巡り逢い

@8ight

月side.

ねえ、朱(しゅう)。あなたとの出会いは私にとって特別で、過ごした日々はまるで夢のようで。

たまに思うんだ。 あなたと過ごしたあの日々は幻で、神様が私たちにしたたちの悪いいたず

らだったんじゃないかって。


パッシャーン!

漆黒のような黒い髪、真珠のような大きい瞳、雪のように白い肌。

あなたとの出会ったあの日のことを、あの衝撃を私はきっと忘れることはないよ。

これから先ずっと。


__ピピピ、ピピピ、ピピピ・・・・・。

ぼんやりとした意識の中、微かに絶望の音が聞こえてくる。それは次第に大きくなり、頭の

中まで刺激してくる。

岩のように重く感じる体を無理やりに起き上がらせ、アラームを止めた。

一時の間、 特に何をするわけでもなく、 まだ半分夢の中にいる感覚でぼーっと部屋の中を見

つめていた。

気持ちが悪いほどに整理された机の上、ピカピカに磨かれている床、しわ一つない制服。

「憂鬱。」

磁石のようにベッドにくっついた腰を無理やりにはがし、私はリビングに向かった。

私の朝のルーティーンは決まっている。 6時起床、家族が起きてくる前に朝食を作る。それ

から身支度を済ませ、家族が起きてきたら一緒にご飯を食べる。

「おはよう、月。いつもご飯ありがとう。」

起きてきた母が私に向かってお礼を言う。

「ううん。大丈夫だよ。」

私は今できる最大限の笑顔を母に向けた。

「月は本当に母さん思いで優しいな。」

身支度を終えリビングに来た父が後に続く。

『優しいな。』

その言葉を向けられると、胸が苦しくなってなんとも言い表せない気持ちになる。

それでも私は、

「そんなことないよ!」

偽物の笑顔でまた自分を殺す。

「そういえば、この前の模試の結果どうだったんだ。」

いきなりの父のその言葉で私は固まった。

「それがね~少し順位が落ちたのよ~。」

そんな会話を横目に私は不安や動悸、息苦しさをいつも感じてしまう。

両親は私を見ているのに、見ていないような。近くにいるのに遠ざかっていくような。

(窮屈。)

「行ってきます。」

外に出るとまだ少し薄暗く、深い霧で先がよく見えない。

(私の人生みたい。)

