第22話 支所長、岩田
俺たちは一旦神々の庭園の探索を中断し、ダンジョン協会に向かうことにした。
今回の探索ではっきりと分かった。ダンジョンに異変が起こっていると。
これがもし全国各地のダンジョンでも起こっているとしたら、パーティが全滅するような大事故に繋がりかねない。
一刻も早く報告しないとな。
車を走らせ、奥多魔支所に向かう。
なぜか助手席をカレンさんとシオンが取り合っていたが、間をとってカナデに座ってもらうことに。
カナデはめちゃくちゃしっかりとナビをしてくれた。道は頭に入っているけどその気持ちが嬉しい。
「あら、みなさん。今日はどうされたんですか? ダンジョンに潜る日だと聞いていましたが」
「実は……」
協会に入ると、いつものように水瀬さんが受付にいたので、そのままダンジョンで起こっている異変を簡単に説明した。
ちなみに今日はいつもの栄養ドリンクはないみたいだ。
「モンスターの異常個体……ですか」
いつもの会議室に通された俺たちは、さっきあったことを詳細に報告していく。
「はい。それも他の個体とは強さのレベルの違う個体です」
「あれはどうみても普通じゃありませんでしたわ。見た目も強さも」
「なるほど……」
俺とカレンさんの言葉を水瀬さんが頷きながらメモに書き留めていく。前回はただの俺の予感だったけど、今回は実際に異常が起きた。
「分かりました。この間の報告と合わせて、改めて調査書を作りますね」
「よろしくお願いします」
――ガチャっ。
今日あったことをあらかた報告し終わったころ、会議室の扉が無遠慮に開かれた。
「――おい水瀬、こんなところでなにをしている?」
入ってきたのは、メガネをかけた恰幅の良い男だった。
年齢は四十歳くらいで、くたびれたスーツを着ている。
「岩田支所長……ノックぐらいしてください」
「ふん。ここは私の支所だぞ? お前に指図される謂れはない」
岩田と呼ばれた男は、俺たちの顔をジロジロと見渡す。その無遠慮な視線にカナデがイヤな顔をした。
そしてカレンさん、シオン、カナデの三人をじっくりと見てから「ふん」と鼻を鳴らした。
……うへぇ、苦手なタイプだなぁ。
「一体なんなんだ、この集まりは? こんな若い女たちを集めて合コンでもしてるのか?」
「……みなさんは探索者です。ダンジョンについての報告を受けていました」
「探索者ァ? ……こいつらがか?」
改めて視線がこちらに向けられる。
品定めするような不快な視線だ。
「……おい、そこのお前」
「俺ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ……お前、何級?」
「C級ですけど」
「C級ぅ!? その歳でC級ぅ!? ぷくくっ……!」
男は笑いを噛み殺しながら、そのお腹を揺らす。
そしてカレンさんたちの方を見て口を開いた。
「C級のカスには、お前たちみたいな良い女はもったいないなぁ〜? こんなヤツより、私の方が良い思いをさせてやれるぞ? あぁそうだ、確か今日は飲み会があるんだったな。どうだ、お前たちも来ないか? ん?」
なんだこいつ。失礼にも程があるだろ。
俺のことはどうでもいいから黙っていたけど、カレンさんたちに悪意が向くなら別だ。
シオンとカレンさんは全く気にした様子はないが、カナデは怯えたように俯いている。さっきの発言はセクハラだし、それに水瀬さんに対する高圧的な態度も気に入らない。
というか、シオンとカナデに気持ちの悪い視線を向けないでほしい。
「支所長だかなんだか知りませんけど、話の邪魔をしないでくれませんか?」
「あ〜ん?」
「だから、邪魔だって言ってるんです」
俺は
すると岩田は顔を青くし、ガタガタと震え出した。
「ぐッ……!? な、なんだお前っ……私にかかればお前を出禁にすることも出来るんだぞっ!?」
「どうぞご自由に」
「……ま、まぁ? 今日のところは? 私の寛大な心で許してやらないでもないがなっ!」
そう言い残し、岩田は腹を揺らしながらピューッと部屋を出て行った。
「……すみません、みなさん」
水瀬さんが頭を下げる。
「謝らないでください。水瀬さんは悪くないですから」
「なんですの、あの失礼な人は」
「変な人だったねー。ていうか、ダンジョン協会で働いてるのにカレンさんのことを知らないってありえるんですか?」
「私はちょっと怖かったです……」
カレンさんが黙っていたのは意外だったな。ああいう人にはすぐに言い返しそうなのに。
まぁ、水瀬さんのこともあるから軽く流していたんだろう。大人の対応である。
「あの人は最近やってきたばかりの支所長なんです。なんでも、ダンジョン協会に多額の出資をしている企業の御曹司だとか」
つまりは天下りってわけか。
まぁ、こういうことはよくあるみたいだからなぁ……。特に最近はダンジョン協会についての不祥事も多いと聞くし。
「水瀬さんも大変ですね……」
「まぁ、仕事ですから」
「エレナ、いつでも相談してくれていいんですのよ?」
「ふふ、ありがとう姉さん。本当に我慢できなくなったら相談させてもらおうかしら」
◇
「くそ、クソクソクソッ! なんなんだあいつはぁ〜ッ!」
奥多魔支所、所長室。
そこには、苛立ったように机を叩きつける岩田の姿があった。
「C級ごときが舐めやがって……私を誰だと思っているんだ……ッ!」
ギリギリと歯軋りをしながら、爪を噛む。
岩田の目の前には一枚の報告書が置かれていた。先ほど、部下である水瀬が持ってきた報告書だ。
どうやらあの男が水瀬に伝えた報告内容が書かれているらしい。
「……グフ。そうだ、良いことを思いついたぞぉ……」
その報告書を一瞥した岩田は、ニヤリと口端を歪める。
そしてそれを手に取り、勢いよくビリビリと破り捨てた。
「ククク……これであいつは終わりだなァ〜?」
ダンジョンについての報告は探索者の義務だ。
それを破ると探索者の資格を失うこともある。
岩田は、あの男の報告を揉み消し、その責任を全て押し付けるつもりなのである。
岩田の頭の中には、さっきの憎たらしい男の破滅する姿が浮かんでいた。
――そして、悪意のこもった岩田の言葉を水瀬エレナは部屋の外から聞いていた。
(いやな予感がしたから戻ってきてみれば……)
はぁ、と心の中でため息をつく。
エレナは、岩田のことを全く信用していなかった。
ここに赴任してきてから、ずっとイヤらしい視線を向けてくるし、仕事もまったく覚えようとしない。それだけでなく、重要な報告書すらも読まない。
(……とりあえず、さっきの報告書は所長を通さずに上に上げておきましょう)
念のためコピーをとっておいて良かった、と安堵しながら、エレナは支所長室の前を後にする。
――部屋の中からは、岩田の高笑いが響き続けているのだった。
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