第19話 あ、変態さんなのです

 すぐにでも移動したいが、行く道を塞ぐようにエルローとその側近が立っている。逃がすつもりはないらしく、カイルの動きを注意深く観察中だ。


 逃げられるかどうかはともかく、ひとまずナナやサレッタと合流すべきだ。そう判断したカイルは、燃え盛る火の音にも負けないくらいに声を張り上げる。


「サレッター! ナナー! 裏口から出てくるんだ!」


 カイルがエルローを引き付け、ナナとサレッタを逃がしたところで、奴の手先は町中にいるだろう。襲い掛かってこなかったとしても、付き合いのある人間なら密告したりするはずだ。


 そうであれば個別に逃げたところで、各個撃破されるように捕まるのがオチだ。戦力を分散させない方が、ほんの僅かであっても逃げられる可能性が上昇する。


「この場に呼び寄せるとはな。他の二人を生贄に差し出して、自分だけ助かろうとする算段かな」


「お前と一緒にするなよ、くそったれ商人。バラバラに逃げても、金しか取り柄のないお前の手先に追い詰められるだけだろ」


「素晴らしい判断だ。さすがはくそったれ以下のゴミクズ冒険者、褒めてやろう。金しか取り柄がないものの、町で有数の実力者となった私がな!」


 いちいちムカつく物言いをするのは、カイルを挑発するためだろう。そうでなければ、単純に器が小さいだけだ。


「ナナちゃん! さっき、カイルの声が聞こえたの。裏口から外に出よう!」


「了解なのです。カイルもたまには役に立つのです」


 なんだか好ましくない台詞が聞こえたような気はするが、とりあえずスルーをしておく。


 先ほどからずっと向き合っているが、エルローは側近に命じてカイルを攻撃させたりはしない。慎重になっているのではなく、サレッタとナナが現れるのを待っているのだ。


 三人まとめて捕らえたあとは拷問でもするつもりか。当人でないので完璧な予測は不可能だが、ろくでもない目にあわされるのだけは間違いなさそうだ。


 ナナとサレッタの声がどんどん大きくなり、足音も聞こえてくる。ナナのはぺたぺたという裸足で歩くような音だが。


 裏口から外へ飛び出してきた二人は、カイルと対峙中のエルローを見て驚きを露わにする。


「あ、変態さんなのです」


 指差したナナに、エルローが唾を飛ばしながら「違う!」と否定した。


 反論したのはサレッタだ。


「違わないでしょ。私とナナちゃんを誘拐して、あんな真似を……! 絶対に許せない!」


 サレッタの言葉に、カイルの心臓が大きく飛び跳ねたような気がした。


「なん、だと……? 貴様! サレッタとナナに何をした!」


 激昂するカイルの背中に、ナナを連れたサレッタが素早く回り込む。


「聞いて、カイル。あの連中、私を人質にして、無理やりナナちゃんに火を吐かせたのよ。いたいけな少女の心に、どんなに傷をつけたか……!」


 涙ながらにサレッタは叫んでいるが、話を聞いたカイルはあれ、と心の中で小さく首を傾げた。


「ナナは優しいから、そのとおりにしてあげたのです。でも、髪の毛を燃やされて、つるっぱげになったそこの男が怒ったのです」


 見事なオールバックにしているエルローが、ナナに指差されるなり顔を真っ赤にした。


「また新しい髪の毛があるのです。取るといいのです。そうすれば本物の茹蛸になれるのです」


「ぶふっ!」吹き出したのはサレッタだ。


 両手で口元を押さえ、先ほどとは違う種類の涙を瞳に浮かべている。


「ぷっ、くく……ナナちゃんに……ひ、酷い……真似を……ぶふっ! ゆ、茹蛸って……あ、あはは! こ、こっち見ないでよ! ゆ、許さないから!」


 もはや何が言いたいのか意味不明である。台詞を言い終わったサレッタは、その場に蹲って笑いだした。我慢しようとする気もなくなったようで、口元にあった両手をお腹へ移動させて大爆笑する。


 してやったりのナナは、笑い転げるサレッタを見て満足そうに胸を張る。どうだと言わんばかりの態度に、全力で怒るのはエルローだ。周囲の側近が必死で笑いを噛み殺しているのを見れば、カツラの話が事実かどうかはすぐにわかる。


「クソガキが! 絶対に許さんぞ!」


「大変なのです。茹蛸が怒ったのです。墨を吐くのです。気を付けるのです!」


 ナナの台詞にとうとうサレッタのみならず、エルローの側近も吹き出してしまった。


 当然のごとく、エルローの怒りの矛先は側近たちへ向かう。苛立たしげに蹴りつけたあと、大声を出して衛兵を呼び寄せる。


 衛兵を呼ぶように命じていた部下の手引きで、すでに近くへやってきていたらしい。カイルが動く前に、ぞろぞろとやってきた衛兵に囲まれてしまう。


 エルローの周囲は屈強そうな側近が守る。敵の大将を潰して、活路を見い出すのも難しい状況だ。


「こいつらは私の家に火をつけた重罪人だ。すぐに捕らえてくれ!」


 承諾した衛兵のみならず、表にいた乱暴そうなエルローの部下までもがカイルたちを捕縛しようとする。


「多少の怪我は構わん。手加減などしたら、炎で殺されてしまうからな!」


 圧倒的有利な立場となったエルローが、余裕たっぷりに指示を飛ばす。


 カイルの視界には昨夜の衛兵もいるが、手加減をしようなんて雰囲気は微塵もない。敵意に満ちた視線を向けてくる。


 助けは期待できなかった。所属する冒険者ギルドにも騒ぎは届いているだろうが、無罪の証拠がない状況では手の出しようがない。恐らく、事態を正確に把握できるまでは静観する。