そう頭で思いながら私は家から駅まで黙々と歩き、改札をくぐって電車に乗り、また少し歩

いて学校に向かう。いつもと変わらない日常。 何の変化もない毎日。 気が付くと昨日のよう

な今日をまいにちくりかえしていた。

7時 20 分。学校につくと当然まだだれも来ていない。静寂なこの空間に私の足音だけが響

き渡る。教室に入り席に着くと私は早速、 教科書を開いて自習を始める。 いい成績をとれば

両親の期待に応えられる。そう思って必死に必死に無我夢中で何度も何度も繰り返す。

「おはよー。」

「あー、おはよー。どうしたの顔ひどいよ?」

「きいてよーーー昨日さー」

8 時を過ぎるとになると薄暗かった外も教室もだんだんと光に照らされていく。

ふーっと深呼吸をした瞬間聞きたくない声が、足音が、笑い声がだんだんと近づいてくる。

「まじ!?やばーーー。」

「本当にびっくりしたんだから。」

「逃げるのに必死だったよね。 」 。

「あ、月おはよーー。喉乾いた。早く水買ってきて。」

その声が、頭に響き、心をえぐる。大丈夫。いつも通りに。私は本当の自分を悟られないよ

うにまた

「うん!わかった!」

必死に自分を殺すんだ。

麗奈はこの高校に入学してから知り合った。人見知りで、臆病な私をグループに招き入れて

くれた。初めてできた友達。だと思っていた。 いつからかみんなの顔色をうかがいながら、

必死に生活していた。そんな矢先のことだった。

『月ってホント使えるよね。』

『わかる、優しいのか何なのか利用しやすすぎ』

『確かにw』

利用されている。そんなことも気づかない自分が馬鹿みたいになった。 目の前が真っ白にな

って、息もしづらくなった。 心に黒い何かが入り込んで真っ黒にするまでそう時間がかから

なかった。

それでも私は、麗奈と一緒にいた。麗奈と一緒にいたら一人になることはない。一人は嫌だ。

そう思って。

昼休みになると私はいつも通りみんなのお昼ご飯を売店に買いに行く。みんなの見る私へ

の視線はとても冷たく痛い、ひそひそと聞こえないように耳打ちする話し声。聞こえなくて

もわかる。誰が見ても惨めで、弱い自分。そうわかっていても、どうすることもできない。

教室に入るとまるで女王のように座る麗奈たちがいた。遅い。と一言だけ言って私の抱える

パンの中から好きなパンを麗奈筆頭に選んでいく。私は残り物。いつもどんな時もそうだっ

た。

「ねえ、3 組の如月 朱と望月 くれあってめちゃくちゃ可愛くない?」

「わかる!かわいいっていうか美って感じだよね?あの 2 人幼馴染らしいよ。 」

「かわいいって言ったら 4 組の一ノ瀬 萌花と早乙女 ゆるじゃない?」

「わかる。あの人たち 4 人仲いいよね?でも如月 朱は近づくなオーラやばい。」

3 組の如月 朱と望月 くれあ、4 組の一ノ瀬 萌花、早乙女 ゆるはこの学校でも有名で

他校からも人気がある。私からしたら関わることなんて一生ないような雲の上の存在。

その中でも如月さんは中心のような存在。 1 人が好きであまり笑顔を見せずどこか冷たい表

情をしている。それでも周りにはいつも人がいて、みんなが如月さんを目で追ってしまって

いる。私はいつの日からか如月さんと1人では何もできない弱い自分比べてみていた。あま

りにも正反対だったから。

1 で行動できる強い人。憧れだった。

長い 1 日が終わった。私は今日も一日耐え抜いた自分を心の中で褒めた。1 日よく頑張っ

た。何事もなく普通に。なぜか涙があふれそうになった。まだ我慢しなきゃと自分に言い聞

かせながら、帰ろうと立ち上がった時、いきなりすごい勢いで肩をつかまれた。

「月~、今から時間ある?」

「これから遊び行くんだけど、一緒に行かない?」

私は少し困惑した。今まで麗奈たちと学校以外で遊ぶなんてことなかったから。考える暇も

なく私は

「うん!行く!」

そう答えた。とてもうれしかった。今までしてきたことが報われた気分だった。肯定された

気分。麗奈たちも私を本当の友達と思ってくれたんだと思った。それからみんなで夜の帳が

降り始めた街へたわいもない会話をしながら向かった。放課後に友達と遊びに行くってこ

んな感覚なんだ。

それから私たちは、プリクラをとって、カラオケに行って思う存分遊んだ。

今まで友達と遊んだことのない私にとってそれはまるで夢のような気分だった。

「じゃあ、そろそろご飯食べよっか。」

「うん!」

「そうだねー。」

「おなかすいたーー。」

私は空も飛べそうな気分だった。友達と初めての放課後。とっても嬉しくて、充実していた。

私たちは夜ご飯を食べるためにファミレスに入った。麗奈たちは慣れた様子でずかずかと

中に入り、席に座った。周りなんて気にしない様子でいつものように大声で話す。

いつもは気になることが今日はなぜか気にならない。ただただ楽しい。

「決まった?」

「決まったー!」

「すみませーん。」

麗奈は思いっきり店員さんを呼ぶ、私は周りを少し気にしながらも、みんなと一緒にご飯を

食べれることに心を躍らせていた。

注文を終え、またたわいもない会話が始まる。音も景色も何もかもが違って見えた。

「あーーー!食べたーー!」

「お腹はちきれそうーーー!」

「もう無理、吐くーー!」

麗奈たちはこれでもかというほどのご飯やデザートをたべた。そんなみんなの姿を見てい

るのも楽しかった。

時刻は8時を回っていた。そろそろ帰る準備をしないと。お母さんたちに怒られる。

「麗奈、私そろそろ帰らなきゃ。先に出ていい?」

そう聞くと麗奈は、

「ああー、いいよ。 」

そういわれ立ち上がろうと席を立った時

「じゃあお会計よろしく。」

え・・・・?

