十六、論理くん、大失態を犯す

「……さん、池田さん」

目が覚める。論理くんの脛の上で、私は目を覚ました。

「あ!ごめん、私、寝ちゃってた?」

「もう、池田さん、ぐーぐー寝るんだから。姿勢変えるの大変だったんだよ。そのときゆさゆさ体揺すったけど、全然起きなくて。前の晩あまり寝てなかったの?」

「ううん、そんなことないよ、昨日は八時間寝たよ。なんだか、論理くんに膝枕みたいなのされて、うなじ剃られてたら気持ちよくて…あと、匂いが…ほんわかと」

「そうか。この匂い、自分で嗅ぐ分にはすげー悪臭なんだけど。でも俺も、池田さんのうんちが気持ちよかったから、お互い様だな」

「もうその話はいいの!」

論理くんは面白そうに笑った。私も笑った。

「それじゃあ池田さん、そろそろお風呂にしない?」

そう言われて時計を見ると、十六時三十分を過ぎたところだった。

「いいよ。じゃあ、論理くん先入っていいよ」

「え?一緒に入るんじゃないの?」

「え!嫌だ、恥ずかしいよぅ。別々に入ろうよ」

私は、腕で胸を隠した。

「俺は最初から池田さんが一緒に入ってくれると思ってたんだけどなぁ。一人で入るの、寂しいなぁ」

「えぇ、そんなぁ」

一緒に入るなんて恥ずかしいよ。ただでさえ今裸なのに。でも…論理くんがそう言うなら…。

「お願い、池田さん。これからお泊まりのときはいつも一緒にお風呂入ろうよ」

「ううぅ…論理くんがそう言うなら…」

「やったぁ!」

論理くんは、小学生のように喜んでみせる。私は、恥ずかしげに笑った。

「それじゃあ、行こ行こ」

「しょうがないなぁ。お風呂はこっちだよ」

お風呂は、恥ずかしかったけれどとても楽しかった。お互いに背中を洗い合ったり、論理くんが私の乳首を触ったり、私が論理くんのちんこを洗ってあげて、そのとき論理くんが変な声を上げたり。気がつくと、一時間くらい入っていた。もうすっかりお互い裸でいることにも慣れて、居間で汗を乾かす。

「じゃあ、池田さん、髪を乾かそうか」

「え?論理くんがやってくれるの?」

「うん。池田さんのおかっぱ、俺の手で作ってあげたい」

論理くん!もう、今日何回論理くんにきゅんきゅんしたかわかんないよ。

「ありがとう、論理くん」

「じゃあ、ドライヤーと、ロールブラシある?」

「あるよ、持ってくる」

私は、自分の部屋に走っていって、ドライヤーとロールブラシを取ってきた。

「はい」

「ありがとう。じゃあ、そこに座って」

私が座布団の上に座ると、論理くんは、立ち膝になってドライヤーのスイッチを入れ、右手で私の髪をパタパタと跳ねあげながら、温風を行き渡らせていく。

「論理くん、私の髪の毛乾かすの上手だけど、…他の子にもしてあげたことあるの?」

「ない。これが初めてだ」

「その割には慣れてるじゃん」

「この前、いつも行っている床屋に行って、練習させてもらってきた」

そうなんだ…。論理くんが練習してる姿を想像するとなんだか笑えてくるけど、それって私のことを思ってやってくれたんだよね!

