掌編小説・『ハロウィンの一夜妻』

夢美瑠瑠

第1話



  おれは重度の障碍者で、手足にマヒがある。


 日常は、「五体不満足」を書いた人よりもっと不自由で、「生ける屍」みたいな人生で、しかし死ぬこともできず、おめおめと、漫然と、生き続けている。


 こうなったのは、交通事故でであり、その時に家族はみな亡くなって、おれひとりが大手術の末にどうにか生き延びて、今は34歳になった。事故からは13年になる。


 交通遺児のためのいろんなファンドや救援制度を利用したり、まあ、日本は先進国で福祉制度は色々あるからカネには不自由しない。一命をとりとめたことを幸福とみるか不幸とみるかはともかく、死んでしまえばなんにもないのだから、と、極力、前向きに考えようとはしている。が、世間の健常者に引き比べて、自分が舐めている辛酸、痛苦がいかに苦々しい酷い味か…そういうことはわかってもらえないし、共感を拒否して、たいていの人間は悟性が蓋をするみたいになると思う。見て見ぬふり、臭い物には、蓋、になるのが人間の通弊である。


 で、事故時には、21歳の大学生で、恋人もいたおれは、しかし、童貞だった。

 

 恋人は、”ホーキング博士”さながらの姿になったオレを、当初は「ザ・フライ」というシネマの恋人みたいに、なかなか見捨てるに忍びず、献身的に介護してくれて、時には”テコキ”というやつをしてくれたりすらした。


 が、普通の生活もしていた彼女はやがてほかにいい仲の恋人ができて、いやおうなしに離別の憂き目になった。治る見込みでもあれば別だが、単なるやっかいものの寄生虫のおれには引き留める権利はなかった。

 「出会わなければよかったね」と、最後の時に彼女は言った。おれは涙をこらえて、言葉が出なかった。


 …自殺ということは、目が覚めて、自分の状況を悟ったその瞬間から蠅のように付きまとうやっかいなオブセッションだが、端的に言うと、舌でも嚙まない限り、決行は不可能で、あごの咀嚼力も弱いので無理なのだ。介助の人は、自殺ほう助罪になるので、頼めない。で、生き地獄、煉獄の苦しみがずっと持続していて、…出口はない。「出口なし」というサルトルの小説があって、これは死刑前夜の死刑囚の心理を克明に描いたものだが、あれよりも状況は悲惨?いや、どっこいどっこいだろうか。おれは他人の手を借りないと水一杯飲めないのだ。頭にはなんの損傷も受けず、が、こうなってみると、それも、なんだか神様だかの冷笑的な皮肉にすら思えてしまう。


 で、35歳の誕生日を迎えた。今日は、偶然にもハロウィンである。

 「ハロウィン」というホラー映画があったが、おれは毎日がホラーだかスプラッタみたいな悲惨さで、祝日とか誕生日でもホンマはどうでもいいのだが、「これは神様がおれに与えた試練で、おれになにかのオレが持って生まれた”使命”?”ミッション”?そういうものを悟らせようとしているのかもしれない…」だんだんそういう落ち着いた澄んだ心境になってきたという趣きもある。殊勝過ぎるようだが、なにかの”救済”を想定しないと、人間は生きられない。宗教というのはすべからくそういうものだろう。幻想としても、そのこと自体で魂が救われればいいのだから…


 で、おれも世間の人々と同様に、ハロウィンを厳粛に、愉快に寿ぎたい気分になってきた。が、宗教的な悟りの効用でなく、呑んだ発泡酒の作用で、である。


 「デリヘル・エンプレス」という、オンナを宅配してくれるお店に電話して、ヒマを託っているだろう風俗嬢を、一夜だけ囲う、ことにした。貯金はたんまりあるので、Patr Time Lover の、時間と貞操を買うことにしたのだ。「貞操を買う」というと、なんだかドキドキした。


 <続く>

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