私は一瞬にして目の前が真っ白になった。あの時と同じだ。 私は困惑しながらも麗奈に問い

かけた。

「え・・?麗奈、これ全部?」

私は言葉を最大限に絞り出した。

「そうそう。今月お小遣いピンチなんだよね。おねがーい。友達じゃん。ピンチの時は助け

合わなきゃ!」

私は積み上げてきたすべてが崩れ始める音が聞こえた。 今までの苦労も、浮かれていた自分

も恥ずかしくなった。

全部投げ出したい。

「プリクラ撮るお金とカラオケ行くお金はあるのに?」

今の私にできる最大限の反抗だった。 その瞬間、 麗奈の笑顔は一瞬で消え、鋭い目つきで私

をにらんだ。

「なにそれ。」

その言葉で爆発したかのように私に小さな反抗を後悔させるような、私の心を破壊するよ

うなそんな鋭利な言葉の刃物を麗奈たちは躊躇することなく振るってきた。

「なに勘違いしちゃってんの?私たちがあんたと遊びたいなんて思うと思った?誰があん

たなんかとつるみたいって思うわけ?ちょっと優しくしたらほいほいついてきて、何して

も笑顔で気持ち悪いし。」

「あんたには利用価値しかないんだよ!使えるから近くに置いといてあげたのに何それ!」

「ほんと、今まで一緒にいたこっちの身にもなってよ。てかあんた、必死すぎてキモイ。」

私は今にも倒れそうになっていた。周りも私たちを見てざわつき始めた。ひそひそと話す声。

「なに?喧嘩?」

感じていたことを目の前に現実として突き付けられた私は何も言い返せず、何も考えられ

なくなっていた。ただただ、 爆発して麗奈たちの怒号を受け止めるだけしかできなくなって

いた。

パッシャーン!

「キャーーーー!」

麗奈たちの悲鳴と同時に私は驚いて顔を上げた。

漆黒のような黒い髪、真珠のような大きい目、雪のように白い肌。

(如月さん!?)

そこには鋭い目で麗奈を睨む如月さんの姿があった。彼女は、麗奈たちの爆発し、暴走した

火を鎮火させるようにコップの水を麗奈たちに浴びせていた。

麗奈は少し放心状態になった後、鬼のような形相をして、如月さんに向かっていった。

「ちょっとあんた!どういうつもり?!どうしてくれんの?!ビショビショなんですけ

ど!」

怒りで興奮した麗奈を突き放すような顔をして如月さんは

「あんた、マジでだっさい。」

ゾクッ!

そのたった一言でそこにいた全員が固まった。息をするのも忘れてしまうくらいに誰一人

として動けなかった。

その立ち振る舞い、冷静に見えるがどこか殺意にも似ているような不気味な雰囲気。 触れて

はいけない何かに触れ、見てはいけない何かを見てしまったような感情にそこにいた全員

が陥った。

パンッ!

その手をたたく音と同時に私たちは我に返った。

「あんまり怖がらせたらだめだよ。朱。」

如月さんの後ろから肩をポンとたたき笑顔を見せながら現れたのは望月さんだった。

「もう、歯止めが利かなくなるんだから朱は。」

「ごめん。」

望月さんが来たからか如月さんの雰囲気もどことなく穏やかになったように見えた。

私は、まるで映画のワンシーンを見るように2人に見とれていた。

「ちょっと。話し終わってないんだけdッ」

麗奈が如月さんにつかみかかろうとした瞬間、凍らされるような目つきで望月さんは麗奈

を睨んだ。

「みんな見てるけど、どうする?私は、外で話聞くけど。ねえ、どうする?」

明らかに怒っている。如月さんに手を出されそうになったからなのか、今にも殴り掛かりそ

うな狂気に満ちた表情をしている。

麗奈たちはその恐怖に耐えられなくなったのか、

「もういい。」

と一言残して去っていった。

「お騒がせしましたー!」

いつもの表情に戻った望月さんはペコっと頭を下げその場にいたみんなに謝罪した。

「くれあも歯止め聞かないじゃん。」

「うるさい。」

気が付くと、そんな冗談を言いながらさっきの姿は幻だったかのようにいつもの二人に戻

っていた。

「あの、ありがとうございました。」

私がそういうと、如月さんは私の顔をまっすぐと見つめた。

「あんた誰。」

そう聞かれ、私は少し戸惑いながらも

「2組の桜 月でs、」

そういう私の言葉を遮り、

「そうじゃなくて、今のあんたは誰のためのあんたなの?」

私はすごく戸惑った。誰のための、すぐに答えられなかった。

何か言いたいけれど言葉が出てこない。そんな私を見て彼女は全て察したような、 見透かし

たようなそんな目で。そしてすべてを理解したようにこう言った。

「あんたもだっさい。」

全てが一瞬にして完全に崩れた。 今までの全てが。私は、自分が空っぽになっていくのを感

じた。どんどん頭の頂点から足の先まで床を伝って全てこぼれていくような、コップのガラスが割れ、水が一気に零れ落ちるようなそんな気分だった。空っぽになった瞬間、『無』に

