祠を壊した聖女は予定通り婚約破棄です

uribou

第1話

『吾の祠を壊したのはお主か?』

「あたしです。ごめんなさい」


 失敗した。

 魔物狩り遠征に駆り出されてちょっと大きめの魔法を使ったら、土地神様の祠を吹っ飛ばしてしまったのだ。

 というか土地神様が顕現するまで祠って気付かなかったよ。

 だってこの辺人住んでないし、祠自体ボロボロだったもん。


 遠征司令官はあたしに責任を押しつけて逃げちゃったし。

 ガクブルしてたわ。

 神様の類の怒りは怖いもんなあ。

 もう、土地神様の祠があるなら前もって言っといて欲しい。


『む? お主のパワーは異常に大きいの。ひょっとして聖女?』

「はい。聖女ティアです」


 聖女ってのは魔力容量がやたらと大きくて、いろんな魔法を使えるようになる女の人のことだよ。

 一時代に二人以上は現れないとされている。

 あたしの従者で聖騎士のエドガーが誇らしげだわ。

 胸張ってるわ。


 まああたしは聖女なんだけど、あんまり国に大事にされているとは言えなくて。

 いや、見かけ上大事にされていないわけではないな。

 待遇や態度が伴っていないと言った方がいいか。

 聖女と言っても平民だから、王族貴族からは胡散臭そうに見られるの。

 聖徒教会の人は優しいんだけどなあ。


 得心する土地神様。


『おお、当代の聖女ティアじゃったか。その名は神様会議で聞き知っておる』


 神様会議?

 そんなものがあるとは。

 というか自分達を様付けしていることにビックリ。

 逆らっちゃいけないな。


『しかし何故聖女が吾の祠を壊すのじゃ! 力の弱い土地神と侮っておるのか!』

「いいえ、違うのです。祠と気付かなくて、魔法に巻き込んでしまったのです」


 ほんとごめんなさい。


「立派な祠に建て替えさせていただきますので」


 それくらいは必要経費として認められると思う。

 だって魔物退治自体は短期間で成功したから。

 エドガーも頷いてるし。


『うむ、立派なやつじゃぞ?』

「それで許していただけますか?」

『いいや、許せぬな』

「何でえ?」

『当たり前じゃろうが! 盗んだ金を返したからと言って、盗んだ罪が帳消しになるか?』


 ごもっとも。

 でもわざとではないし、あたしも聖女としてのお仕事が山積みなので、いつまでもここにいられないし。

 困ったな?


