第18話 反逆者
「安心してください。私たちは彼らに請われて帝国の領土を取り戻し、それを使って交渉しようとしているのです」
俺が目で合図を送ると、ミゲールが俺の隣に進み出た。
「お主はコレンソか。久しいな。帝国兵による襲撃の際、散り散りになってしまったが、奥方や子とは会えていたのだな」
「その話し方……まさか、上級薬師のミゲール様ですか」
おっと。コレンソ曰く、ミゲールは上級薬師とかいう身分だったらしいぞ。
「昔の話だ。過去の肩書などに意味はない。そうではないか?」
俺たち相手ではちょっと肩身が狭そうだったのに、自分の過去を知る者が現れた途端、偉そうに振る舞いだす小物っぷりがなんともゴブリンっぽいぞ、ミゲール。
もしかして、性格によって変化する魔物に差がでるとか? まさかな。ファンタジー世界じゃあるまいし。
そういや魔法はないけど、ここ、並行世界の地球なのに地毛が色とりどりなファンタジー世界だったわ。
「ええと、コレンソさんでよかったですか? もしかして、人懐っこい性格だったりします?」
場の流れをぶった切る唐突な確認だったが、ミゲールとコレンソは揃って驚きを露わにする。
「どうしてわかったんですか?」
答え。ゴールデンレトリバーじみた姿になってるから。
とても言えないよ、言えない。下野太郎時代はゴールデンレトリバーと過ごす豪邸生活を夢見ていたが、目の前の三匹を眺めると気持ちも萎えてくる。
なにせゴールデンレトリバーが二足歩行になって、毛のない長い腕と脚を生やしているのだ。
顔は可愛く、体は不気味。まさしく魔物。ああ、撃ってしまいたい。
「なんとなくです。それより、皆さんの他にも過去の研究の関係者は生き残っているのですか?」
「この先に小さな集落があるのですが、そこの村長宅にあった床下のスペースなどで、何組かの家族が生活しています」
ミゲールが同行中ということで、ゴールデンレトリバータイプのコボルト、コレンソの口もだいぶ滑らかになっていた。
「この場にきたのはお三方だけですか?」
「私たちは犬型の魔物になって、鼻と耳がきくようになったので、偵察にはうってつけなんです」
どうやら森で暴れまくっている連中……つまりは俺たちの存在を音などで察知し、様子を見にきたというわけである。
「なるほど……計画通りですね」
元王妃らしく策略家然とした態度を披露したのだが、何故かアニータも含めた周囲にジト目を向けられた。
しかし俺はめげずに、くるりと味方一行へ向き直った。
「皆さん、森で戦えば、同じように隠れ住んでいる元人間たちを救えるかもしれません。これは立派な人助けですよ、うふ」
「いえ……残念ながら森にはもう……」
沈痛な面持ちなところ悪いが、俺の知りたい情報はそれではない。
「嫌ですね、コレンソさん。やってみなければわからないじゃないですか。それとも魔物になったからといって、かつての同僚を見捨てるのですか?」
「そんなわけ!」
「では決定ですね。森の奥で人探しです。大丈夫。敵が出てこなければ戦いませんから。私は戦闘狂ではないのです、うふ、うふふ」
「じゃあ、森へ行かなくてもいいんじゃないの?」
場に諦めムードが漂う中、小さなわんこ……もとい、娘コボルトが言った。
「だって、北の都で知り合ったお友達、皆、森で食べられちゃった。ひっく」
外見はあれでも、声は幼女そのもの。嗚咽を聞かされると、さすがのトリガーハッピー野郎も冷静に……あまりなってねえな?
だが、黙らせるために撃ちたいとかまでは思わないあたり、俺もまだまだ冷静なのだろう。そう考えると、戦うために森へ行くのもどうかと思えるな。
「姉御……」
息でも吹きかけてほしそうに、アニータが人の肩からにゅっと顔を出してくる。
しかし俺は気付いた。気付いてしまった。
コボルト組も一応大事なところを布を巻いて隠しているが、奥方はかなりの巨乳らしく、いまにも乳房が零れそうになっている。アニータはそれを凝視しているのだ。
「わかっています。泣く子には勝てません。それより……アニータさんは、もしかして女性なら誰でもいいのですか?」
アニータの視線を感じてはいても、一応は同性なのでそこまで警戒はしていなかったのだろう。
それが俺の発言を聞くなり一変。奥方は半身になって、乳房やヒップをアニータから見え辛くしたではないか。
このやりとりに、場にいる全員がアニータを白い目で見た。
「ち、違うって! アタイは姉御一筋で……ああッ、いや、それは……ううッ」
頭を抱えて地面に膝をつくアニータ。それでもチラリチラリと、俺の豊かなお尻に視線を向かわせるあたり、発情期でも迎えてるのかもしれない。
俺も元はスケベ心旺盛なタイプだっただけに、アニータの行動原理がよくわかる。銃を持って以降、抱く欲望の種類が劇的に変わってしまったが。
「領土奪還はこのあたりで一度やめ、コレンソさんたちがいたという村落へ向かいましょう。そちらは安全なのですか?」