「じゃあ、ブラジャーのホックの外し方とか、セックスのしかたとか、妙に慣れてるように思ったんだけど…、それも練習してきたの?」

何で練習したのかと思うと、自分でも笑えてきた。でも論理くんは、私の髪を跳ねあげながら、大真面目に答えた。

「ブラジャーは、姉の目を盗んで物干し竿からブラジャーを取っていろいろな角度を想定して練習した。セックスは、書店で、メンズ雑誌に書いてあったセックスの記事を暗記した」

そっか…。今日に至るまで、論理くんは血の滲む努力をしてくれていたんだ…!と、思うと、またきゅんきゅんした。

「さあ、ロールブラシ使うよ」

論理くんはそう言って、うなじのほうから私の毛束を取ると、初めてとは思えない手つきで、どんどんとブローを進めていく。

「私のおかっぱを乾かすのって、どういう気持ち?」

「芸術家が、自分の会心の一作を作り上げても、今の俺の気持ちには及ばないだろう」

「私、小六のときに絵を描いて賞を取ったんだけど、そのときの絵は自分でも本当に上手く描けたと思ったの。それを描いたときの気分よりも、今の論理くんのほうが上なんだね」

「うん、申し訳ないけどそうだ」

あまりにも論理くんがはっきりしていたので、私は笑ってしまった。論理くんはそう言ううちにも、とても手早くブローを進めて、私のおかっぱは瞬く間に完成した。

「できたよ。どうかな」

私は、居間の隅にある鏡台の前に来た。艶やかで形のいいおかっぱになっていて、天使の輪ができてる。

「はい、後ろも見てみて」

論理くんが手鏡を手渡してくれた。私は、鏡台に背を向けて後ろを見てみる。うん、かっちり揃ってる。美容師さんと同じくらいか、それ以上にきれいな仕上がりだった。

「うん、すごいよ論理くん、上手!ありがとう」

「いやいや、こんなんでよければ。ねえ池田さん、裸で抱っこしない?」

論理くんがそう誘う。ちんこは、二十センチのままだ。萎んだところを見たことがない。同じように、私のおまんこも、冷めたことがない。

「いいよ、またやろ」

「うん」

論理くんは、そう答えて畳の上に横たわった。誘われるように、私はその上に覆いかぶさる。ヘアブローをしてもらったばかりなのに、髪が乱れてもったいない気がした。腰を振って、私の火照って濡れたおまんこを、二十センチの上に擦り付ける。

「あぁっ!」

「池田さん!ダメだよ!」

「ふぇ?」

「俺、コンドームしてないし、できちゃったらダメだよ!」

「えぇ…。でも、気持ちいいし…」

私はさらに激しく腰を振り、論理くんに擦り続ける。

「池田さん、ダメダメ!」

「ふぇ?…あっ!あっ!あぁっ!」

「ダメダメ!」

「あっ!…ああっ!」

ピンポーン。

「あれ?池田さん、ダメだよ!落ち着いて!」

「論理くん、じゃあコンドーム取ってきてくれる?」

ピンポーン。

「え⁉︎」

「え⁉︎」

間違いない。呼び鈴だ。

「やばい」

「池田さん!服、早く!」

「あ、そうだった」

私は素早く服を着て、廊下を走り、玄関口に出た。

「はい、お待たせしました」

そう言って、扉を開ける。その瞬間、現実に戻された。そこには、論理くんの、お姉さんがいた。

「あ!………っ、お姉さん」

「お楽しみ中……だったかしら?」

全身を貫かれたような衝撃。心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえる。お姉さんにまで届きそうなくらい。喘ぎ声聞かれてた?

「…………………」

「文香ちゃん、一つ聞くけど、『お待たせしました』って言ったあと、ドアのレンズで外を確認した?」

「……してません」

「でしょうね」

お姉さんが、嗤う。何度見ても、この嗤いは好きになれない。

「普通、日も暮れてきていきなり呼び鈴が鳴ったら、用心して落ち着いて対応するものよ。それができないくらい慌てふためいてるのだから、文香ちゃんにも、それ相応の理由や状況があるのでしょうね」

見透かされている…。どうしよう…落ち着け…お姉さんの流れに乗ったら、負けだ。

「いえ、そんな理由も状況もありません。この近辺には、物騒なことはありませんから、みんなこうしてドアを開けています」

「そうなのそうなの。ならそれでもいいわ。別に、あなたとそんな話をしにきたんじゃないから」

お姉さんは、相変わらず目を細めて私を見下ろした。

「私が家を出たのが六時だったから、今六時半頃よね。赤ちゃん大魔王のタイムリミットまで、大体あと三十分。私からも重ねて聞くけど、本当に、弟はここにいないのかしら?」