 自分たちで何とかするしかないが、あまりにも多勢に無勢。加えてカイルは、冒険者の中でも指折りの実力者というわけでもない。


「諦めて地面に額を擦りつけるなら、特別に許してやらんでもないぞ。死ぬまでただ働きはさせるがな!」


 無理難題も同然な条件に、頷けるわけがない。黙っているカイルに、エルローは歪極まりない笑みを向けてくる。


「逃げようとしても無駄だぞ。仮に包囲網を脱出できたところで、お前らはお尋ね者だ。冒険者ギルドも追われるだろう。稼ぐ手段はなくなり、最後には飢え死にするだけ。どのような選択をしようとも結末は同じだ。この私に逆らった時点で、お前たちの命運は尽きていたのだよ」


 高々に笑うエルローを前に、カイルは覚悟を決める。どうせお尋ね者になるのであれば、おもいきりぶちかましてやった方がいい。


「おい、サレッタにナナ。俺はあいつに土下座するなんてのはごめんだ。謝ったところで、許してもらえないだろうしな」


「じゃあ、どうするの?」サレッタが聞いてきた。


「徹底的に反抗してやる。上手く隙を突いて、エルローを人質にできればなんとかなるかもしれないしな」


「どうせお尋ね者にされるなら、おもいきり悪役になってもいいから、町を脱出してやろうというのね。いいわ、乗った。ナナちゃんはどうする?」


 危険な目にあわせたくない。サレッタの目はそう言っていたが、ナナは心配無用とばかりに笑う。


「あの茹蛸さんは、おかーさんを虐めようとしたのです。許せないのです」


 ナナの声が聞こえていたのか、エルローは「許せないと言いたいのはこっちだ」と怒鳴った。


「素直に火を吐くと約束したから、地下から出してやったのだぞ。なのに家を燃やすとは、どういうつもりだ!」


 エルローの怒鳴り声にも一切臆さず、ナナは当たり前のように言い放つ。


「約束通りに火を吐いただけなのです。家が燃えたのは、知ったことではないのです」


 可愛い容姿には似合わない毒舌ぶりを発揮する。カイルは慣れていたが、他の人間はさすがに面食らっていた。


「ならば私も、家を燃やした罪人どもがどうなろうと知ったことではない。殺しても構わん! たっぷりと痛めつけてやれ!」


 物騒な命令を配下に出したエルローを見ても、この場に集まっている衛兵は何も言わない。罪人だからといって殺すのは問題だと思うのだが、それでも構わなさそうな雰囲気だった。


 今すぐにでも飛びかかってきかねない衛兵に注意を払いつつ、カイルはナナに声をかける。


「逃げるスペースを作りたい。殺さない程度に火を吐けるか?」


「もちろんなのです。勇猛などらごんたるナナに任せておくのです」


 ナナが口を大きく開いた直後、何がくるのか察知した衛兵やエルローの部下が身構える。


 吐き出された火炎が闇夜を真っ赤に照らす。顔を動かし、前方に立ち塞がる全員が炎の範囲内へ入るようにする。


 慌てふためいて炎を避けるあまり、カイルたちへの警戒が疎かになるのを期待したが、衛兵たちは揃って大きな盾を構えた。


 炎が金属製の盾とぶつかる。大きな盾は見事にナナの吐いた火を防ぎ、後方の衛兵たちにダメージを与えさせない。


「私が何の対策も命じないと思ったか? 魔物にだって魔法を使うやつは存在する。町に備えがないと思ったのであれば、冒険者として失格だな。まあ、その資格はすぐに失われるだろうがな」


 冒険者が犯罪行為をすれば、即座に除名される。一度登録を抹消されれば、二度と復帰はできない。それほどの厳しい規定が冒険者ギルドにはあるのだ。


 登録を抹消された者は、非合法で仕事を請け負うようになる。表立って金を稼げなくなるのだから当然だった。


 本来ならそうした裏冒険者ギルドみたいなのはすぐに潰されてもおかしくないが、訳ありの客に重宝されているので、冒険者ギルドも国も黙認しているのが現状だった。


 しかしカイルが裏で仕事をしようにも、この町の権力者であるエルローに目をつけられていたら難しい。結局のところ、しばらく本拠地としていたネリュージュは出て行かざるをえないのである。


 お先真っ暗な感じもするが、現状をなんとか打破しなければ嘆くことすらできない。まずはこの場の脱出を考えてナナに火を吐いてもらったのだが、目論見は失敗に終わった。


「頼みの綱の火炎は効かないぞ。さて、どうする!」

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