「それが……最近では森からきた魔物たちに圧迫されるようになりまして……以前は私たちでも追い払える強さの魔物しかいなかったのですが……」
「そうなると、森の奥でまた強大な個体でも生まれたのかもしれんな。それによって勢力に変化が起き、森を逃げだす魔物が増えた……」
ミゲールの推測に心をトキめかせていくと、俺と添い寝やお風呂はしたくても、可能なら森に行きたくないメルティが、物言いたげな笑顔で肩を叩いた。
指で示されるのは、怯え中の幼女コボルト。
「森の奥より砦の中です」
「……仕方がありませんね。ミゲールさんとの約束もあります。お楽しみはあとに取っておきましょう」
味方一同のみならず、歓談中のミゲールとコレンソも瞬時に真顔になって動きを止めた。
「誰か、姉御を思いとどまらせる方法を知らない?」
アニータの問いかけに、揃って首を横に振る面々。俺のことが本当に好きなら、火の中水の中という展開になるのではないのだろうか。
一抹の寂しさを感じつつも、俺たちはまずコレンソのいた村落へと向かった。
※
村落に巣食っていた魔物を撃滅し、ついでに周囲の魔物も滅ぼし尽くしたあと、ミゲールたちのいた北の砦へと帰還する。
村落で休もうにも残っていた家はボロボロで、リザードマンやフロッグマンみたいなタイプに変化した元人間たちも地下の床で眠っている有様だった。
当然、食料も満足になく、むしろ救出側が分け与える始末で、野営続きと空腹で砦に着いた時は、アグーでさえもホッとした顔をしていた。
俺はチート武器のバフ効果であまり疲れておらず、元人間の連中にまで化物を見る目で見られたのはなかなかにショックだった。
砦で休息を取りつつ、今後の予定を練ろうと思っていたのだが、砦の門は開かず、あろうことか塁壁の足場に立った弓兵がこちらを狙いだした。
「まるで敵みたいな扱いですね。どうなっているのでしょう」
俺の声が聞こえたのか、ピカピカの鎧を着た偉そうな髭面が塁壁の上に顔をだした。ゲームや洋画で、司令官役が似合いそうなダンディマンだ。
「みたいではなく、敵であろう。やはり情報は正しかったか」
やたらと重低音をきかせた声はよく通り、鎧に着られている感満載の小太り中年のくせに態度や雰囲気だけは英雄級だ。しかもなかなかにイケメン。
「首魁ベアトリーチェとその一行は、反逆者として賞金がかけられている。魔物の仲間ならば当然よな。つまり貴様らも魔物同然!」
門が重々しい音を立てて開き、奥から大勢の騎馬隊が現れた。全員が立派な武具を身にまとっており、かなりの強者感がある。
フルプレートにフルフェイスアーマーなので顔は見えず、馬にも専用のシルバーの鎧やガントレットが装備されている。完全な重装騎兵だ。
「こんな軍勢があるのなら、先の防衛線で出せばよかったのに」
「黙れ! あの時も貴様らが裏切ったのだとヨーゼフから報告を受けている!」
「ヨーゼフ?」
俺が小首を傾げると、隣で斧を構えるアグーが、砦を放棄して真っ先に逃げた指揮官だと教えてくれた。
「なるほど。自らの失態を、こちらのせいだとしたわけですね。このような連中がはびこっている以上、まともな交渉はできないでしょう」
俺が視線を向けると、ミゲールたちが悔しそうに顔を歪めていた。
「観念して縄につけ、そうすれば命だけは助かるかもしれんぞ」
「とてもそうは思えませんが……」
賞金をかけるともなれば、一軍の将が勝手に行えるとも思えない。
恐らくは帝都にも今回の報告がいった結果、腐れ汚物皇帝が執着しているベアトリーチェを辱めるべく仕組んだのだろう。
とことん救えない男で、本物のベアトリーチェが毛嫌いしていたのもわかるというものだ。自分で産んでいないとはいえ、娘が少々心配になってくる。
「この砦の補修作業に当たっていた者はどうしたのですか?」
「貴族である俺様にたてつき、貴様の無実を訴えてきたのでな。仲間だと断定して牢にぶち込んでやったわ! 男どもは魔物どもを引き寄せる餌に、女どもは我が軍の士気高揚のために使ってやろう。ハーッハッハ!」
俺たちが戻ってくるのを見越して伏兵も用意していたらしく、あっと言う間に囲まれてしまう。
「あの分では投降してもろくな扱いは受けないでしょう。敵陣を突破し、敵の大将を人質に取って逃げられればいいのでしょうが……」
捕縛した者たちから、俺の武器に関する情報を得ているのか、重装騎兵たちは揃って立派なカイトシールドを装備している。
造りや素材からして、アグーの取り巻きたちが持っているのとは別物だ。
「突破は難しそうですね。そうなると囲みをどうにかして……」
しかし、言い終わる前に数多くの矢が放たれた。アグーやその取り巻きが巨大な斧や盾で守ってくれるが、完全には防ぎきれない。
簡単に動けなくなったところで、正面の重装騎兵が突撃してくる。
俺は咄嗟にショットガンを撃ったが、一撃ではダメージを与えられても落馬すらさせられない。
次第に敵が迫り、俺は胸を槍で貫かれた。
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