いる。論理くんはここにいる。でも、誤魔化さなきゃ。私は嘘が苦手だ。すぐ顔に出てしまう。でも、そんなことは言っていられない。落ち着け…。論理くんはここにいない。論理くんはここにいない。論理くんはここにいない。

「はい。論理くんはここにいません」

私は、お姉さんを睨みつけるくらいの目をしてはっきりとそう言った。

「ふーん……」

お姉さんもそう言って、私を睨み据えてくる。私たちは、どれくらいそうしていたかしれないけれど、長い間睨み合った。

「文香ちゃん、あなたたち中学生に何ができるかと思うけれど、仮にも、愛し合ってるというならば、何があっても乗り越えるはずよね?」

「はい」

「あなたたちなんかでも、一丁前に覚悟は決めているというわけ?」

「はい」

「はっきり言う。今、赤ちゃん大魔王が暴れている。それでも、覚悟はできているの?」

どんな様子なんだろう…。想像するだけで死にそう。

「何をするつもりなんですか…?」

思わず弱気になった私の言葉に、お姉さんは恐ろしい笑みを満面に浮かべて、こう言う。

「いいわいいわ、かわいいわ。中学生なんだもの。怖いわよね。でもね、愛し合うって、そういうことなの。どんな怖いことも、二人で乗り越えなくちゃいけない。それができない人が、あの赤ちゃん大魔王とその夫だ」

「どういうことですか?」

「見苦しい話だよね」

お姉さんは、私から視線を逸らし、苦々しく話し始めた。

「実の子どもができないからって、自分の兄弟から娘をもらったはいいけど、よく育てもしないで、思いつきで妊娠して子ども産んじゃった。それが私の弟。それでも、自分はリウマチが酷いから、介護役に養女の私を手放さずに残している。やりたい放題。そしてその夫は、そんな妻を、腫れ物に触るように扱うことしかできない。それが、あの夫婦」

このお姉さん、養女だったんだ。私にそんなこと話すなんて…お姉さん、よっぽど自分の家が嫌いなのかな。それにしても、何度聞いても論理くんの家って凄まじいな…。論理くんのお父さんから言われた言葉を思い出す。『文香さん、男の子ってもんは、どんなに大事にされていても、いつか巣立たなきゃいけない。私は、文香さんが来てくれたということが、論理の巣立ちの第一歩になると、思っている。いろいろ摩擦も起こるけれど、よろしくお願いしたい』…論理くんのお父さん、どんな思いでこの言葉を私に言ったんだろうか。私は、拳を握りしめて、お姉さんに向き直った。

「つまりお姉さんは、私たちにも、何も乗り越えられないと言うんですか?」

「当たり前じゃないの。私はおろか、論理だって男と女といえば、あの夫婦しか知らないの。そんなんでいて、弟があなたとどんな関係を結べると言うの?仮に、論理があなたと幸せになることが億が一にもあるとして、私を差し置いて、そんなことあっていいものですか」

お姉さんの表情が一層険しくなる。この人は、養女としての自分を台無しにしたお母さんを憎み、予定外に生まれてきた弟の論理くんに嫉妬している。

「私は…論理くんを、今の境遇から巣立たせる役割を持っていると思っています。お姉さんはどう思うかわかりませんが、私は何があっても、その役割をやり抜くつもりでいます。そのためには、どんな困難だって乗り越えます」

「本気で言ってるのあなた。あまり、大人を舐めているんじゃないわよ」

お姉さんの凄まじい視線が、私を射抜く。怖い。目を逸らしたいけれど、ここで逸らしたら、論理くんとの関係が全部ダメになるような気がして、私は全力でお姉さんを睨み返した。論理くんは、絶対に、渡さない。私たちは、どれだけそうしていただろう。

「馬鹿馬鹿しい」

お姉さんは、不意に視線を逸らした。

「子どもの恋愛ごっこと赤ちゃんの大魔王ごっこに付き合うほど、私は暇じゃない。帰るわ」

「お疲れ様でした」

「ええ、十分お疲れ様よ。最後にね、あなたたち、格好のいいことをしゃべり散らすのはいいけれど、ツメが甘くてはバカ丸出しだわ。やっぱり中学生ね」

お姉さんはニタリと笑うと、玄関の三和土を指差した。私は、その方向を見る。そこには──!