なった私の心に一番に入り込んできた感情。それは『怒り』だった。

駄目だとわかっていながら、何度も頭の中で自分を止めた。 だがもうどうすることもできな

い。

「何がわかんの・・・。」

ああ、もう自分を止められない。そう悟り、諦めた瞬間私は負(怒り)の感情を彼女にぶつけた。

「あなたに私の何がわかるの!?いっつも必死に毎日生きてる、親に幻滅されないように、

一人でかわいそうって同情されないように、必死に!何もしないでも周りに人が集まって

中心になるようなあなたとは違う!こっちは必死にもがかないと生きていけない。そんな

ことしてたら、家にも学校にもどこにも居場所がないように感じて、夜になるとこのまま暗

闇に吸い込まれそうな感覚になる!この気持ちあなたにわかる?!このままじゃダメ、そ

んなのはわかってる。けど一人になるのは怖い!出来ない!私はあなたみたいに強くな

い!」

朱、あの時の私は何も考えられなくなってて、あなたに全部をぶつけた。あなたが何か私の

欲しい言葉をくれるそんな変な期待をして。でもね、朱。でも私、今になって後悔してるん

だよ。だって、一人の怖さを一番知ってたのはたぶんあなただったから。

やってしまった。言い終わった私はすがすがしい気持ちと同時に、後悔が心の奥底からこみ

あげてきた。 もう後には引けないそんな状況の中、如月さんの顔を見ると如月さんは何とも

言えないような表情をしてた。 一瞬驚いたような、怒っているようなでもどことなく悲しい

表情。そして、冷静な口調でこう言った。

「あっそう。そうやってまた自分を過小評価するんだね。自分はできないって。そうね。あ

なたにはできない。してもいないことを出来ないと決めつけて逃げる。 」

冷たい口調を凍るような視線をでも認めざるをおえない事実を彼女は私に向けた。

「やろうとしてもいない人にできるはずがない。出来ないとしないをいっしょにしないで。」

そう言い残して彼女は店を後にした。 そのあとのことはよく覚えていない。どうやって家ま

で帰ったかも、何も。彼女の言葉だけが残っていた。

__ピピピ、ピピピ、ピピピ・・・・・。

ぼんやりとした意識の中、微かに絶望の音が聞こえてくる。それは次第に大きくなり、頭の

中まで刺激してくる。

岩のように重く感じる体を無理やりに起き上がらせ、アラームを止めた。

一時の間、特に何をするわけでもなく、まだ半分夢の中にいる感覚でぼーっと部屋の中を見

つめていた。

いつもと変わらない風景。変わったのは・・・。

『出来ないとしないをいっしょにしないで。」

何度も頭の中でリピートされる。そのたびに体が熱くなり、胸が締め付けられる。

6時起床、 私は、リビングに向かい、いつも通りの朝のルーティーンを始める。 家族が起き

てくる前に朝食を作る。それから身支度を済ませ、家族が起きてきたら一緒にご飯を食べる。

「おはよう、月。いつもご飯ありがっ、ってその目どうしたの?」

私の蜂に刺されたように赤くはれた目を見て母は驚いた様子だった。

「ううん。大丈夫だよ。」

私は今できる最大限の笑顔を母に向けた。

「月、大丈夫か?」

身支度を終えリビングに来た父が後に続く。

「ほんとに大丈夫だから!」

そういうと父はそうか。と一言いうと、母が続いて口を開いた。

「そういえば昨日帰り遅かったわね。あんまり心配かけないでよ~。」

心配。それは何の心配なのか。私への心配?両親が心配してるのは私じゃなくて世間体。

窮屈。

「行ってきます。」

いつも通り、いつもの道を通って学校に行く。昨日と同じような今日の朝。何も変わってい

ないはずなのに少し清々しい気分も私にはあった。諦めがついたような。昨日の麗奈たちの

ことを思い出しても大丈夫かと不安になっても自分に何度も呪文のように言い聞かせ鼓舞

する。自分は大丈夫だと本当に心の底からそう思っていた。麗奈たちを見るまでは。

「おはよーーー。」

すごく不機嫌そうな表情で教室に入ってくる麗奈たちを目の前にして私は下を向くしかな

かった。居心地が悪くてすぐにでも教室を飛び出したい気持ちになった。

けれど麗奈たちは私に迷う時間など与えなかった。足音がだんだんと近づき、こっちに来る

のが横目に見えた。

「ねえ、昨日の話まだ終わってないんだけど。」

麗奈を筆頭に次々と麗奈の周りのみんなが口を開く。

「昨日はほんと最悪だったわ~。」

「どうしてくれんの?」

「まだイライラ収まってないんですけど。」

麗奈たちのすごい剣幕にクラスの人たちも一斉にこっちに注目し始めた。

ひそひそと話す声。関わらない用に視線を下に向ける人。誰も助けてはくれない。いつもそ

うだった。

「あの如月朱も望月くれあもうざいし。」

「調子乗ってる。」

「マジどうしてくれんのあいつら。」

いつもそうだった?その時私は思い出した。唯一私を助けてくれた人。手を差し伸べてくれ

た人。その人たちを悪く言う人は許せない。許さない。そう思ったとたんに考えるよりも先

に私は体が動いていた。

「謝って。」

私は聞こえるかもわからない声でボソッとつぶやいた。その1度はなった言葉が私のリミ

ッターを外した。

「今言った言葉2人にあやまって!」

私は勢いよく椅子から立ち上がり、麗奈たちに今までにない怒りをぶつけた。

麗奈は少し困惑したかと思うのもつかの間、鬼に形相で私を睨みつけた。

ドンッ!

