第18話 そういうのを自業自得っていうんだよ!

 女性の気持ちには鈍くとも、カイルはそれなりに頭が回る。そうでなければ故郷の村を飛び出し、冒険者になって一年以上を無事に乗り切るなど不可能だ。


「リシリッチ商会に乗り込んだところで、白を切られて終わりだな。裏家業をしてる連中のところに情報を熱めに行こうにも、俺程度じゃからかわれるだけか」


 盗賊などが根城にしているであろう裏通りの宿屋へ行けば、ある程度の情報を知っている奴がいるかもしれない。


 しかし仲間意識というものがあれば、昨夜に他の盗賊が捕縛される原因になったカイルの頼みを素直に聞いてくれるとは思えなかった。


 金をチラつかせて応じてくれるのは、欲深い一般人だけだ。それでも金に目が眩んだ相手に、騙されて襲われるケースもある。裏で蠢く悪人に金があるのをにおわせたりしたら、カイル程度はいともあっさりと身ぐるみを剥がされる。


 それにエルローは人けがなかったとはいえ、白昼に堂々と誘拐を敢行した。その点を考慮すると、町でかなりの権力を持っている可能性が高い。加えて荒事が得意な連中にも知り合いが多いだろう。カイルの予測が合っているのであれば、裏の人間に協力を求めるのは危険極まりない行為になる。


「……八方塞がりだな。どうすりゃいいんだ」


 空と同じように、カイルの心の中まで真っ暗になりそうだった。呆然とただ歩いていると、日中にナナやサレッタがいたあたりに小さな瓶がひとつ落ちていた。近くにはスプーンもある。


「……スプーンどころか、瓶の中まで綺麗になってるじゃないか。少しも残さないくらい、水あめが気に入ったのかよ」


 目を閉じれば、楽しそうにはしゃぐ少女の顔が浮かんでくる。隣で優しげに見守る母親のごとき女性の顔も。


「頭を抱えてる場合じゃないな。さらわれたのなら、助けに行けばいいだけだ」


 カイルは目を開く。方法がわからないからといって、悲観してる暇はない。


「駄目元で衛兵のところに行ってみるか。昨日、一緒に戦った彼なら、何か情報をくれるかもしれない」


 土で汚れた瓶とスプーンを拾い、持っていた布で拭いてから、その布で瓶とスプーンを包んでズボンのポケットに突っ込んだ。


「さて、行くか」


 短く告げて、カイルは公園をあとにする。やることが決まれば足取りも若干軽くなる。


 時間が勿体ないので、走って昨夜にテントを張った場所に行く。幸いにも、そこに立っていたのは昨日と同じ二人組の衛兵だった。


 近づく足音に気づいた衛兵のひとりが、カイルを見るなり頬を緩めた。昨夜に、一緒に戦ってくれた男性だ。


「賞金は受け取ったかい? 結構な額になっただろ。おや、昨日の奥さんと娘さんは一緒じゃないのか?」


 不思議そうに尋ねてくる男性に、カイルは自分の身に起こった出来事を告げる。情報を得たいのであれば、事情を隠しても仕方がないと判断した。


 正確には妻と娘じゃないと説明する手間も面倒だったので、二人が何者かに誘拐されたという点を強調する。


 隣に立つもうひとりの衛兵にも話は聞こえていたようで、驚きの表情をカイルに向けてきた。


「重大な事件じゃないか! 犯人はわかっているのか?」


 手に持つ槍や着こんでいる鎧をカチャカチャと鳴らしながら、緊迫した顔つきで詳しい事情を知りたがる。


 仲良くなったまではいかないが、昨夜の一件で顔見知りと呼べるくらいの関係にはなれた衛兵も心配そうにしている。


「公園で見知らぬ男たちに囲まれた二人を助けに行こうとした直後、後ろから何者かに殴られて気を失ってしまった。どこへ連れ去られたかも含めて、何もわからない。そこで、目撃情報みたいなのがないか知りたかったんだ」


