第5話 なんだか、目が怖いのです

「これでもまだ、人でなしのカイルはナナちゃんを衛兵に引き渡そうっていうの!?」


「お前、衛兵を何だと思ってるんだ。王国から派遣されたれっきとした兵士だぞ。迷子を預かったら、きちんと保護してくれるに決まってるだろうが」


「話題をすり替えないで!」


「いや……微塵もすり替えてないんだが……」


 どうやらナナを気に入ったらしいサレッタは、どうあっても一緒に連れて行きたいみたいだった。こうなると、どんなに説得しても応じてもらえない。


「チッ……わかったよ」


「さすがカイル! 私……信じてた!」


「信じてたのです」


 片方はカイルを人でなし呼ばわりし、もう片方は火を吐いた際には巻き込んで燃やすと宣言している。


 よくもまあ、そんな賞賛を口にできるものだと思ったが、ナナはともかくサレッタは平常運転なので余計な指摘をしないことに決めた。


「だったら早く移動するぞ。宿に泊まる金はないんだ。どこか夜風をしのげる場所を探さないとな」


 それなら、とサレッタがナナを抱きしめたままポンと手を叩いた。


「テントがまだひとつ、残ってたはずよ」


 名残惜しそうにナナから手を離したあと、サレッタが立ち上がって下ろしたリュック――革袋の口を紐で締めたものを開き、中から冒険者の必需品ともいえるテントをひとつ取り出した。


 カイルはすっかり全部使ったと思っていたが、実際はひとつ残っていた。助かったと安堵する。


「テントで休むのと野宿するのとじゃ、大違いだからな。町の隅のスペースを借りて、テントを使わせてもらうか」


 サレッタが賛成する。ナナはテントというものがよくわからないのか、不思議そうについてくる。


 すっかり懐いたサレッタの上衣の裾を掴み、とことこと歩く。着ぐるみのおかげか、靴などは履いていなくとも問題ないみたいだった。


「テントというのは何なのです?」


 町の郊外だけあって、建っている家はほぼない。普通、町に入れれば宿屋を利用するので、こんな場所でテントを張っている人間も他にはいない。


 町の出入口が近くにあり、二名の衛兵が左右に立って注意深く外を観察している。そのうちのひとりがカイルたちに気づく。


「こんな時間に町を出るのか? まだ小さい娘を連れているんだ。やめておいた方がいいぞ」


 衛兵はどうやら、カイルとサレッタを夫婦。ナナを娘と判断したみたいだった。


 どらごんなのですと否定されたら無駄な説明時間を使わせられるだけなので、ナナやサレッタが何かを言う前にカイルが衛兵の相手をする。


「ここでテントを張ろうと思いまして……問題ないですか?」


「町中でテント?」


 怪訝そうな視線で、二十代後半と思われる衛兵が注意深くカイルたちを観察してくる。


 右手に槍を持ち、兵士用のと思われるチェインメイルを身に纏っている。兜も装備しており、一般兵士のと比べても立派だった。


 ここが王都から近く、冒険者ギルドもある大きな町なのも影響している。


 下手にこの町で何かあったら他国に国防能力を疑われかねないし、間違って占領でもされたら、王都の目と鼻の先に敵の拠点ができてしまうことになる。


 従って厳重とはいえなくとも、他の町や村などに比べて装備が充実した兵士を国から派遣されていた。


「今夜だけですし、特に迷惑もかけませんので。娘に冒険的な雰囲気を味わわせたいんです」


 頭の中に浮かんだ適当な理由を口にする。ナナをカイルの娘だと誤解しているのなら、利用させてもらうべきだと判断した。


 身なりからして、カイルとサレッタが冒険者なのは見破っているだろう。経験を積んだ衛兵でも、着ぐるみ姿のナナは正体不明かもしれないが。


 冒険者であればテントの知識はある。町中でわざわざテントを張ろうとする理由としては、先ほどの娘に経験を積ませたいというのはなかなかに思えた。


 やがてまだ怪訝そうではあるものの、衛兵は好きにすればいいと言った。町の出入口付近でスペースはあり、住居も少ない。誰かに迷惑をかけたりする可能性は低いし、何より側に衛兵がいるので変な真似もできない。