私は床に突き飛ばされた。腰を床に強く強打し、捻った足首がズキズキと痛む。

「お前、何調子乗ってんの?誰に言ってるかわかってる?謝れ?謝るのはお前だろ!」

麗奈は力強く私の髪をつかんだ。けれど私はその怒りに満ちた目から自分の目をそらすこ

とはなかった。自分は間違っていないという確信があったから。

「絶対に謝らない!私は間違ってない!」

私が大声でそう叫ぶと麗奈は嘲笑うかのように私を見下しながらこう言った。

「一人じゃ何もできないくせにw」

その言葉は私の心をえぐるには十分な言葉だった。そう、今までの私の心をえぐるには。

けれど私の頭には、心には消すことのできない彼女の言葉が毒のように張り巡らされてい

た。

『出来ないとしないをいっしょにしないで。』

その言葉が私の盾になり、守ってくれる。何でもできる気がした。私は痛みを押し殺し立ち

上がり、麗奈と対等に話を始めた。

「今まで私はみんなの顔色ばっかりうかがって、一人になるのが怖くて怖くて仕方なくて

自分を騙して偽って、 殺して生きてきた。 そんなことしてたら、鏡に映る自分も見ても誰か

わからなくなる自分の体を見ても誰のものかわからなくなる。自分のいる空間全部が窮屈

になって生きるのが辛くなる。だから、 自分は自分なんだって胸張って言えるように頑張っ

てみようと思う。少し遅いかもだけど、出来ないって決めつけてたことを逃げないで、やっ

てみようと思う。」

私は思っていることを自分の考えを全力で麗奈に、何より自分にぶつけた。

もうこれ以上逃げれないように、自分で逃げ道をふさぐように、みんなの前で。

目の前の霧が晴れるような心が晴れたようなそんな感覚だった。

「遅くないよ。」

聞き覚えのある声。優しい声。私を暗闇から救い出してくれた人の声。

振り向くとそこには優しい顔で私を見つめる彼女の姿があった。凛とした空気をまといな

がら一時も目をそらさずこっちに近づいてくる。

彼女はゆっくりと口を開いた。

「ほらね。ちゃんと出来たじゃん。昨日あんたが言った言葉をずっと考えてた。『一人は怖

い』うん。一人は怖いよ。 」

彼女は何かを思い出しているかのように、自分に話しかけるかのように少しうつむきなが

らそういった。そして次の瞬間、

「だから、私が一人にはしない絶対に。居場所なんて私がいくらでも作ってやる。 」

優しい口調で、しかしどことなく決然とした口調で彼女はそう言って笑った。

彼女はいつもこうやって私を光へと導いてくれる。

「それとあんた、もうわかったでしょ。もうこの子はあんたの知ってる弱い子じゃない。な

んか用あるなら、私がいつでも聞くけど、またダサいことしたら私本気で許さないよ。」

それを聞いた麗奈は少し不機嫌そうに、諦めた表情で教室を出ていった。

それから騒ぎを聞きつけた先生たちによって、ことは落ち着いた。

「あーーーー!つかれたーーーー!」

「お疲れw」

放課後、嘆いている如月さんを望月さんがなだめていた。実はあの後事情を聴いた先生たち

が、話を聞くため私と如月さんそして麗奈たちを別々の部屋に呼ばれ、一日拘束されていた。

「話長すぎるって、あの人。」

「先生ね。月ちゃんは?大丈夫?」

望月さんがやさしく聞いてくれた。けれど、大きくて吸い込まれそうな目で見つめられると

答えれなくなってしまう。

「こわいってくれあw」

「目力、目力w」

そこに 4 組の一ノ瀬萌花さんと早乙女ゆるさんも続いてきた。右を見ても左を見てもかわ

いい子ばっかりで気が休まらない。でも、今までにないほどの居心地のよさを感じていた。