「なるほどな。それなら俺に聞くより、詰所に行った方が早いんじゃないか?」言ったのは顔見知りの衛兵だ。


「それも考えたが、もうひとつ聞きたいことがあるんだ。エルロー・リシリッチという商人の評判について、教えてもらえないだろうか」


 エルロー・リシリッチと聞いて、二人の顔色が変わった。


「まさか、君は犯人がエルローさんだと思っているのか?」


「わからないが、襲われる前に俺はあの人に話しかけられた。ナナ――娘を紹介してもらえないかとね。だけど俺は断った。事件が起きたのはそれからすぐだ」


「だからといって、証拠はないんだろ? なら決めつけるのは危険だよ。エルローさんは商会が大きくなるにつれて、町へ税金だけじゃなく寄付金も支払っている人だからね。ついでにいえば、王国への寄付もかなりの額だよ」


「そうか。わかったよ、ありがとう」


 それだけ言うと、カイルは二人の衛兵に背を向けた。彼らは何も言わずに見送り、すぐに自分たちの任務に戻る。あとは関わりたくないとでもいうように。


 半ばわかってたはいたが、こうまで影響力を見せつけられると嫌になってくる。衛兵の説明だけでも、簡単にはいきそうもないのが痛感できた。


 ありあまる金を使って町での権力をある程度手に入れたからこそ、誘拐も平気で行える。仮に捕縛されたとしても、すぐに解放される自信もあるのだろう。ますますもって、正面から戦うには不利な相手だ。


 何か弱味を握れれば話は別だが、そこまで用意周到な男がカイルみたいな冒険者に隙を見せるとは思えない。正面突破を図ろうにも、カイルより格上の実力を持つ者が用心棒として雇われているのは確実だ。