「あっ!」

私は思わず叫んだ。論理くんの靴が、丁寧に、並べて置かれている。

「あなたたち、私に大きな借りを作ったわね。このことは、赤ちゃん大魔王には黙っていてあげる。でもこの借りは、いつか返してもらうわよ」

お姉さんは、出ていった。論理くんが、廊下をバタバタと走ってやってくる。

「池田さん!ごめん!靴!」

「ううん、いいよ、私も気づかなかったし。でもどうしよう。論理くんがいること知られちゃった。ごめんね」

「池田さんが謝ることじゃないよ。気づかない俺が悪かった。それにしても、あいつに知られるとはな…」

緊張の糸が切れて、私は玄関にヘタリ込む。いつもそう。私が論理くんと楽しく過ごしてると、いつも論理くんのお母さんやお姉さんに邪魔をされる。どうして…。どうして私は論理くんと幸せに過ごしちゃいけないの。涙が溢れ出てきた。

「論理くんと私って…幸せになっちゃいけないのかな…」

「そんなこと、あるもんか…!負けたくない。俺、池田さんとどんなになったって一緒にいたい」

「私だってそうだよ!なのに…なんでこうなるんだろう…ひっく、ううう…えええんっ!す、すはっ、すはあああああっ!ええええええ…ええええん…」

嗚咽が突き上げてきた。こんなところで泣いたら、もしかしたらまだ外にいるかもしれないお姉さんにバレてしまうのに、涙も嗚咽も止まってはくれない。論理くんも、もう、言葉がないのか、黙って私の肩を抱いていてくれるだけだった。

ぷるるるるるるる。

電話だ。誰だろう…。また、論理くんのお母さんかな…出たくない。

ぷるるるるるるる。

「池田さん、ここは出たほうがいい。例え、誰からであっても。がんばって」

「嫌だ!無理だよ、怖いよ」

「ここで出ないと、ますますあのクソババアは、池田さんを怪しむ。すごく怖いと思うけど、もう一度話をしてくれ」

電話の音は鳴り止まない。私は、よろよろと立ち上がると、電話機まで早足で歩いた。電話機の前に来る。論理くんが、後ろから抱きしめてくれる。涙を拭いて深呼吸し、鉛のように重い右手で、受話器を取った。

「…はい、池田です」

さあ、誰だ…!受話器の向こうから、軽く息を吸う音が聞こえ、

『もしもし?お姉ちゃん?お母さんだけど』

「お母さん⁉︎…お母さぁぁん!すはああああっ!お母さぁぁぁん!すはああああっ!うえええええええええんっ‼︎」

お母さんだった!今、いちばん安らぐ声が聞こえてきた。私は、あらゆる緊張の糸が切れて、小さい子どものように、受話器を抱きしめて泣き叫んだ。

『お姉ちゃん⁉︎お姉ちゃん、どうしたの⁉︎』

「うえええええ…ええええ…えん‼︎すはああああっ!論理くんのお母さんとお姉さんがぁぁぁ!すはあああああっ!えええええええええんっ‼︎」

『そっか、お姉ちゃん大変だったね』

お母さんは優しくそう言ってくれた。それがますますたまらなくなって、私はそれからしばらく息継ぎもできないくらい身体中の息を絞って泣き続けた。今までの緊張が、心底崩れていったような思いだった。どれだけ泣いていたかわからないけれど、ようやく落ち着いた私は、論理くんのお母さんからの電話や、ついさっきのお姉さんのことを、時々しゃくりあげながらお母さんに話した。