 恐らくは立ち去るまで多少の監視の目を向けられるだろうが、こんな場所でテントを張ろうとするカイルたちが悪い。


 本当なら今頃はボロ宿とはいえ、きちんとしたベッドで睡眠をとっていたはずなのだ。


 やれやれと肩を落としつつ、サレッタと協力してテントを張る。


 作業中にふと視線を感じたので、早速衛兵に監視されているのかと思ったが、手を動かすカイルやサレッタをじーっと見つめていたのはナナだった。


 凝視するように瞬きひとつせず、くりっとした大きな青い瞳を輝かせている。


 どうかしたのかとカイルが尋ねる前に、ナナは「凄いのです」と感想を口にした。当然サレッタにも聞こえている。


「ナナちゃんもやってみる? 私が教えてあげる。だって、その、ほら、ね? お、お母さん……だもんね」


 頬を赤らめたサレッタがナナと会話しながら、ちらちらとカイルを見る。


 挙動不審な態度に首を傾げながらも、カイルは作業を続ける。生まれ故郷の村にいた時から、一緒に行動していても、サレッタの考えてることはよくわからなかった。それが今も続いてるだけだと、勝手に自分の中で自己解決する。


 そのうちに、カイルはああ、とようやく気付く。衛兵にした説明に綻びが出ないように演技してくれているのだ。


 納得したカイルは、それなら自分もとサレッタの芝居に同調する。


「それがいいかもしれないな。サレッタ――お母さんは、俺より手先が器用だからな」


「そ、そそそうよ。わ、私はお母さんで、お父さんなカイルより手先がききき、器用っ!」


 何故かパニくるサレッタの顔に、どんどん赤みが増していく。


「うにゅにゅ……ナナもおかーさんと呼べばいいのです? おかーさん」


 面と向かってナナにおかーさんと呼ばれたサレッタが、その場で腰砕けになる。カイルが知らなかっただけで、かなりの母性本能が元からあったのかもしれない。


「お母さんか……うふ、うふふ」


「……なんだか、目が怖いのです」


 不安そうに見てきたナナに、自分もだとカイルが頷く。


 お節介なのも含めて多少なりとも性格に変な点はあったが、ここまでではなかったはずである。


 0一体何がサレッタを狂わせているのか。長い時間を共に過ごしてきたカイルにも、原因はわかっていなかった。


「とりあえず、好きなようにさせておいて様子を見よう」


 なんだか自分の世界に没頭しているような気もするが、害はなさそうなので大丈夫だろう。


 カイルが対応策を示した少しあと、現実に戻ってきたらしいサレッタが、コホンと咳払いをした。


「じゃあ、お母さんと一緒に作業しようね」


 頬を赤らめたまま、にこにこ笑顔のサレッタがナナを呼び寄せる。それに従って、着ぐるみ姿のままでナナがとことこ歩く。


 町の子供たちの間で流行しているファッションかと思ったが、ナナの言葉を信じるなら、彼女はこの町の住人ではない。加えて衛兵が不思議そうな視線を向けているので、子供の着ぐるみ姿はやはり珍しいのだとわかる。


 どうしてナナはドラゴンの着ぐるみを着用し、自らをドラゴンだと呼称しているのか。考えれば考えるほど、じーじと言っていた家族らしい人物の性格が不安になってくる。この場合は性癖とでもいうべきだろうか。


 サレッタがメロメロになっているので、確かに着ぐるみ姿のナナは可愛いのだろうが、さすがにカイルは四六時中そんな格好をさせていたいとは思わない。ただ、人それぞれなので、どうこういうつもりはなかった。


「あっ!」


 突然にサレッタが大きな声を出した。夜で周囲はシンとしているので、衛兵にも聞こえたらしい。


 注目を浴びる中、カイルはサレッタにどうしたのかを聞く。


「何かあったのか」


「うん。これ見て」


 そう言うとサレッタは、しゃがみ立ちの体勢で、後ろから抱っこするように体を支えているナナの右手の手のひらをカイルに見せた。


「ナナちゃん、肉球がついてる!」


 危うくカイルはその場ですっ転びそうになった。


 背後で、急速に警戒する気配が薄れていく。確認するまでもない。こちらの様子を窺っていた衛兵たちも、揃って呆れているのだ。


 そんな中でサレッタひとりが、世紀の大発見をしたとばかりに、宝石のような深紅の瞳を輝かせて鼻から荒い息を吐いている。


「ナナはどらごんなのです。だから、にくきゅーがあるのは当たり前なのです。えっへん」


「威張るところなのか……?」


 やや呆然とするカイルの前で、サレッタがナナの肉球の感触を確かめながら賞賛の言葉を連発する。褒められて悪い気はしないらしく、どことなくナナも嬉しそうだ。


 それなら別に問題はない。カイルはサレッタの相手をするのを諦めて、自分の作業に没頭する。

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