 カイルにはどうしようもない相手だ。本来なら泣いて諦めるしかない。けど、そんな真似ができるわけなかった。


「こうなったら、とことんやってやる……!」


 返り討ちにあおうとも、仲間を見捨てることだけはしたくなかった。


 カイルが覚悟を決めた直後、町中に轟音が響いた。


「何だっ!? 魔物が攻めてきたのか? それとも戦争でも始まったのか!?」


 驚愕に目を見開く中、前方にある大きな建物から火が吹いているのが見えた。町の中央から、やや離れた場所のようだ。


「あそこは確か……金持ち連中の家がある場所じゃ……」


 そこまで言って、炎の原因に気づく。もしナナをサレッタと一緒に誘拐したのだとしたら、エルローは安心できる場所に連れていきたがるはずだ。


 ナナが存在を認知されたのは昨日。一日も経過しないうちに連れ去る計画を立てるのは不可能。だとしたら、準備もろくにできていなかったに違いない。


 急遽、誘拐する事態になったナナをどこへ連れていくか。カイルが相手の立場になれば、金をかけた造りになっていそうで護衛もいるだろう自宅にする。


「秘密基地みたいなのがありそうだと思ってたが、考えすぎだったか!」


 ナナとサレッタが誘拐された場所を探す必要はなくなった。燃えている建物を目指して、とにかく走る。


 金持ちの屋敷がいきなり燃え始めたのだから、周囲の人間が騒ぎ出すのも当然だ。集まってくる野次馬を、大きな家から出て来た柄の悪そうな男たちが追い払おうとする。


 屋敷はしっかりとした石造りで、綺麗にグレー一色に塗られている。美しい模様みたいなのが描かれ、一見しただけで高級そうかつ厳かな雰囲気に気づかされる。


 他にもカイルの身長より遥かに大きな家が建ち並ぶ。どれもが自身の財と権威を象徴するかのように、ひと工夫加えた豪華なデザインになっていた。


 燃えている屋敷は、幾つあるかもわからない家々の中でも特に目立っている。昨夜に泊まろうとしていた宿屋よりも大きいので、その気になったら商売ができそうだった。


 基本的に二階建てが多い町の中で、周辺を見下ろすかのように頭が抜き出ている。ぱっと見ただけで、四階はありそうな高さだ。


 見たことはないが、まるで城みたいだとカイルは思った。


 その屋敷の三階部分から火が出ている。家すべてを焼こうとしているかのように、轟々と燃えている。


 結構な火事になりそうだが、周辺の金持ち連中は慌てていない。金持ちの建てる家であるがゆえに敷地面積が広く、簡単には他の家へ燃え移りそうになかった。


 すぐにでも衛兵に連絡が行き、水と氷の魔法を使える人間が派遣されるはずだ。それまで、煙を吸わないようにしていればいいだけなのである。


 だが、この状況はカイルにとってチャンスだった。普段ならどう頑張っても入れないような屋敷の扉が、中の連中のおかげで開け放たれている。


 もしかしなくとも避難するためで、ついでにいえば、燃える家にわざわざ侵入したがる人間がいるとも考えないだろう。こういう状況なら、普段は使わない裏口も開放されているに違いない。


 素早く屋敷の裏側へ向かう。家の前に立っていた用心棒みたいな奴らは、中から出てくる人間に事情を聞いたり、家の周りに集まっている野次馬を追い返すので大わらわだ。


「やっぱり裏口があったな。そこから侵入すれば、目立たずに中へ入れる」


 言葉にしたとおりに実行しようとしたが、その前に足が止まった。裏口から出てくる男を目にしたせいだ。


 屋敷の正面にいた乱暴そうな連中とは違い、貴族に使える側近のような服を身に纏い、身だしなみもしっかり整えている男たちが周囲に付き従う。


 名前を確認するまでもない。多くの人間を引き連れて裏口から現れたのはエルロー・リシリッチだった。


「くそっ、あのガキめ。私の屋敷を燃やすとは! 衛兵に連絡はしたのか! 火を消して、すぐにガキと女を捕らえろ! 二度と火など吐けぬように口を糸で縫い付けたあと、不愉快な趣味の下衆どもに下げ渡してくれるわ!」


「勝手言ってんじゃねえよ!」


 隠れてやり過ごせばいいのに、つい反射的にカイルは怒鳴ってしまっていた。当然のごとく、エルローとその他の視線が集まる。


「ほう。仲間を取り戻しに来たのか? 丁度いい。この不始末の責任をお前にとってもらうとするか」


「不始末の責任? お前がサレッタとナナを誘拐したんだろうが! 後ろから俺に一撃を加えてな!」


 カイルが指差し、怒鳴りつける。激情に任せた行為は好ましくないと理性でわかっていても、マグマのごとく溢れてくる激情を止められない。


「言いがかりはよしてもらおうか。それとも、証拠でもあるのか?」


 今さら本性を隠す必要もないと思っているのか、エルローの口調は日中に会った時と大きく変わっていた。恐らく、こちらが本来の口調なのだろう。


 カイルが何も言えずにいると、フンと鼻を鳴らしたエルローがさらに言葉を続けた。


「むしろ感謝してほしいものだな。私は倒れているお前の仲間を助けてやったのだ。それも自宅で治療するおまけつきだ。普通なら泣いて喜ぶべきなのに、あろうことかあのガキは火を吐いて私の屋敷を燃やしやがった。どうしてくれるっ!」


 かなりの迫力ではあったが、体内に宿している怒りの量ならカイルも決して負けてはいない。


「ふざけるな! どうせナナを見世物にでもしようとして、さらったんだろうが! そういうのを自業自得っていうんだよ!」


 唾を飛ばして応戦するも、エルローは怯んだりしない。凄みなら、むしろカイルよりも上だ。


「この私に生意気な口をききおって! お前らは全員犯罪者だ! さっさと衛兵を連れてこい!」


 カイルは軽く舌打ちをする。エルローは町だけでなく、王国にも多額の寄付を行っている。衛兵がやってくれば、誰の発言を重視するのかは明らかだ。


 現在の状況をどうにかするには逃げるしかないのだが、カイルひとりでは意味がない。ナナとサレッタを早く見つける必要があった。

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