ただただこの空間が心地よかった。

「あ、そういえば。今から時間ある?」

如月さんにそう聞かれ、私は少し困惑したが首を縦に大きく振った。

「よかった。じゃあいこっか。」

その言葉が合図のように一ノ瀬さんと早乙女さんに腕をつかまれ、強制連行された。

「ちょっと。乱暴にしないでよ!」

望月さんの言葉にはお構いなしに、2 人は私をどこかに連れていく。10 分ほど歩いたとこ

ろでみんなの足はとまった。

「ここだよー!」

「いらっしゃーい!」

そこには首が折れそうなほどに高いく、大きなタワーマンションが建っていた。

「あんたの家じゃないでしょ。」

「あ、ここ朱の家なんだ!」

一ノ瀬さんのその言葉に私は驚いた。こんなすごいところに住んでるんだ。

「今日はね、みんなで月ちゃんの歓迎会!」

「パーティーだよ~!」

そういってまた腕をつかまれ部屋まで案内された。初めての友達の家。とてもわくわくした。

家の中は、とっても広く、どこも如月さんの匂いがして、物が少なくどこか寂し気な部屋だ

った。

「早くご飯作ろ!」

「たこ焼きでしょ~」

「ええ~、にく~」

みんなが盛り上がってる中、如月さんは遠くからみんなの様子を微笑んでみている。

如月さんの周りはいつも楽しそうなのに彼女はいつも一歩引いてその様子を見ていて、そ

んな彼女を私はいつも目で追ってしまっている。

「ねえ、月ちゃんは何食べたい?」

みんなの視線が一気に私に集まる。まったく別のことを考えてたから、私は返答に戸惑って

いた。

「なんでもいいよ。月が食べたいもの作らせよ。」

私はもっと戸惑った。うれしくなった。今日のご飯なんてどうでもよくなった。

『月』

そう名前を呼んでもらえるだけでこんなに嬉しんだ。

「あー!朱だけずるい!私も月って呼ぶ!私は萌花でいいからね!」

「私も!ゆるって呼んで!」

二人が畳みかけるようにそう言った。

「じゃあ、私はくれあね?」

それに続いて望月さんもそういった。今まで名前を呼ばれてこんなに特別に感じたことは

なかった。みんなが私を特別にしてくれた。

「んで?夜ご飯は何がいい?」

キラキラした目でゆるちゃんが聞いてきた。

『たこ焼きでしょ~!』

ゆるちゃんがそういってたのを思い出して私は、

「じゃあ、たこ焼き。」

私が少し照れ臭く答えると、朱はとニコッと笑って見せた。

「あーーー、おなかいっぱい!」

「おいしかった~。」

食べ終わった瞬間に床に寝転ぶ萌花ちゃんとゆるちゃん。それを見たくれあちゃんがすか

さず声をかける。

「ねえ、トランプしよ!」

そういった瞬間二人は飛び起きて

「いいね!」

「そうしよ!」

と言いながら自分の使った食器を重ね合わせてキッチンに運んだ。二人が机をきれいにし

ている間、くれあちゃんはテレビの下の棚をあさりゲームの準備をする。

「朱もするでしょ?」

くれあちゃんがそう投げかけると、

「あー、うん。」

とだけ答えて、ベランダに出って言ってしまった。

「ね、何する?」

「えー、無難にババ抜き?」

「いいね~!」

楽しそうな会話を横目に私はベランダに向かった。一人がいいかな?嫌がられないかな?

いろんなことを考えた。けれどもう遠慮するのは辞めた。 ベランダについてゆっくりとみて

みると、そこにはぽつんと孤独にそうに一人で夜空を見上げる彼女の背中があった。 くれあ

ちゃんたちの楽しそうな声が余計、孤独さを引き立たせる。私はゆっくりと後ろから彼女に

近づいた。近づいたのはいいものの、なんて声をかければいいかわからなかった。

「さっき、」

(!?)

