人魚姫の恋人

来夢創雫

第1話 友人

「あんたさぁ、ホントにお人好しだよね」

 対面の席に座っている綾香が口を開いた。


「ああ、うん。そうだね」

 日替わり定食の焼き魚を見つめながら答えた。話さなきゃよかったと後悔したが、時はすでに遅い。


 ここはお昼を過ぎた大学の食堂。直射日光が差し込む窓際の席は人気がないのか、比較的空いていた。小さなテーブルを挟んで椅子が二脚ある席に座り、一人で日替わり定食を食べていると、トレーを持った綾香が「ここ空いているんでしょ」と私の返答も聞かずに、向かいに座った。


 綾香とは高校時代からの付き合いだ。彼女は初対面の時から、はっきりとモノをいう性格だった。最初はかなり面食らったが、特に悪意はなく、どうやら思った事は何でも口に出すタイプのようだった。


 色とりどりのネイルに塗られた指先で箸を持ったまま、綾香は話を続ける。

「それってさぁ、あれみたい。せっかく助けたのに、他の女に取られたっていう話」

「人魚姫」

 私は答えた。人魚姫は幼い頃から一番好きな物語だ。王子を助けた人魚姫は、人間として彼に会いたいと願い、魔女から声の代わりに足を手に入れる。けれども王子は助けたのが人魚姫だとも気が付かず、別の女性と結婚してしまう。結局人魚姫は、王子と結ばれず泡になってしまう話。


「なんで人に貸すかな。大事なレポートを。丸写しされて提出されて、挙句の果てに貸した相手が教授に褒められたって。お人好しもいいところだよ」

 綾香の口調は怒っているというよりも、呆れていた。

「彼女、本当に困っていたみたいだったから……」

 助けてあげたんだと付け加えてみるが、綾香の耳には入っていないようだ。

「だいたい、そんなに仲良くないんでしょ? 舐められてるんだよ。一言くらい文句を言ってやった?」 

「もういいんだ。レポートなんてまた書きなおせばいいし。提出期限はぎりぎりあるし」

「私なら、まず貸さないね。そんなことされたら絶対に許さない」

「みんなが綾香みたいに、はっきりと言えるわけじゃないんだよ」


 同じ授業を受けている子に、課題のレポートを参考までに見せてくれと言われたのが数日前のこと。信じられないことに、彼女は私が書いたレポートをそっくり写して、課題として私よりも先に提出していた。そして先程、彼女は皆の前で良いレポートだと教授に褒められたのだった。


「あんたって昔から損な役回りばっかじゃん」

 レポートの話をどうしても誰かに聞いてもらいたくて、綾香に愚痴った。話した後に気がついた。ああ、また、あの話を蒸し返すはずだ。

 綾香が言っている『昔から』とは高校の時の話だ。あの時、あとになって私の気持ちを知った彼女は、いつもこの話を蒸し返すのだ。


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