【狂気ミステリーBL】8話【あらすじ動画あり】
◆お忙しい方のための冒頭動画はこちら↓
https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ
「〝王様〟のご帰還だァ~!」
騒がしい音で目が覚めた。
何事かと、鉄格子から廊下を覗くと、斜め向かいの部屋で〝さかさま〟がボスを迎える猿のごとく鉄格子を揺らしていた。
丁度、二重扉から一人の男が入ってくるところだった。両脇を看護士に抱えられながら、ぐったり引きずられるように歩いている。彼が歩を進める度、手足に付けられた金属枷がジャラジャラと鳴った。
「ヒャッホウゥッ~! 〝王様〟! 〝王様〟!」
男が〇六号室の前を通りすぎる時、〝さかさま〟が興奮の雄叫びを上げた。だが男は聞こえていないかのか、ぴくりとも反応せず項垂れたままだった。
私は自らの房の前についた男の顔を見ようと、さらに身を乗りだした。
「貴方は下がっていて下さい」
いつの間に来ていたのか 〝笑い犬〟が鉄格子の前に立ちはだかった。 だがその目は、数メートル先にいる男に鋭く向けられたままだった。
私の視線に気づいたのか、男が伏せていた顔をハッと上げる。あっ、と私は声を上げそうになった。
〝王様〟は、何もかもが黒かった。
髪や瞳はもちろんのこと、身にまとう空気そのものが、鋼のように黒々としていた。荒んだ容貌が、そう見せているのかもしれない。
長く伸びた黒い髪。くっきりと浮かぶ隈。精悍な顔はこけ、鋭さが増している。頬にはところどころ打撲の痕があり、大きくはだけたネルのシャツの胸元からは、しなやかな胸元の筋肉と、火傷のような痕が見えた。
「お前は……」
私を見る〝王様〟の目が、みるみるうちに大きく見開かれる。
疲れ切った容貌とは不釣り合いの、力強い瞳だった。まるで強靱な意志の炎が、その奥でバチバチと火花を飛ばしながら燃えているような。
「何をしている。早く歩け」
立ち止まった〝王様〟を看護士が小突く。だが〝王様〟は私を見つめたまま、動こうとはしなかった。
「おいっ、どうしたっ!?」
突然、〝王様〟の身体がガクリと沈み込んだ。驚いた看護士が、慌てて支えようとする。次の瞬間、〝王様〟の頭が右の看護士の顎を打ち、足が左の看護士の足元をすくった。手足が拘束されているとは思えないほどの、鮮やかな動きだった。
「……ウッ!?」
二人の看護士たちは糸の切れた操り人形のように、ドッと床に倒れ込んだ。
「失礼」
と言って、〝王様〟はもつれて動けない看護士の胸ポケットから鍵の束を取り出すと、素早く自らの手足の拘束を解いた。
ゴトリ。拘束具が床に落ちる重たい音が響く。〝王様〟は手足の関節を確かめるように動かすと、私の方を見、真っ直ぐに向かってくる。
まるで焼き尽くされそうなほどの苛烈な瞳に、私は金縛りにでもあったように動けなくなった。バクバクと、心臓がこれ以上ないほど強く早鐘を打つ。カッと腹の中が熱くなり、背中から冷や汗が吹き出す。
もしかして、これが『恐怖』というものなのだろうか。私は徐々に迫ってくる男から、一秒たりとも目が離せなくなった。
「そこまでです」
あと数歩という距離で、〝笑い犬〟が〝王様〟と私の間に立ちはだかった。〝王様〟はピタリと立ち止まると、私に向けていた視線をゆっくり〝笑い犬〟の方に移した。
「……何のつもりだ、〝笑い犬〟?」
「それはこちらのセリフです。これ以上、〝人形〟に近寄らないで下さい」
「〝人形〟?」
〝王様〟の眉が、神経質にピクリと寄る。
「一体、誰のことを言っているんだ、それは?」
「もちろん、彼のことですよ」
〝笑い犬〟が視線で私を示した。〝王様〟もつられるように一度私の方を見ると、大きく首を振る。
「違う。そいつは、〝人形〟じゃない」
昨日、意味不明なことを喚いていた人物とは思えないほど、はっきりとした口調だった。
〝笑い犬〟は憐れむように相手を見ると、静かに首を振った。
「いいえ、〝王様〟。貴方は勘違いをしている。彼は〝人形〟だ。貴方の妄想の中の人物ではない」
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