『……祈れ』

「は?」

『まず吾のために祈れ。誠意を示すために信仰せよと言っておる』

「わかりました」


 両手の掌を握り合わせ、全力で祈る。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。


『うおおおおおおおお? 力が漲る。さすが聖女だの』

「恐れ入ります」

『これでお主に罰を与えるパワーが溜った』

「ええ? ずるーい!」

『何を言うか。祠を壊した痴れ者めが!』


 どんどん状況が悪くなるなあ。

 エドガーの機嫌が悪くなってくるのもわかる。

 あたしの肩を持ってくれるのは嬉しいけど、ダメだよ。

 相手は神様なんだから盾突いては。


「あのう、土地神様」

『何じゃ?』

「祠を壊すとどれくらいの罪になるのですか?」

『神の怒りに触れて命を落とすに決まっておろうが』

「やっぱり!」


 だって司令官が顔色変えてたもん。

 祠が壊れたのはこいつのせいです、罰を与えるならこの者にって早口で言ってたもん。

 あたしの扱いが悪いって、そういうところだ。

 あーあ、いいことない人生だったなあ。


『しかしお主は神様会議で決定した聖女であるから、事情が異なるのじゃ』

「はあ……」

『吾の一存で命を奪うわけにいかん。どうしたものかの』

「いっそのこと無罪放免というのはいかがでしょう?」

『神の権威が損なわれるじゃろうが!』


 だよね。

 罰は決定かあ。


『ともかくお主は一旦王都に帰れ。他の神とも相談の上、罰を決定するでな』


 ああ、嫌だ嫌だ。


          ◇


 ――――――――――王都帰還後、聖徒教会本部にて。


「ティアよ、災難じゃったの」

「はあ」


 大司教様は労わってくれるけど、気は晴れない。

 何たって神罰決定、執行間際の身の上だからなあ。


 聖騎士エドガーが憤る。

 もっともエドガーは聖騎士就任前からあたし贔屓だったけど。


「大体ティア様は司令官閣下の命令に従っただけではありませんか」

「まあエドガーの言う通りなんだけど」

「閣下が責任を負うべきです」

「それを言うなら、何故魔物退治程度のことで聖女が出向かねばならんのじゃ!」

「ですよね。王家の判断を疑いますよ」


 聖女のあたしは自在に魔法を使えるから、いれば魔物退治が捗るってのはわかる。

 誰かがケガしても回復魔法かけられるし。

 でも前日に連絡してくるというのは悪意を感じる。

 こっちだって忙しいのに。


 大司教様とエドガーは味方になってくれて嬉しいな。

 あんまりお偉いさんにウケがよくないあたしを庇ってくれる。


 あたしは聖女とは言え平民なので、つまんないことで非難されるのだ。 

 身分の差は大きいわ。

 あたしが聖女として目立ってるから、面白くない思いをしている人も多いんだろう。

 具体的にはあたしが第一王子カルヴィン殿下の婚約者であることについてだ。


「上流階級の人からの風当たりが強いんだよなあ」

「伝統的にどこの国でも聖女は王子妃と決まっておるからの。嫉妬も仕方がないことじゃ」

「聖女が他国に流出したらえらいことですから、王族との婚約は当然の措置かと思われます」

「その割にはあたしの扱い悪くない?」


 ロフゼカ王家は何もしてくれない。

 というか今回の魔物退治でも、第一王子の婚約者であるあたしを働かせて、民の王家に対する忠誠心を増そうと仕向けているのはわかる。

 でもあたし自身や聖徒教会に報奨があるわけじゃないのだ。


 カルヴィン殿下もあたしのこと嫌ってるしなあ。

 いかにも下賤の者って目で見てくるし。

 あたしだって好きでカルヴィン殿下の婚約者やってるわけじゃないんだから、お互い様だと思う。


「しかし今回の土地神の祠を損壊した件で、王家も何らかの行動を起こすじゃろう」

「祠を立派に建て替えてくれないと困るんですけど?」

「ティア様、それは大丈夫ですよ。陛下は小心者で見栄っ張りですから、祠を立て直すことをしないで、神の怒りを受けようなんて絶対に思わないです」

「うむ、わしの方からも釘を刺しておいたからの」


 陛下への評価がひどい。

 聖徒教会としても不満が大きいんだろう。

 せっかくロフゼカ王国に聖女が現れたのに、聖徒教会にはほとんど恩恵がないもんな。

 若干国民の信仰心が強くなった? ってくらい。

 ともかく祠の方は問題なさそうだな。


「問題はあたしへの神罰がどうなるかだけか」

「むう、ティアが悪いわけではないのにのう」

「王家があたしをどうするのかも気になるんですけど」

「常識で考えれば、聖女を手放すなんてことはできないはずですが……」


 国家間のパワーバランスが崩れるもんな?

 でもやらかしたあたしを婚約者としていることで、土地神様の怒りの矛先となることも避けたいだろうし。

 どうするつもりだろう?


