二十八、論理くん、ハルシマで怒る

八月二十二日。私たちは、ハルシマスパーランドのジャンボ海水プールにやってきた。更衣室で、昨日優衣と買った水着に着替える。ピンクの小花柄のワンピースタイプの水着。論理くんは清楚なのが好きだから、そんな感じの水着にしてみた。

「優衣、どうかな」

おずおずと、先に着替え終えた優衣のもとに行く。

「バッチグーだよ!論理もイチコロだねぇ」

優衣の水着は、オレンジのビキニ。ビキニとは、優衣も大胆だなぁ。まぁ優衣は私より痩せてるからいいよね。その分胸は小さいけど。

「それにしてもぶんちゃん…」

「え?」

「相変わらずおっぱいがでかい!けしからん!けしからんぞ〜っ!」

敗者の叫びを上げながら、私の胸を揉んでくる優衣。

「やっ、やめてよ〜」

今日も平和である。


「おっまたせ〜!義久!論理!」

更衣室を出ると、論理くんと沢田くんが待っていてくれた。論理くんは、学校のスクール水着、沢田くんは、派手な柄の海パンを履いていた。

「どう?私の水着は?セクシーでしょお」

優衣はそう言ってセクシーポーズをとった。沢田くんは、優衣と私の水着姿を見比べる。

「優衣。セクシーってやつはな、胸がなきゃなぁ」

「バカっ‼︎変態‼︎ほんとデリカシーがないんだから‼︎あんたはボインのお姉さんでも眺めてればっ‼︎」

優衣は、そのまま浮き輪を持って先に行ってしまった。

「優衣!…沢田くん、今のはちょっと酷いよ」

私が沢田くんに注意すると、沢田くんは、私の胸の辺りを見つめた。

「池田は大きいよな。こりゃCカップかな」

バシッ!沢田くんの頭を叩く。

「もーっ!早く優衣のところに行ってあげなさい!」

「しかたねーな。おーい、優衣ー」

沢田くんは、走って優衣のもとへ向かった。論理くんと私が取り残され、私はもじもじしながら論理くんを見た。

「論理くん…。どうかな…この水着…」

論理くんに喜んでもらいたいな…。論理くんは、優しく微笑んだ。

「うん、池田さんらしい清楚でかわいい水着だと思う。似合ってるよ」

嬉しい!太陽が真上から痛いくらいに頭を直撃して熱いけれど、論理くんの言葉はそれよりもずっと熱いよ!

「ありがとう!論理くん!」

私は、論理くんの手を取ってプールへと向かおうとした。でも論理くんを見ると、私の股間の辺りを見つめていた。

「ちょっ!な、なに見てるの論理くん!」

私は、股間を両手で隠す。論理くんは慌てて目を逸らした。

「ご、ごめん、池田さん…」

論理くんの水着の中身が大きくなっているのを、私は見逃さなかった。


今日は夏休みということもあって、プールは人で溢れていた。周りを見ると、友だちどうしで来ている人、カップルで来ている人、家族連れが多かった。あとは、健康のためなのか、年配の方もちらほらいた。私たちは、まずは流水プールに入って楽しんだ。浮き輪に乗ってゆらゆら流されるのが気持ちがいい。浮き輪は二つ持って来ていたので、一つを論理くんと私で使い、一つを優衣と沢田くんで使った。私たちははしゃぎながら流水に身を任せていた。

「池田さん、楽しいね。ゆらゆらり、ゆらゆらり」

「ゆらゆらり、ゆらゆらり、楽しいね!あー今日みんなで来れてよかったぁ」

論理くんと私は、流水に流されることを、『ゆらゆらり』と名付けて、浮き輪にしがみついて流されていた。

「池田さん」

論理くんはそう言うと、水中の中から私の胸を揉んだ。

「やだ、論理くん、こんなところでダメだよ」

と言いつつも、内心嬉しい私である。

「いいじゃん、みんなに見せつけようぜ」

「こんなの見せつけるもんじゃないってーっ」

優衣と沢田くんに見られたら恥ずかしい…。と思って二人を探すと、少し遠くで二人して見つめ合いながらいい雰囲気になっている。なんやかんやでラブラブなのね。と、思っていると、ちゅっ。うなじにキスされた感触。もーっ、論理くんったら。嬉しいけど。でも周りには人がたくさんいるし、恥ずかしいよぉ。

