サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
第0話 高校生電話相談室
「サトシ、学校の先生辞めたんだって?」
「ああそうだよ。だから、無職の俺を合コンに誘ってもダメだぞ」
「合コンじゃない。俺がやっている動画サイトへ出演依頼だ」
佐藤サトシは、公立高校の教師を辞めてのんびりとプー太郎をしていた。
そこへ、大学時代の友達から電話がかかって来て、動画投稿サイトへゲストとして出演してほしいと依頼されたのだ。
「お前こそ、塾の講師を辞めたのか」
「ああ、今は教育系インフルエンサーってやつ? やっているんだ」
「へぇ、そんなので稼げる時代になったんだ。で? 俺のギャラは?」
「ノーギャラで」
「げっ! ノーギャラかよ。まあ教育系のボランティア活動と思えば、出来ない事も無いか。しょうがないなぁ。ただし、顔出しNGでお願いする」
そして、数日後の撮影当日。
撮影場所は友達の家だから、緊張しないだろうと高をくくっていたが、サトシは慣れない撮影環境にガチガチに緊張していた。
「サトシ、大丈夫だよ。お前の顔は絶対出さないから。リスナーからの質問に答えてくれるだけでOK。そんなに、緊張するなよ」
「無理、緊張するって」
サトシがまだ心の準備が出来ていないうちに、動画撮影は始まった。
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「こんにちは、学生のみなさん、ハイスクール・チャンネルのカイトです。きょうは、再生回数が多い人気の企画、『高校生電話相談室』でーす。本日、相談にのってくれるのは、元公立高校教師のS先生です。事前にインスタで募集した相談にのってもらいます」
(え、もう始まったのか?)
とたんに、洋服の襟元や髪型を気にし始めるサトシ。
「はいはい、Sです。よろしくお願いいたします」
「さっそく、リスナーさんに電話を繋げますよ」
「え? もう?! ハガキじゃないの? 電話? どういう相談がくるの?」
「……はい、どうぞ」
「早っ……、もう繋がっている? 話してもいいの?」
友達は、スピーカー通話にした携帯電話をサトシに渡した。
サトシは、動揺を隠しながら平静を装って挨拶からはじめた。
「もしもーし、こんにちは」
「もしもし」
電話の向こうの声は女の子だった。
「はい、えーっと学生さんですか?」
「高校一年生です」
「はい、そうなんですね。では、相談したいことをどうぞ」
「……あの、ある先生のことを好きになったんですけど、先生と付き合うにはどうしたらいいですか?」
どストレートに、際どい相談が投げ込まれた。
しかし、サトシは慌てなかった。
中高生からはよくある相談事だからだ。
「学校の先生を好きになったんですか?」
「はい、学校の先生と付き合いたいんです。でも、好きになってはダメなんでしょうか。諦めた方がいいんでしょうか」
「うーーん、その先生は何歳くらいなのかな?」
「27歳です」
「なるほど……」
(くっそ、俺より若いじゃん)
「その先生は、かっこいいですか?」
「顔は普通だけど、めっちゃ優しいです」
「何の先生かな」
「生物です」
「なるほど、白衣姿がかっこいいのかな。相談は、その先生と付き合いたいってことですね。付き合ってどうしたいのかな」
「え!? どうしたいって……そこまで考えてないです」
「そうだよね。まだ、高校生だものね。先の事までは考えてないのは、あたりまえだよね。今は、好きだからなんとかして付き合いたい、ということなんだね。なるほど、なるほど。
でも、はっきり言っていいかな。やめた方がいい。ごめんね、諦めた方がいいです」
「えっ!」
「びっくりするようなことを言って、ごめんね。わたしは大人だから常識的な話をするよ。あなたは今18歳未満だよね。ということは、もしも、あなたと先生が付き合って恋愛関係になったら、先生は犯罪者になるんだよ。先生は、懲戒免職処分になる。要するに、クビだよね」
「……」
「わかる? じゃあ、仮に先生が付き合ってくれたとしてみようか。付き合えた瞬間はハッピーかもしれないけど、よく考えてみて欲しい。その先生は、一所懸命がんばって教員免許取りました。採用試験にも合格しました。でも、あなたと付き合うということは、未成年の生徒に手を出すということだよ。その人は、そんなことで簡単に道を外す人なんだよ。それって、ダメだよね。あなたを幸せに出来ないよね」
「……」
「先生は間違いなくクビになる。あなたは最悪の場合、退学になるかもしれない。あなたの人生まで狂ってしまうんだよ」
「それは、いやです」
「だよねー。先生が本当にあなたのことを思っているんだったら、そんなこと出来ないはずなんだよ。先生というのは、いつも生徒の幸せを願っているもの。だから、そもそも先生と付き合うのは、社会的にダメなんです。あなたには、これからまだまだ、たくさんの出会いや幸せが待っているんだよ。その可能性をつぶしてしまう大人って、どうだろう。わたしは、そんな人とのお付き合いはお勧めできません」
「でも……」
「今のあなたは、先生がかっこよく見えていても、実は周りが見えていないだけ。周りをよくみてごらん。イケメンな男の子とか、もっと優しい男の子とか、いっぱいいるから」
「じゃあ、卒業式が終わって、先生の連絡先を聞くのはアリですか?」
「まあ、それは犯罪じゃないから自由だけどね。でもね、きっとあなたは、卒業したとたんに周りにいっぱいイケメンがいることに気付くと思うよ。『あれ、わたしなんで先生が好きだったんだろ。キモッ!』ってなるから」
「ええ? そんな……」
「実際、わたしだってね、あれだけ先生が好きーって言っていた子でも、連絡してくる子はいないからね。みんな、卒業すると周りが見えて来て、先生なんかどうでもよくなっちゃうんだろうね」
「そうなんですか」
「そんなもんですよ。今はね、わからないかもしれないね。今のあなたが、先生のことが好きだという気持ちはわかるよ。でも、自分の人生を賭けてまで恋するようなものじゃないって。周りには、いっぱいいい男がいるよ。もっと、自分を大切にして新しい恋をしたほうがいいですよ」
「はい、わかりました」
「わかってくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
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サトシは、電話を終わって、ホッとした。
「いやあ、一発目からこういう相談は重いよねぇ」
「サトシさぁ、やっぱ元教師だよね。説得力あるわ。教師を辞めたのはもったいないよ」
「そうかなぁ」
「絶対、教師向いていると思う。そういえばさ、工藤が務めている学校で、教員募集していたよ。受けてみればいいのに」
「工藤の学校って、確か私立の女子校だったっけ。でもな、教師ってさ、授業以外に死ぬほど業務があってホントにきついんだって。それで、俺は教師辞めたんだよ」
「俺は、絶対サトシは教師に向いていると思うけどな。工藤のところは私立だし、学校によって働き方が違うかもしれないじゃん。一回受けてみたら? 採用試験」
「ハハハハハ……ねえよ、女子校なんて」
と、言いながら笑っていた元公立高校の教師、佐藤サトシ30歳。
まさか、再び教師の道を歩き始めるとは、この時は思っていなかった。
相談した女子生徒に、あれだけ偉そうに「先生とのお付き合いはお勧めできない」と断言したくせに、自らお勧めできない道を歩みそうになるとは……。
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