 ニッコリ笑うエドガーはハンサム。


「どうなってもティア様は私が守りますからね」

「頼りにしてるわ、エドガー」


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後、王家主催の夜会にて。


「聖女ティア! 僕はそなたとの婚約を破棄する!」


 第一王子カルヴィン殿下が、ゴージャスな美人を抱き寄せながらこう言った。

 いや、これ別にショックでも何でもないの。

 今日の夜会のプログラムにも、『カルヴィン殿下による婚約破棄』って書いてあるもん。

 余興の一種。


 あたしもプログラム見たとき斬新だなあって思った。

 予告公開婚約破棄イベントだよ?

 こんなの一生で二度と見られないかもしれない。


 自分が一方の主役でなければもっと楽しめたのかもしれないのに。

 出席者(ほとんど貴族)の嘲りの視線が刺さるわ。


 予告公開婚約破棄にはこんな理由があった。


 ――――――――――夜会二日前、王宮にて。


「結論から言うと、カルヴィンと聖女ティアの婚約は破棄する」


 陛下が重々しく仰った。

 ちょっと意外だ。

 あたしが自由の身になると、外国から勧誘がわんさと来るからよろしくないんじゃなかったっけ?


「代わりに聖女ティアにはベーベルチを与える」

「ベーベルチ?」


 何だと思ったら、あたしが壊した祠付近一帯の地名だって。

 地名は知らなかったよ。

 だって準備する時間もなく、いきなり魔物退治遠征に参加しろって言われたんだもん。


 あれ、見せてもらった地図によると、ベーベルチの面積はやたらと広いな?

 ロフゼカ王国全体の五分の一くらいあるんじゃないの?

 もっともあそこ魔物ばっかりで人口ほぼゼロだけれども。

 単なる追放処分なんじゃないの?


「聖女ティアは自治領ベーベルチの領主ということになる。自治領なので納税の義務はない」


 納税の義務はないって言われても、人が住んでないから収入もないもんね?

 自治領主って言うと偉そうだけど、爵位もくれない実質魔物番か。

 平民にはとことん面倒な役を押しつけてくるなあ。

 

 あれ? だけど大司教様が嬉しそうだな。

 何かいいことでもあるのかしらん?


「ありがたくお受けいたします」

「うむ、息災を願う」

「こたびの措置の理由を知りたく思いますが」


 と大司教様が言ってるけど、割とどうでも良さそう。

 あ、どういう建前か、あたしに聞かせたいってだけのことか。


「実は件の土地神が予の夢の中に現れてな」

「「えっ?」」

「カルヴィンと聖女ティアの婚約解消を迫るのだ」


 思わず大司教様と顔を見合わせた。

 つまり婚約解消は、あたしに対する土地神様の罰ってことみたい。

 いや、第一王子殿下との婚約がなくなるなんて、世間一般としては絶望的な罰かもしれないな。

 カルヴィン殿下に好かれていなくて、会うたびため息を吐かれるあたしとしては、婚約解消万々歳だけれども。


 ……これ土地神様が他の神様と相談して、あたしに配慮してくれたのでは?

 大司教様とエドガーに小心者認定されてる陛下が、土地神様の言うことに従わないわけがない。

 平民嫌いのカルヴィン殿下の希望やお貴族様達の心情を考えても、多分都合がいい。


「聖女ティアが彼の地で土地神を祀ってくれれば、怒りも冷めるであろう?」


 婚約解消は決まりでも、あたしを自由の身にするのは国家の安全保障上よろしくない。

 だから土地神を祀るという名目で、あたしを魔物の多いベーベルチに張りつけておくってことか。

 あそこの魔物が多くなり過ぎると、今回の遠征みたいに間引かなきゃいけなくなる。

 隣接地域に被害が出るから。

 けどあたしがいるなら、適当に魔物を狩るだろうから心配ない。


 すごく頭のいいやり方だなあ。

 あたしの生活が保障されてないことを除けば。

 でも大司教様がベストだって顔してる。

 何でだろう?


 陛下が言う。


「婚約破棄については、二日後の夜会でカルヴィンが宣言することになっている」

「「えっ?」」


 何それ?