『ふぅ。相変わらず、難しいね』

お母さんは、ため息をついて言った。

「ねえ、お母さん、どうすればいい?」

『…お母さんもね、高校生のときに好きだった男の子と、親に内緒でお泊まりしたことがあるの。でも、それがバレて、私の親からも、彼氏の親からも、随分言われたわ』

「そうだったんだ!それで、どうなったの?」

『私のほうは、どこからどう言われたってこの彼氏とずっとやっていくつもりでいたんだけど、彼氏はそこから親の言うことを酷く気にするようになって、私との距離は離れていったわ』

今の私たちの状況と似てる…。私は、背中から回された論理くんの手の温かさを確かめたくて、その手に私の左手を添えた。

『どんなカップルでも、反対者がいたり、困難なことがあるとつらい。お姉さんの言うことを支持するわけじゃないけれど、困難をお互いに乗り越えてこそのものだとお母さんも思う。論理くんは、私の彼氏みたいな男の子じゃないとお母さんは信じてるから、お姉ちゃんたちなら、きっとできるよ』

「でも…怖いよぅ」

『お姉ちゃん。今となっては遅いけど、論理くんがいないという嘘はつかないほうがよかったかもしれない。相手が自分に敵意を持っていればいるほど、その相手に弱みや借りを作ってはいけないわ。最初から二人でいるって言うべきだったよ』

「えぇ、今頃そんなこと言われても…」

『今度からは気をつけて。論理くんのご家族には、弱みを見せずに堂々としていらっしゃい。あなたたちは、何も悪いことをしていないんだから』

そっか!私たち、何も悪いことしてないんだ!論理くんのお母さんやお姉さんに責められたり疑われたりするうちに、悪いことしてるって勘違いしてた。私は、背筋がスッと伸びるのを自分で感じていた。

「うん!そうだよね」

『七時を過ぎたらって言うから、もうすぐよね。もし、本当に警察が来たら、お母さんのところへ電話しなさい。難しい話は大人どうしでやります』

さすがお母さん!こういうとき頼りになる!

「ありがとう。何かあったら電話するね」

『うん。それと、ちょっと論理くんに代わってくれる?』

私は、論理くんに受話器を渡した。論理くんは背筋を伸ばして、緊張した面持ちで受話器を受け取る。

「もしもし、代わりました。……はい、大変申し訳ございません。母と姉に代わって、お詫びいたします。……え⁉︎しかし文香さんにこんなことを……はい、……はい、……はい。しかし、憎むのに十分値する者でありますので……はい。あ!申し訳ございません。お聞き苦しいことを……いや、まぁ、はい……あ、ありがとうございます。その節はどうぞよろしくお願い致します。……いえ!こちらこそ至りませず申し訳ございません。……いえいえ、はい。ご信頼頂きまして光栄です。よろしくお願いを申し上げます」

論理くんは電話機に向かって何度も頭を下げた。その様子がおかしくて、私はちょっとだけ笑った。論理くんは、受話器を私に返した。

『それじゃ、お姉ちゃん、論理くんと楽しく過ごすのよ。…あ、ちなみに、便箋の中身は見た?』

「見たよ。ありがとう。あれ、コンドームって言うんでしょ?論理くんが教えてくれたよ」

『あら、そう。それで、論理くん、ちゃんと使ったの?』

お母さん…そんなこと聞くの…。でも、お母さんになら、話してもいいか!

「うん、使ったよ!」

『……簡単に言って、この子は』

「え?なに?お母さん」

『ううん、なんでもない。じゃあ、戸締りに気をつけて寝るのよ。おやすみなさい』

「おやすみなさい!」

お母さんとの電話を切った。すっかり私は元気になっていて、とても数分前に息も吸えないくらい大号泣をしていたとは思えない。あんなことになってどうしていいかわからなかったけれど、お母さん、ありがとう。

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