先に声を掛けられ私は戸惑った。彼女は、くるりと私のほうを向きベランダの柵にもたれか

かって続けた。

「さっき、ゆるがたこ焼き食べたいって言ってたから、たこ焼きにしたでしょ。」

気づかれてた。彼女には隠し事はできないなと改めて思った。

「あ、う、うん。」

私がそう答えると、彼女はくすっと笑いながら、

「自分の食べたいものでよかったのに。ほんと優しいのね。」

『優しい』今までその言葉は私を窮屈にさせていたけれど、彼女からのその言葉はとても心

地よかった。

「でもなんでわかったの?」

私が近づきそう聞くと彼女はこう答えた。

「見てたから。ずっと。初めて会った時から私はずっと月を見てる。」

心がざわついた。この人はいつも私の見えないところまで全部を見てくれている。そう思っ

たら、私は彼女に打ち明けたくなった。聞いてほしくなった。 自分の納得する答えが欲しか

った。

「私全然優しくなんかない。私、いつも周りから『優しい』って言われてて、最初はそれが

いいことだと思ってた。 でもだんだんと過ごしていくにつれて、優しくいなきゃいけないっ

て自分で強制して、ずっと周りにばっかり目をむけて結局自分が苦しくなって。 利用もされ

るし、 損をしている気分にもなる。 ほんとにやさしい人って損をしてるとか利用されてるな

んてそんなこと思わないでしょ。」

彼女はずっと黙って私の話を聞いてくれてた。彼女は暗闇に浮かぶ月を見上げながらゆっ

くりと話し始めた。

「私は、 どちらかというとこんな性格だから、怖いとか、冷たいとかって言われることが多

いけど、けどそれでも私は月にとって優しい人でありたいって思った。 」

私はハッとした。

「確かに、優しさを優しさとも思わないで利用する人もいる。でも私、 月にだったら利用さ

れてもいい。 そう思った。月がそう思わせてくれた。 月がみんなに優しさを向けてたから。

そしてそれを私が知ったから。月を優しいと思う理由、それだけで十分じゃない?」

私が今まで悩んで、絡まってきた糸を、ほどくためのわからなくなった糸の先を一瞬にして

見つけ、ゆっくりと引っ張ってほどいて行かれるような感覚。 彼女は今の私だけでなく過去

の自分も助けてくれた。今まで自分がしてきたことは、損なんかじゃないって思わせてくれ

た。

ブーッブブ

その時、携帯の通知が鳴った。お母さんからだった。 私は一気に現実へと引き戻された。家

にあの空間に帰りたくない。そう思っていた。

「親、心配してるんじゃない。」

そう彼女に聞かれたが、答えたくなかった。 子供みたいに黙っていても仕方がないとわかっていながら、うつむくことしかできなかった。まだみんなと一緒にいたい。

「また明日会える。」

そういって家の中に入ろうとする彼女の腕を私は力強く引っ張った。

「まだ、帰りたくないみんなといたい。あの窮屈な場所に帰りたくない。」

声を振り絞った。少しの間、1秒が1分のように感じるような静寂な時間が流れた。

そのあと彼女は

「送る。帰ろう。」

そういって、私の手を引いて家に戻った。くれあちゃんたちに事情を説明して、私と彼女は

すぐに家を出た。帰りたくないと打ち明けた時、少し期待していた。まだここにいてもいい

と言ってくれることを。

帰り道、私は絶望と近い感じようだった。一言も話さない険悪な雰囲気が流れた後、彼女は

重い口を開いた。

「私には、家族がいない。」

その言葉に私は時が止まった。 冷たい風が頬を撫で、 葉と葉がこすり合わさり、家庭からの

生活音、匂いが私たちの静かな空間を包む。

「両親は私が6歳の時に自殺、1人、 年の離れた姉がいたけど、その姉も5年前に自殺した。」

何も言えなかった。かける言葉が見つからない。何を言ってもたぶん彼女にとっては、きれ

いごとになってしまう。

「きっと、月の両親は月を愛してる。じゃなきゃ、心配でメールなんて送ってこない。月に

とってその愛し方が少し窮屈になっちゃってるだけ。月はまだ家族と話せる。感情をぶつけられる。正面からぶつかっていける。そばにいてくれる人から目を背けないで。大切な人が