 前もって公開婚約破棄を通達されるなんて、聞いたことないんだけど。


「夜会のプログラムにも載せておく。であれば混乱もないであろうし、カルヴィンの婚約者を募集することを広く早く知らせることができる」


 なるほど、言われてみれば。

 すごく頭のいいやり方だなあ。

 婚約破棄されるあたしに気遣いがないことを除けば。

 でも大司教様がいいぞいいぞって顔してる。

 何でだろう?


「では台本を渡しておく」

「ありがとうございます」


 台本があるのか。

 でもあたしのセリフは一つしかないや。

 かくして二日後の夜会に臨むのだった。


 ――――――――――再び王家主催の夜会にて。


「はい、謹んで承ります」


 カルヴィン殿下の婚約破棄宣言に対する答えだ。

 いや、だって台本にそう書いてあるんだもの。

 たった一つのセリフを消化し、あたしの出番はお終い。

 退場だけど……。

 あれ? 殿下のアドリブみたい。


「そして新たにシャンテル・バットウーガン公爵令嬢を婚約者とする!」


 歓声と拍手に包まれる。

 あの美人さんは公爵令嬢だったのか。

 あたしなんかよりよっぽどカルヴィン殿下とお似合いだと思う。


 でも相手が決まってたのなら、婚約者募集しなくてよかったわけじゃん?

 じゃあ公開婚約破棄イベントは必要なかったような気がする。

 何か惨めだなあ。

 そそくさと退場する。


          ◇


 ――――――――――新領地ベーベルチにて。


 馬車に積めるだけの荷物を持って、エドガーとともにあたしの領地となったベーベルチにやって来た。


「エドガーがついて来てくれて、本当に嬉しい」

「私はどうなってもティア様を守ると言ったではありませんか」


 うんうん、ありがとう。

 こんな魔物だらけの土地なのに。


「穀物はたくさん持ってきてますからね。ティア様が魔物を仕留めてくだされば、私が解体します」

「ああ、魔物は任せて。売れる魔物素材があるということね?」

「素材もですけれど、肉も美味い種がいますよ」

「そうなの?」

「ええ。この前の遠征の時にちょっとした洞窟を見つけましたから、仮住居にしましょう。その辺の水でもティア様の浄化魔法があれば飲めますよね?」

「え? ええ」


 テキパキとやることを決めていくエドガー。

 すごいなあ。

 あたしは王都生まれってこともあって、サバイバルの心得みたいなものはない。

 一人じゃ何にもできない。

 ただの魔法バカだ。


「ところでティア様。成人後は私と結婚していただけませんか?」

「……いいの?」


 いきなりの発言に戸惑う。

 特に今はエドガーがすごくいい男に見えちゃってるんだけど?

 いや、元々爽やかで頼りになる人だなあとは思ってたけど。


 にこやかに笑うエドガー。


「もちろんです。ティア様も無事婚約がなくなりましたし」

「無事って」

「今なら邪魔する者もおりませんし」

「邪魔なんかずっとされないんじゃないの?」

「あれ? ティア様は聞いておられませんでしたか? 王都の聖徒教会は規模を縮小して、大司教猊下はじめ主だった面々は用意を整え次第、ベーベルチにやって来ますよ。敬虔な信徒達にも声をかけているようですから、ちょっとした村にはすぐなります」

「えっ? どうして?」

「そりゃあロフゼカ王国はもうダメだからでしょう」


 ダメって何で?

 不満の集積地だったあたしがいなくなれば、王家中心にまとまるんじゃないの?


「いや、聖女であるティア様が追い出されたからですよ」

「追い出されたって、カルヴィン殿下との婚約解消はベーベルチの土地神様の要求だし」

「婚約解消であって、破棄じゃないですよね」

「ええと、えっ?」

「つまり聖女という存在は、神々が選んだ存在ということですよ」


 土地神様も言っていた。

 神様会議で決定した聖女だから、土地神様の一存で命を奪うわけにいかないって。

 ということは?