「池田さん、愛してるよ」

…論理くんったら、こんなところで。ここにはたくさんのカップルがいるけれど、どのカップルよりも、私は幸せ者かもしれない。

「論理くん、愛してるよ」

「大好きだよ」

「大好きだよ」

「ずっと一緒だよ」

「ずっと一緒だよ」

誰が見ていたって構わない。恥ずかしくない。私は、論理くんが好きだから。人の波の中で、私たちはそっと唇を重ねた。


流水プールの次は、波のプールに行って四人で遊んだ。次から次へと波が襲ってきて、それに乗るのが楽しかった。ここでも論理くんは、私の胸やお尻を触ってきたり、うなじにキスをしてくれて嬉しかった。その次は、ウォータースライダーに乗った。なかなかスピードが出てスリルがあってこれまた楽しかった。

「ちょっと義久!あんた今あの巨乳の人のこと見てたでしょ!」

休憩中、優衣が沢田くんに怒鳴った。沢田くんったら…優衣のこと好きなら優衣だけを見ていてあげなよ…。

「俺がどこを見ようが勝手だろ?あーやっぱりビキニは谷間が見えないとな」

沢田くん…酷い…。優衣は谷間が見えないのに。優衣は、沢田くんの頬にビンタした。

「そんなに巨乳の人がいいなら、巨乳の人と付き合えば⁉︎」

「馬鹿言うなよ。俺には優衣しかいねーよ」

沢田くんはそう言うと立ち上がり、優衣の腰に手をかけると、そのまま優衣をお姫様抱っこした。

「ちょっと義久!なにするのよ!」

「今日の優衣はかわいくてまともに水着姿なんか見られねぇ。他の女見て抱きたいの必死に抑えてんだ、許してくれ」

沢田くんがそう言うと、優衣は目を瞬かせ、顔を赤く染めた。沢田くんって照れ屋さんだよね。そのとき、休憩時間終了のお知らせが鳴った。

「さぁ、休憩終わりだ。行くぞ優衣!」

「ちょっ!ちょっと降ろしてよ〜っ!」

沢田くんは、優衣をお姫様抱っこしたまま波のプールの中へと走って行った。

「ふふふ、沢田くんなりの愛し方だね。かっこいい〜」

「そうだな。でも、俺だって」

論理くんはそう言って、私を後ろから抱っこしてくれた。時計を見ると、午後一時になっている。空からは相変わらず暑い日差しが照り注ぐ。たくさんの人たちが波のプールへと入って行く。色とりどりの水着の中で、私は優衣たちを微笑ましく眺めていた。


お昼ご飯を食べたあと、私たちはまた流水プールで遊んでいた。今度は、一つの浮き輪を優衣と私が、もう一つの浮き輪を論理くんと沢田くんで使っていた。しばらくゆらゆらりしていたけれど、私の不注意で浮き輪を手放してしまい、浮き輪だけが先に流れて行ってしまった。私たち四人は流水プールから上がり、浮き輪を探したけれど見つからなかった。

「どうしよう…ごめんね、私が手を放したから…」

「いいよいいよ、またどこかで見つかるって!」

優衣が明るくそう言ってくれると、論理くんと沢田くんも、うんうんとうなづいてくれた。

「池田」

突然後ろから、私を呼ぶ声がした。振り返ると──。

「坂口くん⁉︎」

坂口くんが、口元を引き締め、微笑みながら立っていた。その手には、流された浮き輪があった。

「ほら、浮き輪。今度は流されないように気をつけろよ」

坂口くんはそう言って浮き輪を渡してくれた。

「ありがとう。でもどうして──」

「どうしてお前がここにいる!」

論理くんの、敵意丸出しの声。私もそれが聞きたかった。

「家族と来てるんだ。両親と妹は波のプールで遊んでる。俺はあそこの休憩所で休んでいたんだが、池田たちを見つけてな。で、浮き輪が流されるのを見たから、先回りして取りに行ったわけだ」

