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少女の動きは極めて自然なものだった。秋野の乗る駅の隣駅から乗車し、至極当たり前のように秋野の目の前に座った。秋野は小説本を読んでいたから始めこそ気づかなかったけれど、ふと視界の中に少女が入り、一瞬「え?」と固まった。
もちろんボックス席なのだから、自分の目の前に誰かが座るというのは断然あり得ることではある。だが、それにしてはその少女の動きは完成されすぎていた。あまりにも完璧なものには却って疑い深くなる。そういった心理であった。
だが、それ以上深く考えを巡らすのは無意味なように思えたため、秋野は小説本の続きに集中しようとした。先ほどまで読んでいた箇所を確認し、また読み進める。
いつの間にか列車は発進し数分の時間が経過していたようで、次駅の到着を告げるアナウンスが流れだしていた。秋野の通う中学の最寄りはまだ数駅ほど先のため、そのアナウンスに聞く耳を持ったことはそれまでで一度もなかったのだが、その日は妙に聞き入った。それは読書に集中できていないということもあるが、その原因含め目の前の少女のせいだった。
いつもとは違って、周りが気になってしょうがなかった。少女の出現含めて、今日はなんだかおかしいような気がしたのである。秋野は本の字面を追おうとしていたが、ただ追っているだけで頭の中で全くイメージができなかった。イメージしようとすると、どうしてもその少女や今日のおかしさを考えてしまった。
秋野は小説本を閉じた。すると少女の姿が目に入り、次に車窓の景色、そして乗客の姿が映った。だが、ほとんど少女の姿しか見えていなかった。
季節外れの厚着だった。青いオーバーサイズのパーカーに黒いジーンズ。ほぼ黒に近い茶のスニーカー、そして水色のイヤホン。だが、かといって浮いているわけでもない。少女の姿はそのボックス席の窓際によく似合った。それも驚くほどに。しかし何よりも、少女は顔が抜群に良かった。すうっと通った鼻筋と大きな瞳、申し訳なさそうにある控えめな唇……そのすべてが一体となり少女の美しさとなっていた。
面白くもなさそうに窓の外を眺める少女の姿は一枚の絵のように見えた。そして、秋野はさも鑑賞者であるような気分で少女の向かい側に座っていた。思わず、秋野は少女の姿に見入った。
しかしあまりにも、それも食い入るように眺めこんでしまったがために、少女に気づかれてしまった。すると少女は、少し頬を赤らめながらも、膨らんで秋野の方を睨んだ。その睨みすら美しく感じてしまう自分の愚かさを恥じながら、秋野は「すみません。」と小声で言った。
じきに秋野の降車駅がやってきた。少女はまだそこに座っていた。秋野は急に「さようなら。」と言いたくなったが、冷静に考えて我々は赤の他人であるのだからと、何も言わずに立ち上がった。少女も秋野が立ち上がったからといって何かするわけでもなく窓の外を眺めていた。
ドアが開いた。秋野はリュックサックをもう一度背負いなおし、ホームに足を着いた。何だかもう一度だけ、少女の姿を見たくなった。
振り返った。少女がこちらを見ていた。
いつもどおりではあるが、その日の授業は特に身が入らなかった。少女の像が頭の中でぐるぐると回っていて、少女は一体何者だったんだろうと考えては他のことに集中できなくなってしまったのである。
おかげで数学の授業では当てられても答えられず、昼休み明けの移動教室には遅刻をしてしまった。目立たずに凡庸に生活したいと思っていたにもかかわらず、その日は帰り学活で担任から言及されるなどあまりに目立ってしまうこととなった。
秋野は密かに少女のことを憎んだ。だがそれは、完璧な憎しみというよりは、愛憎半ばしたようなものだった。
少女の出現はたった一日だけだと秋野は高をくくっていた。だがそれは、浅はかな考えであった。少女は月曜も、またその次の火曜も……と、現れた。こうもなってくると少女は完全に確信犯であった。
もちろん、少女が転校生か何かで新しくこの列車に乗ることとなり、たまたま座りたい座席の前に秋野自身がいる、ということも考えられた。しかしこの考察には二点ほどの矛盾が生じていた。
一つは、なぜ少女は制服でないのか。私服が許容されている学校もあるだろうが、少女がほぼ荷物を持っていないことから、とても学校へ行っているようには見えなかった。
二つは、少女の行動があまりにも、意図的であるということ。秋野自身が色眼鏡でそう見えているだけかもしれなかったが、いつも窓の外を面白くもなさそうに眺めたり、そして時折こちら側をちらちらと見てくるのは意図的以外の何物でもなかった。
別に少女が目の前にいることに対し悪い気はしなかったが、それでも何かしらの気持ち悪さは感じずにはいられなかった。そのため秋野は、より強い確証を得るためにも、初めて少女と出会ってからの数日後、ある作戦を実行した。
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