「ティア様は基本的に神々に贔屓されているんですよ。本来は罰と言いながら、ティア様を王家から引き離す意図があったと思われます」


 やっぱり神様達の配慮があったのね?

 あたしもそんな気がしてた。


「そのティア様を公開婚約破棄した上、追放したように見えるでしょう?」

「見えるというか、その通りですけれども」

「明らかにやり過ぎです。神々の選んだ聖女に不満があって、邪険にしているように見えるのですよ」

「見えるというか、その通りですけれども」

「でしょう? イコール神々への侮辱です。ですからロフゼカ王国が神罰を受ける番です。今後神々がロフゼカに加護を与えることはないですよ」


 ええ? そうなの?

 神様の加護がないと、ありとあらゆる災難に遭いやすくなっちゃう。

 大変な事態になってるんですけど!


「じゃあ逆にあたしはどうなるの?」

「どうもしないですね。神々の間ではティア様が祠を壊したことは不可抗力だという見解になっているでしょうし、とんずらした司令官閣下と違ってきちんとベーベルチの土地神に謝罪しています。だからこその軽い罰なんでしょう。最初は腹を立てた土地神も、聖女様が領主になって祀ってくれるなら大きなメリットですから」

「なるほど」

「いや、ロフゼカ王国に神々の力を見せつけるため、余計に贔屓してもらえるかもしれません」

「……カルヴィン殿下と婚約してからいいことないなあと思ってたんだけど」

「私と結婚の約束をしたから、これからはいいことあるんじゃないですか?」


 もう、エドガーったら。

 いい笑顔なんですから。


「大司教様は、あたしがベーベルチに追放されることを喜んでたみたいだけど?」

「ベーベルチという地に可能性を見ているからだと思います」

「可能性? こんな魔物が多いところに?」

「これは大司教猊下に聞いたことなのですけれど、ベーベルチの土地神は豊穣と多産を司るのだそうで」

「豊穣と多産……」


 あっ、今は魔物が繁殖する方に土地神様の加護が作用しちゃってるのか。

 だから魔物が多い?


「聖徒教会には霊符も聖水もあります。ティア様もおります。魔物などどうにでもできますよ」

「豊穣の加護があるなら耕作に問題はなさそうね」

「そうです。ロフゼカが混乱したら、絶対に移住者が増えます」


 大司教様はロフゼカ王家やお貴族様達にぎゃあぎゃあ言われない、新天地になると考えたのか。

 このベーベルチが。

 急にいい場所に見えてきた。


「大司教様が農業の経験者や大工を連れてくるはずです。すぐ集落としての格好がつきます」

「いずれ冒険者ギルドを作りたいわねえ。魔物に脅かされる生活はよくないわ」

「作りましょう作りましょう。魔物素材は商売になりますよ」


 わあ、何だか楽しくなってきた。

 これからは本当にいいことありそう。


「ねえ、エドガー。土地神様を参っておきましょうよ」

「いいことですね。何を参ります?」

「まずは食が大事だから豊穣ね。これからの豊かな生活をお願いしましょう」

「では私は多産を。ティア様が私の子をたくさん産んでくれるようにと」


 もう、エドガーったら。

 結婚はまだなのに。


「……ティア『様』っていうの、やめてくれない?」

「……努力します」

 