そういうことだったんだ。

「そうか。ならもう用はないな。行こう、池田さん」

論理くんは、私の腕を引っ張って坂口くんから離れようとした。

「ちょっと待てよ、なあ、よかったら一緒に遊んでくれないか?俺は家族と来たわけだが、家族と遊ぶなんて年齢じゃないだろ?」

「無理だ。俺たちは四人で遊びに来たんだ。お前が入り込む隙はない」

論理くんが即答する。論理くん…坂口くんのこと嫌いなのかな。

「論理くん、坂口くんも一緒に遊んであげようよ。たくさんいたほうが楽しいと思うよ」

私がそう言うと、論理くんは、私に呆れたような表情を向けた。

「まぁいいんじゃない?ねぇ、義久」

「あぁ、俺は別に構わないが」

優衣と沢田くんは賛成してくれた。

「ありがとう、みんな」

優衣と沢田くんと坂口くんは、流水プールの入り口に向かって歩きだす。私もそれに続いた。

「……坂口、変な真似したら許さないからな」

背後から、論理くんの低い声が聞こえて来た。論理くん、もしかして坂口くんが私のこと好きだってことを気にしてるのかな。大丈夫だよ、私の好きな人は論理くんだけだもん。


坂口くんも加わり、私たちは流水プールで遊んでいた。論理くんは、坂口くんに見せつけるかのように、今までよりたくさん後ろから私に抱きついてきたり、うなじにキスをしてきたりした。論理くん、何もこんなことしなくていいのに…。でも、嬉しくなっちゃうなぁ。

「ずいぶんと見せつけてくれるな、論理」

「悔しかったらお前も彼女の一人でも連れてくるべきだったな、坂口」

もう、論理くんと坂口くん、仲良くすればいいのに。

「いや、俺はちゃんと好きな人がいるんでな、目の前に」

坂口くんはそう言い、私を見つめた。えっ…坂口くん…やだ…私ドキドキしちゃう…。

「てめぇっ!坂口!なにぬかしたっ!」

論理くんは、私の体をぎゅっと抱きしめ、坂口くんから遠ざけた。

「だから言わんこっちゃない!池田さん、こいつには近づくな」

「自分の愛情に自信があるのなら、俺の一人や二人そばにいようが狼狽えないはずだろ?なんだ論理、まさか自信がないとは言わないだろうな」

「なんだてめぇっ!わかったような口ばかり聞きやがってぇぇっ‼︎」

論理くんは、今にも坂口くんに殴りかかりそうだったけれど、そこに沢田くんが割って入ってくる。

「まぁまぁその辺でやめておけ。みんな見てるぞ」

確かに、気がつくとあちこちのカップルや親子連れが、こちらをジロジロと見ている。

「ぶんちゃんの好きな人は論理なんだから、それでいいじゃない。ね、ぶんちゃん」

優衣の言葉に、私はコクリとうなづいた。でも、内心は坂口くんにドキドキしっぱなしだった。

「じゃ、穏やかに流されようぜ」

沢田くんの言葉に導かれて、私たち五人は、また穏やかにプールに流され始めた。でも、論理くんは納得のいかなさそうな顔をしながら、どこへも離さないかのように私をずっと抱きしめていた。と、ふと、私の左手に感触を感じる。左を見ると、坂口くんが朗らかに笑いながら、私を見つめていた。やがて、左手の感触は、私の手をしっかりと握り始めた。えっ…ちょっと待って…坂口くんが、私の手を握ってる…。心臓がまるで波のプールのように波打つ。私は、坂口くんの手を振り解けずにいた。それどころか、握り返してしまっていた。あぁ〜なにやってるの私。そのまま私たちは半周ほど流されていた。その先に、水が勢いよく噴射する場所があって、私たちはその場所にぐんぐん吸い込まれていった。そしてとうとう、ものすごい水が私たちに吹き付けられる。その反動で、論理くんも坂口くんも私から手を離す。はぁ、ホッとしたような、ガッカリしたような…。

