第5話 神々の庭園
シオンと私、カナデは【神々の庭園】の入り口から配信をスタートした。配信ドローンが、私たちの姿を視聴者たちに届けはじめる。
一度決めたらすぐに行動するのがシオンらしい。
コメントは大盛り上がり。同接も順調に伸びていく。
その数字はあっという間に私たちの最高同接数を超え、10万人を突破した。
それはそうだろう。
あの絶賛話題沸騰中のダンジョンを攻略するのだから。
とはいえ、今日はあまり深入りするつもりはない。
さすがのシオンもそこまで無鉄砲じゃない。
……まぁ、私が強く止めたんだけどね。
私たちの目標はただ一つ。
――あのブログに書いてあることが本当かどうか確かめる。
そのためには、最低でも第一階層に踏み入る必要がある。
あのS級クランの【エバーライト】が探索を断念したという、第一階層に。
彼らが探索を断念したというニュースが流れてから、このダンジョンは長らく話題に上がることはなかった。
隣に立つシオンは、今日の企画の趣旨を視聴者たちに説明している。私はどこか落ち着かない気持ちでそれを眺めていた。
「……カナデ、準備はいい?」
そのパンドラの箱とも言えるダンジョンの入り口に立ち、シオンが私に向かって確認する。
正直、とても怖い。
だけど私はぎこちない笑顔で頷いた。
私だってA級探索者だ。
それに、シオンはつい先日S級にランクアップした。
……私たちならやれる。きっと、必ず。
《ここが神々の庭園……》
《なんかめちゃくちゃ神々しいな》
《二人とも気をつけて》
《シオンさまなら大丈夫だって!》
コメントを横目に見て、私は覚悟を決めた。
「さて……それでは行きましょうか」
シオンは生粋の探索者だ。
今ではアイドルみたいな扱いをされることもあるけど、本当はダンジョン探索が大好きなだけの真っ直ぐな女の子。
そしていつだって、どんな困難だって乗り越えてきた。
「『ぼっちのダンジョン攻略記』によると……まず、第一階層に現れるのは天使型のモンスター……」
そんなシオンが、ぶつぶつと小さく呟く。
これは彼女が集中している時の癖。独り言が増えるのだ。本人は気づいていないみたいだけど。
コメントが盛り上がる。《いつものアレだ》《覚醒シオンキタコレ》《覚醒たすかる》。
シオンの片手には、ダンジョン内でだけ使えるスマホ型デバイスが握られていた。あのブログを表示させているのだろう。
昨日、【神々の庭園】を攻略すると決めた後、私たちはそのブログをとにかく読み込んだ。
第一階層に現れるのは、天使型モンスターだという。
ブログの主はそのモンスターを《アークエンジェル》と呼称していた。
――《単体で現れた場合、冷静に対処すれば問題ない。一度倒せばリスポーンまではしばらく時間がかかる。一階層につき、3体までしか存在できない。しかし同時に二体現れた場合は対処が難しくなる》
もし記事が本当なら、そこまで危険度は高くなさそうだ。
ダンジョンで一番危険なのは、モンスターに囲まれ退路を断たれること。そう言う意味では、《アークエンジェル》は安全と言える。
現に、【エバーライト】は大きな被害を出すことなく撤退することに成功している。
「いくよ、カナデ」
「……うん。いこう、シオン」
愛刀を構えたシオンに強く頷き返す。
私も使い慣れた盾を構え直し、一呼吸。
決して、油断はしない。
シオンは私が守る。
荘厳な装飾が施された扉に、シオンが手をかざす。
すると、ギィィ、とイヤな音を立てながら扉が開いた。
少し冷たい空気が頬を撫でていく。
扉の先の光景を見て、このダンジョンが【神々の庭園】と呼ばれる理由が分かった。
天国だと錯覚するような景色。そこに白く、美しい天使がいた。
まるで彫像のような、均整のとれた顔。
その目は閉じられていて、私たちを見ていない。しかし、その天使が私たちに気付いていることは分かる。
――殺気が、飛んできているのだ。
「……あれが、アークエンジェル……?」
「そうみたい。カナデ、動ける?」
「う、うん」
事前に読み込んだ情報のおかげで、私はいくらか冷静さを保つことができた。もし《アークエンジェル》のことを知らなかったら、あの異様な圧に呑まれていただろう。
そう言い切れるほど、このダンジョンは他とは違う。――なにもかもが。
「それじゃ、予定通りにいくよ」
シオンの声に、私は無言で頷き返す。
攻略記事を読み込み、私たちは作戦を立てた。
――《アークエンジェルは、最初に必ず雷光のような攻撃をしてくる。片手を上げたのを見たら、すぐさま攻撃に移るのがベスト。詠唱が完了するまで、約3秒。ここで勝負を決めよう》
あのブログにはこう書かれていた。
簡単に書いているが、3秒という時間はとても短い。
迷っている暇はない。すぐに動き出さないと間に合わないだろう。
「……きたっ!」
《アークエンジェル》がこちらに気づいた。
そして記事の通り、《アークエンジェル》は片手を上げ、詠唱をはじめる。
──ここまではあのブログの通り。
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