 エドガーも口では色々言うけど、あたし達ってまだまだなのね。

 あたしが聖女で第一王子殿下の婚約者だったから、何だかんだで精神的な距離があったもん。

 エドガーとの距離が縮まりますようにって、密かにお祈りしとこうっと。


          ◇


 ――――――――――後日談。


 洪水、冷夏、地震等々、ロフゼカ王国を連年災害が見舞った。

 一部に聖女ティアを追い払ったせいではないかという声が上がったが、王家及び領主貴族達は意に介さなかった。

 聖女ティアをベーベルチの領主に任じたではないか、と。

 平民には過ぎた恩恵と信じていたのだ。

 神々に対する尊崇が欠けていたことに気付かなかった。


 徐々に物価が上がり庶民の生活が苦しくなっていく中、王太子カルヴィンとシャンテル・バットウーガン公爵令嬢の贅を尽くした結婚式が行われた。

 物が足りないのに何をやっているんだ。

 王家は混乱した経済状況を理解しているのか。

 義援物資を送ってくれるベーベルチを見習え。


 庶民の不満が頂点に足したのはロフゼカ建国一〇〇年祭においてだった。

 王家は他国に威信を見せつけるためにも、豪勢な式に固執した。

 しかし庶民は当然反発する。

 見栄を張るのもいい加減にしろ。

 庶民のデモ隊が憲兵隊と衝突、大規模な蜂起に発展した。


「これも計算通りなの?」

「そうじゃな。土地はいくらでもある」

「もう食料を送れなくなっちゃうけど」


 ベーベルチでは脱出してきた者をどんどん受け入れ、自治領民とした。

 ロフゼカの人口流出が深刻になり、産業が空洞化する。


「ついにロフゼカがベーベルチに攻めてくるんだって」

「大義名分のない軍を起こすとはの。どこまでアホウなのか」


 衰えたりとは言え、ロフゼカ正規軍はベーベルチの一〇倍以上の兵力を持っている。

 ベーベルチに勝ち目はないと思われた。

 自治領民に動揺が広がる。

 が……。


「ゲリラに物資を送ります」


 反ロフゼカ組織を支援し後方から撹乱すると、それだけでロフゼカ軍は動けなくなった。

 元々士気が低く、また遠征を維持する兵糧が覚束なくなったということもある。

 ベーベルチが取り引きの多い隣領の領主達の懐柔に成功すると、勢力の天秤は一気にベーベルチ有利に傾いた。


 初めてベーベルチは兵を挙げる。

 『救民』の旗を掲げて聖女ティア自らが王都に向けて進軍すると、次々と義勇兵が加わりとんでもない数になった。


 聖女ティア率いる無敵の軍が戦わずして王都に到着すると、市民に熱狂的に迎えられる。

 既にロフゼカ王家は過去のものとなっていた。

 ティアは首だけとなった国王および王太子カルヴィンと対面、鎮魂の聖句を唱え、丁重な埋葬を指示する。


 ベーベルチに味方した少数を除くと、領主貴族もまた消え去っていた。

 ある者は平民ゲリラに打ち破られ、またある者は逃亡し、またある者は聖女の慈悲を乞うたから。

 聖女ティアを首班とする新たなる国が始まる。


 ベーベルチ、正式な国名は『神に仕える者の国ベーベルチ』となった。

 神の下の平等を標榜し、生き長らえた数少ない貴族家も単なる世襲領主となり、法律上の身分の差はなくなった。

 事実上の貴族だとうそぶき、罪なき平民に鞭をくれようとした領主が神の雷で死ぬと、国民全員が自らの立場を理解した。


 聖女ティアが一般神に祈り、また各地の土地神を祀ると、途端に平和を実感できるようになる。

 国民誰もが神の偉大さを知り、よく国に服するようになった。

 ティアは国政には関わらなかったが、ベーベルチの象徴として、また聖徒教会のトップとして君臨した。


 聖女ティアとエドガーは七人の子に恵まれた。

 旧ベーベルチの土地神大活躍、子を授かりたい者は旧ベーベルチの祠を参拝するようになる。

 聖女ティアとエドガーの仲睦まじさは、『光には常に影が寄り添うように』と後世の史書にまで記されるほどだった。


「七人も子供がいりゃあ、仲いいに決まってんだろ」


 と、酒場で名も知らぬ誰かが言った。

 彼は言葉を続ける。


「ベーベルチの平穏に乾杯」

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