いなくなってからする後悔は思ってる以上に残酷だから。」

彼女はそういうとニコッと微笑んだ。出会った時からどことなく感じてた違和感。ああ、そ

うだ、彼女はいつも悲しそうに笑うんだ。

そのあとは、呆然とただただ帰路を二人であるいた。気づくと家の前についていた。

「朱ちゃん、わたsっ」

『頑張れ。』

彼女は、私の言葉を遮ってそういった。

「うん。」

私は朱に背を向け覚悟を決めて家にはいった。靴を脱ぎ真っ直ぐにリビングに向かった。

リビングの扉の前で大きな深呼吸をした。

『頑張れ。』

私はその言葉と共にリビングに入った。

「ただいま。」

そこには少し怒った表情の父と心配した表情の母がいた。

「月、どこに行ってたんだ。母さんに連絡も返さず。」

「月、心配したのよ。」

二人がすかさず私に声をかける。私はもう一度大きな深呼吸をして言葉を振り絞った。

「お母さん、お父さん、ごめんなさい。今まで私自分を偽ってた。 いい子でいなきゃって、

お母さんたちの期待に応えなきゃって、自分を必死に殺してた。」

目頭がジンジンと熱くなって、涙があふれる。どれだけ時間がかかって止まってもちゃんと伝えなきゃ。

彼女が背中を押してくれたから。

「私のためってわかってる。ちゃんと愛してくれるのもわかってる。2人のこと大切だし、

大好きだけど、だけどいやなとこもいっぱいある。朝早く起きて、ご飯を作るのもいや。成績のこと言ってくるのもいや。何かをして優しいねって言われるのもいや。 私は優しいねじゃなく

て先にありがとうが欲しいです。 勉強のアドバイスより先に頑張ったねってただ、ただその言葉

が欲しいです。」

両親は驚きながらも最後まで私の言葉を聞いてくれた。母は涙ぐみながら私にゆっくりと

近づきこういった。

「知らない間に、お母さんたち月に無理させてたんだね。ごめんね。言ってくれてありがとう。」

柔らかく、優しい手が私の冷たくなった手を温める。

「お父さんたち月のためって必死になって、本当の月を見てあげられてなかったんだな。ごめんな。」

そういって父はお母さんと私を抱きしめた。みんなの体温が重ね合わさりとても温かかった。

家族の問題が解決した後、私はすぐ彼女にメールを送った。もう家に帰り着いたかな。

そんなことを考えていた時、 携帯が鳴った。暗闇の中の携帯の光が顔を照らす。 彼女かの着

信だった。私はベッドから飛び起きて、背筋を伸ばし深呼吸して電話に出た。

「もしもし。」

『もしもし。月。どうだった?』

電話越しだからかいつもより少し低く聞こえる彼女の声。

「全部話したこと話せた。両親もわかってくれた。朱ちゃんありがとう。」

そういうと朱ちゃんは少し黙り込んでこう言った。

『ちょっとベランダ出れる?』

私は急いでベランダに出た。そこには街灯にもたれて、寒さで頬を赤く染めた彼女の姿があ

った。きっとずっと帰らず待っていてくれたんだろう。

「なんで!?」

そういうと彼女は笑って、

『心配で。 』

と一言言った。

「待って、今下に降りるから!」

そういって部屋に入ろうとするのを彼女は急いで止めた。

『いいよ!今から外出るって言ったら親、心配するでしょ。顔見れて安心した。 』

この人はどこまで優しいんだろう。どこまで私を救って導いてくれるのだろう。そう思った。

「朱ちゃん、私たぶん朱ちゃんに会ってなかったら、1人だったら、こんなことできてなかったと

思う。ずっと殻に閉じこもって、自分を偽って生きてた。だから私を見つけてくれて、救ってくれてありがとう!」

私は今言える最大限の言葉を電話越しに彼女の顔を見ながら伝えた。

彼女は少し黙ったあと、

『私は、ただ背中を押しただけ、行動したのは月だよ。頑張ったね。』

そういって彼女は微笑んだ。

『頑張ったね。』

その言葉はとっても温かくて、全てを肯定された、そんな気分になった。

『じゃあ、また明日。学校で』

そういって、電話を切ると彼女は手を振って、 きた道を戻っていった。その背中を見て私は

思わず

「朱ちゃん!!!」

そう叫んだ。

私の大声にびっくりした様子で彼女は振り返り、きょとんとした顔で私を見つめた。

「朱って呼んでもいいですか!!!!」

それを聞いた彼女は、少し戸惑って、初めて見るような満面の笑みを私に向けながら

「なにそれw」

と笑った。

まだ暖かくなりきれない冷たい冬の風が私たちを包み、大きく丸い月が暗闇を照らすように私たちを照らす。

あの時、確かにあなたはそこにいて、私はもしあなたの進む道が暗闇ならば 月(私)がその暗闇

を照らしたい。そう思ったんだ。


それから、うれしいことも楽しいことも悲しいこと辛いこともたくさんのことがあった。

それでもずっと隣には朱がいた。

あんなに毎日一緒にいたのに私はどうしてあなたの本当の痛み、苦しみ、悲しみに気づいてあげら

れなかったのだろうもっと寄り添ってあげられなかったのだろう。

ねえ、朱。今、あなたの目は何を映していますか?

肌は何を感じていますか?

心は何を思っていますか?

足はどこへ進んでいますか?

私はただ一つ。もう一度あなたに会いたい。


ずっと、あの日のままここで待ってる。

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巡り逢い @8ight

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