレートの箱のビニールの外装フィルムを丁寧に剥がし、一粒を手に取った。
「このチョコ、お酒使ってないんだって。これなら、お酒がダメな貴方でも安心して食べられるね」
パクリと口の中に放り込むと、カカオの苦みと優しい甘みが口の中でほろりと溶けていく。
「――はい、貢にも。口開けて」
運転中でハンドルから手が離せない貢にも、チョコレートを食べさせた。なんか、親鳥がヒナにエサをやっているみたいでちょっと恥ずかしい……。ここが二人きりの車内でよかったなぁと思う。
「……ありがとうございます。美味いですね」
モゴモゴと
「――そういえば絢乃さん、今日はパンツなんですね? 珍しい」
「そう? ヘンかな? 今日は船にも乗ることだし、スカートよりパンツの方がいいかな、と思って」
今日のわたしのコーデは、クリーム色のフレンチスリーブのトップスにエメラルドグリーンのワイドパンツ。足元は白いストラップサンダルである。
確かに、わたしの私服はスカートの方が圧倒的に多い。パンツは時々、ガウチョとかワイドパンツを穿くくらいで、デニムは滅多に穿かない。
「別におかしくはないですけど。もしかして、昨日僕が『スキだらけだ』って言ったのを気にしてるんですか?」
「そんなんじゃないよ。ホントに、船に乗るからって理由だけだから」
「それならいいですけどね。あれは、絢乃さんの脚がキレイだから他の男にジロジロ見られるのがイヤだっていう意味で言ったんで」
要するに、わたしの美脚を褒めてくれているってこと? これは喜んでいいところなんだろうか……。というか、本当に愛情表現が下手で不器用なんだから!
「それは、褒め言葉として受け取っておくね」
わたしがカフェラテを飲みながらニヤニヤしていると、彼も照れたように運転席から左手を伸ばしてきて、チョコレートをつまんでいた。
「わたしも食べよっと」
車内の空気がほんのり甘くなって、食べたチョコもより一層甘くなった気がした。
このチョコは十二個入り。淡路島に着くまでに無くなりそうだ。
――車は阪神高速湾岸線にのった。ナビによれば、淡路島まではあと少し、というところらしい。
「ここからはトンネルが続くみたいです。そこを抜けたらもう明石海峡大橋の上みたいですよ」
「そっか、いよいよだね。なんかワクワクするなぁ」
そこからしばらくは、二人でチョコを食べたりお喋りをしたり、FMラジオで音楽を聴いたりして過ごした。
「レンタカーなのがもったいないですよね。いつもの僕の車なら、絢乃さんが好きなCDも積んであったんですけど」
「そんなことないよ。たまにはこういうのもいいじゃない?」
わたしは基本的に、両親に似てジャズなどの洋楽が好きなのだけれど。時にはラジオで邦楽の最新曲を聴くのも悪くないなと思う。
貢とドライブデートをするのは、今回が初めてじゃない。東京ではよく首都高の湾岸線やレインボーブリッジ、果ては横浜の方まで車で出かけたこともある。
彼はわたしがドライブ中に退屈しないようにと、洋楽のCDを何枚か買って車の中に常備してくれているのだ。
でも、いつも運転してくれているのは貢ひとりなので、長距離を運転してもらうのはちょっと心苦しいところがある。交代要員がいないので、目的地に着く頃の彼はいつもクタクタになってしまっているから。
「……ねえ貢。わたしも免許取ろうかなって思うんだけど、貴方はどう思う?」
「どう……って訊かれましても。どうしてそう思われたんですか?」
「だって、わたしも免許持ってたら、貢が運転に疲れた時に交代してあげられるでしょ? 貴方ひとりに運転してもらうの、なんか申し訳なくて」
わたしは今、十九歳。高校も卒業したし、法律上は普通自動車の免許を取っても何の問題もない年齢である。
それに、一般的なお勤め人とは違ってわたしは名誉職だから、時間の融通も利く。仕事にだって差し支えはないはず。だけど……。
「僕は反対です」
「……えっ、どうして?」
バッサリ斬り捨て御免の貢に、わたしは眉をひそめる。
「運転は、秘書であり夫である僕の役得なんで別に苦になりませんし、むしろ好きでやってることなんで。……それに、絢乃さんってハンドル握らせたら性格変わっちゃいそうですし」
「ちょっと! それ、どういう意味!?」
わたしは今度こそ、眉を思いっきり跳ね上げた。今のはちょっと聞き捨てならない!
「…………いえ、何でもないです。でも、反対は反対ですから。――あ、トンネル抜けますよ」
「えっ? ……わぁ! 海だぁ♪」
じゃれ合っているうちに、わたしたちの車は明石海峡大橋の上にいた。淡路島はもう目と鼻の先だ。
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