「わぁぁぁっ‼︎」

「きゃぁぁぁっ‼︎」

私たちは、あっという間に何メートルも流されていった。そのとき、私の腰に感触があった。論理くんかな?でも、この感じは違う…。左を向くと、坂口くんの顔が間近にあった。坂口くんが、私の腰を抱いてる!なんだか頭がポーッとしてきた。論理くん以外の異性にこんなふうに触れられたことなんてない私には刺激が強すぎた。

「さ、坂口くん…」

私が声を出した瞬間、右から論理くんの腕が伸びてきて、私の腰を抱こうとする。

「あれ、なにこれ?」

論理くんの腕は、坂口くんの腕と見事にバッティングしてしまっていた。論理くんの顔が、茹で上がったように見る間に真っ赤になる。

「坂口…なんだこれは…」

「俺の腕だが?」

坂口くんも坂口くんで、論理くんにバレてからも一向に私の腰から腕を離そうとしない。

「ふざけてんじゃねぇっ!かっこつけたことばっかぬかしやがって!人の女に手を出したいだけじゃねーか‼︎」

「もちろん。好きな女に手を出してなにが悪い」

「なめんなこの野郎っっ‼︎」

論理くんは、辺り一面に怒鳴り声を響かせ、とうとう坂口くんに飛びかかってしまった。

「論理くん!やめて!やめてってば!」

本当はこんなこと言える筋合いないんだけど…。

「またやってるなおめーら!やめろやめろ!一旦上がるぞ」

沢田くんがまた止めてくれて、私たちはプールサイドに上がった。


「それは坂口くんがいけないでしょ。人の彼女を取ろうなんて卑怯だぞ!」

優衣は、坂口くんに人差し指を差して注意する。論理くんと坂口くんが、優衣と沢田くんに一部始終を話した。私は、なんだか悪いことをしてしまったような気がしていたから黙ってしまっていた。

「池田、つまりはお前、坂口にずっと手を握られっぱなしだったのか」

ぎく。やっぱそうくるよね…。

「う、うん…」

「ぶんちゃんなにやってんの⁉︎もしかして坂口くんに気があるの⁉︎」

「ないない!それは絶対ないよ!」

私は、両手を振って全力で否定した。ちらっと論理くんを見ると、論理くんは悲しげにうつむいていた。ズキっ。心が痛い。なんで私あそこで手を振りほどかなかったんだろう。私のばかー!

「飛びかかった論理も論理だが、このことについては論理は被害者だと思う。坂口も、池田も、論理に謝るべきだろう」

沢田くんがそう言う。うん、その通りだよね。私は、論理くんに向き直った。

「論理くん、ごめんなさい。私、軽率だった。でも、私が本当に好きなのは論理くんだけだから…。ごめんなさい」

そう言って、私は論理くんに頭を下げた。論理くん許してくれるかなぁ、許してくれなかったらどうしよう…。

「論理、悪かったな。俺のことは許さなくてもいいが、池田のことは許してやってくれ」

坂口くん…優しいしかっこいい…。あ、だめだめ、これがいけないんだから!

「あ、いいよ」

論理くんは、うつむいたままボソリとそう言ってくれた。改めて泳ぐ雰囲気でもなかったので、私たちは少し早いけど帰ることにした。坂口くんは、

「雰囲気壊してしまって悪かったな。でも、二学期になっても仲良くしてくれ」

と言って、家族のもとに戻って行った。私は、その後ろ姿を目で追ってしまっていた。あ、いけないけない、私、またなにやってるんだろ。私たちは、そのあと着替えてバスに乗って帰った。なんだか後味悪くなっちゃったな。まぁ私のせいなんだけど…。バスの中で、隣の席の論理くんとずっと手を握っていたけれど、論理くんの手の力が心なしか弱い気がした。

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